真の脅威
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リディアーヌたちが戦い始めて間もなく1週間が経過しようとしている。何とか魔獣の脅威は王都の外まで押し出すことに成功した。しかし、魔獣との戦いはその時点で拮抗し、持久戦へと様相を変えている。犠牲者も増える一方で、王都はじりじりと追い詰められていた。
しかし、その上をいく絶望が王都へと近づいていた。
「やはり、来たか……」
そう、黒龍が1匹だと誰が言ったのだろう。黒龍を倒し、魔王と出会う先の未来はリディアーヌさえ知らないものだ。そして、戦い続けていつしか魔王となった勇者がいた世界には存在しなかった物語の続き。
誰よりも早く脅威を察知したのはアルフリートだった。アルフリートとギュンター、キースがともに戦っていても、戦況は改善することなく維持が限界だったのに。
しかし、そこに一足早く元魔王軍、キサラギ領の騎士たちが合流を果たした。勇者が状況を予想して、すでに王都に向かわせていたことを知る。
会えないとなれば、あの屈託ない言葉遣いも、アルフリートやリディアーヌをを特別扱いしない存在であることもすべてが得難いものであったことに気づく。
「まあ、今更気づいたところでどうすることもできない」
戦線は、練度が日に日に高くなっていく王国騎士団と、キサラギ領騎士団に任せることができるだろう。アルフリートは、黒龍を引き受け戦う決意を固めた。
その後ろ姿に思うところがあったのか、リディアーヌがアルフリートの背中に縋りついてきた。
「アルフリートさま。行くのですか」
「リディアーヌ様、またついてくるとおっしゃるのですか?」
苦笑するアルフリートにリディアーヌは首を横に振った。
(本当はなんとしてもついていきたい。アルフリートさまを守りたい)
それでも、今までのような力は失ってしまったリディアーヌがついて行っても足手まといにしかならないのだと今回の戦いの中で実感してしまったから。
アルフリートは、以前のような強さを誇り戦い続けているように見える。でも、リディアーヌにはそれが、疲労とともにほころんでいくのが手に取るように感じられた。確かに強いが、無限ともいえる力を代償を払う限り使うことができた以前のアルフリートはもういない。
体力の限界も、怪我をした時の回復力も、すべてがあの時より劣っている。
「……だって繰り返す運命の中で、あなたは」
「リディアーヌ様、信じてください。……繰り返しの中、あれだけ黒龍に苦戦していた俺が言っても説得力はないですか?」
リディアーヌは顔をあげてアルフリートを見つめた。その瞳は煌めいていない。深海の色はただ、優しくリディアーヌを見つめて微笑んでいる。
「……信じたい。でも、もう私は繰り返してアルフリートさまを助けること、できないんですよ」
「それを俺は望みません」
「アルフリートさまにもし何かあっても、一緒に死んでしまえることだけが救いだったのに」
「では2人でともに生きていきましょう」
リディアーヌの涙を、アルフリートがすくい上げる。
「そんなことを言うたびに、すべてが終わった時の褒美が大きくなっているのを、リディアーヌ様はわかっていないんですね」
「え……」
「貴女が俺に関心を向けてくれるたびに、貴女をこんな俺から逃がしてあげたいという思いがくずされていってしまう」
「あの……アルフリートさまが死んでしまったら、私も悪の聖女になってしまいますからね!」
アルフリートの瞳が見る間に煌めいていく。
「ははっ。それは見てみたいから、やっぱり死ねませんね」
もう一度、何度口づけを交わしても満たしきれない。まるで、砂に水が吸い込まれて行ってしまうかのように、大好きな気持ちだけがあふれては消えていく。
名残惜しく離れる2人の影。
「生きて戻りますよ。貴女のすべてが欲しくなってしまったから。俺はこんなにも自分が欲深い人間だったなんて知らなかった。それを教えたあなたには責任をとって頂かないと」
「じゃあ、受け止めます。アルフリートさまのすべて」
「……わかっていなさそうな可愛いリディアーヌ様?これは約束ではなく契約ですよ」
「えっ、そうなんですか?!」
瞳を煌めかせたままのアルフリートは、リディアーヌにもう一度だけ口づけを落とすと王都に近づく脅威を倒すために走り去ってしまった。その後ろ姿を見つめていたリディアーヌだが、一つだけ息を吐くと前を見据える。
(今は、あの時と違って、私にできることがたくさんある。それなら前を向く)
アルフリートが抜ける穴は、キサラギ領の騎士たちだけで埋めるのは難しいだろう。リディアーヌは少しでも力になると心に誓う。
聖女たちも、騎士も、神殿の神官も。いがみ合っていたはずの人々は手を取り合い戦う。もしかしたら、それは今だけなのかもしれない。それでも。
(仲間を信じるって決めたから!)
コルタナが震えた気がする。その声はリディアーヌには聞こえなかったけれど。たぶん「それでいい」と2人の声が聞こえている気がした。
アルフリートに頑張ってもらって、ハッピーエンドを迎えたいです。
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