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「――! ――!」


 誰かが『私』に呼びかけていた。

 だけど、もう返事をする気力も出ない。

 放っておいて、このまま眠るから。そう考えて無視しようとしたけれど、体を揺さぶられ続け、眠ることができなかった。


「すぐ来るから! 救急車がすぐ来るから! しっかりして!」


 しつこい。

 一体誰だろう、としぶしぶ目を開けた。

 初めて会う女の人だった。『私』より少し年上、マネージャーさんと同じくらいかな。すごく美人、というわけじゃないけれど、おしゃれでかわいらしい人だった。


 この人、誰だろう。


 だけどなんとなく――そう、なんとなくだけど。

 『私』が大好きな、ナズナに似ていると思った。まあ、『私』が知っているナズナはものすごい美女で、この人はもうちょっと庶民的というか、親しみが持てるというか――あは、こんなこと考えてるのばれたら怒られるかな。


「見えてる? 私がわかる? しっかりして!」


 『私』の顔を覗き込んで、必死で声をかけてくる。

 どうしてそんなに必死な顔をしているのか、よくわからない。


 与えられた仕事も満足にできない、ただのバイトなのに。

 ただのバイトの身で、プロジェクトひとつ潰しかけたのに。

 『私』が死んだところで、世界は何も変わらない――困る人なんて誰もいない、そんなみじめな存在なのに。


 赤の他人が、どうしてそんなに必死なんだろう。


「もう……いい、から」


 その女の人の向こう側に、ナズナが見えた。


 漆黒の魔女。

 そう呼ばれる、美しくて儚い、理想の女の子。


 それは水彩画の手法で描かれた、とても美しい女の子の絵。

 この世のどこにもいない、架空の存在。

 だけど『私』は、あの美しい絵を一目見て、恋に落ちてしまった。


 あのナズナに会いたくて、死に物狂いでがんばった。何度も泣いて、血反吐をはいて、あがいてもがいて、自分のすべてをかけた。

 だけど、届かなった。

 ああ、自分はこの程度かと思い知った。だから――もういい。


「何がもういいのっ!」


 女の人が怒鳴った。『私』の手を取り、手首に巻いたタオルを取り替えた。

 タオルがみるみる赤くなっていく。ものすごく強く縛り付けているのに、血は止まらない。


「せっかく会えたのに! やっと会えたのに!」


 『私』の手首を押さえる女の人の手もまた、血に塗れていく。こぼれた血で、高そうな服が汚れていく。


「服……汚れる……よ」

「バカッ! そんなのどうでもいいのよ!」

「もう……いいから……あとは……おねがい……」


 おねがい?

 なにを?


 なぜそんなことを言ったのか、よくわからないけれど――そう言わなければいけない、そんな気がした。


「ふざけないでっ!」


 女の人が激怒する。ああこれ、本気で怒ってる。どうしてだろう、知らない人のはずなのに。

 ひょっとして、知り合いだったかな――ああ、だめだ。意識がぼやけていく。


「目を開けて! しっかりして!」


 また体が揺さぶられた。

 もう力が出ない。たぶんもう目を覚ますことはないかな。


 神様。

 『私』が悪い子だ、てことはよくわかってます。

 だけどお願い。どうか『私』を、ナズナのいる世界に生まれ変わらせてください。

 二度と会えない高みに行ってしまったナズナに――ただすれ違うだけの人でいいから、どうか会わせてください。


「死なせない……」


 意識が薄れていく中、女の人が『私』の手首を握り締めた。


「あなたは絶対、死なせないからね!」

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