新たな旅立ちと幸せな夢
繰り返しのはじまりについての話がひと段落したので、いよいよリディアーヌが旅立ちます。
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「お嬢様……お嬢様!」
(…………長い夢を見ていた)
それは、繰り返す運命が始まる前の、ほんのひとときの穏やかな時間だった。つい先日のことのようだが、どこか遠い思い出のようでもあった。
(それよりも、何かもっと大切な事があったような)
なんだかゆらゆらと揺れて気持ちがいい。そう、アルフリートとの口づけ……。
ふたたび微睡もうと目を閉じかけたリディアーだが、その瞬間を思い出し瞠目した。
「アルフリートさまと……うひゃあぁぁぁ?!」
「駄犬がどうかしましたか?」
「なんでもなっ……」
(え……?)
「駄犬?」
最初の人生で、時々エリーゼがアルフリートをそんな風に呼んでいた記憶がある。
まじまじと見ると珍しく、エリーゼが目を逸らしている。
「どうしてアルフリートさまを知っているの?」
今回の人生では、聖騎士であるリディアーヌとアルフリートは、まだ出会っていないことになっている。
アルフリートが先刻に何故、聖女ではないリディアーヌに会いに来たのかはわからないが、少なくともエリーゼが駄犬と呼ぶような間柄にはなっていないはずだ。
「エリーゼはアルフリートさまと知り合いなの?」
「たしかにあの男の事は、忌々しいことに昔から知っています。そのことはいつか必ずお伝えします。でも、今は……」
ガタン、と床が跳ねて、リディアーヌは自分が屋敷の部屋でなく馬車の中にいることに初めて気づいた。眠気を帯びていた頭が急速に冴えてくる。
「いったい何故、私たちは馬車に乗っているの?」
「お嬢様は意識を失った直後に、命を狙われたのです。もちろん駄犬と私で仕留めましたが……。誰が敵かも分からない状況でしたので、奥様に報告後、屋敷を抜け出したのです」
(私が気を失っている間に、色々あったようね。でも何故気を失ったのかしら……)
「あの忌々しい犬も、黙ってお嬢様を守っていればよいのに。そうすればお嬢様と私は屋敷で穏やかに過ごせるものを。まったく急に追い詰められたような顔をして、普段恥を知らない犬らしくもない」
エリーゼが何かブツブツ呟いているが、リディアーヌは聞き取ることができなかった。
ふと、アルフリートとの口づけを思い出し、唇に手を触れたリディアーヌはそこに何かの魔術的な痕跡を感じた。
(何か強い魔術がかかっている?確かあの時、急速に魔力が失われたような……)
「それよりもお嬢様、聖女の儀式の前日、正確には大声で叫んでいた直後から急に身のこなしがお変わりになったのですね。何があったのかお伺いしても?」
「あー、それはね。……今は秘密にさせて」
「今は、ですか。確かに私もお嬢様に話していないことがたくさんあります。仕方がないですから今は秘密にしておいてもよろしいですよ」
そういうとエリーゼはいったいどこから出してきたのか、ポットから紅茶を注ぎ、エリーゼに差し出してくる。
それは、いつもの苺の香りがする紅茶だった。
(きっと、エリーゼなら話しても真剣に聞いて信じてくれるんだろう。でも、真実を知ったらアルフリートさまを殺しかねないのでは……?)
最初の死で、アルフリートに守られるだけだったリディアーヌは、2回目から己を鍛え始めたのだ。
しかし、癒しの魔力しか使えず、今まで温室育ちの令嬢だったリディアーヌにはそれは苦難の道と言えた。
死ぬ度に、まったく鍛えてない身体能力に戻るのにも辟易しているが、今は光魔法で身体強化もできるようになっている。
剣を持てば並の人間には負けることがないだろう。
リディアーヌがようやくアルフリートとともに戦えるようになったのも、4回目を超えたあたりからだ。
そこまで強くなって初めて、武芸に秀でて護衛としても戦えるメイドという認識だったエリーゼが、実はただものではないのではないかと思うようになったのだった。
(今でもまったくエリーゼに勝てる気がしないわ)
そんなリディアーヌの思惑を知ってから知らずかエリーゼが大きくため息をついた。
「ふー……。ところでお嬢様。お気づきではないのでしょうがその左手首につけた飾りは何ですか。なにやら犬の執念を感じるようで不快なのですが」
「え……?」
目が覚めてから目まぐるしい変化に、はじめてリディアーヌは左の手首に黒に蔓薔薇の意匠の繊細なブレスレットがはまっているのに気が付いた。
その美しさ、高貴さから一流の職人が作ったと分かるが、少し禍々しいオーラを感じるのはリディアーヌの気のせいではないだろう。
(エリーゼがそういうからには、これをつけたのはアルフリートさまなのでしょうね。でも、この意匠、禍々しい感じ。どこかで見たような気がするわ)
シャラン……返事をするようにブレスレットが音を立てた気がした。
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