世界を救いたい勇者と勇者だけを守りたい聖女
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異世界から来た、少年と少女は、勇者と聖女になった。しかし、訪れた少年と少女の髪と瞳は、この世界に存在しないはずの闇夜の色。
それは、この『世界の理』から外れたものの証。
2人は、人々を救うためにその力を振るった。だが、歪んでしまった理は、勇者と聖女が力を振るうたびに、彼らにとって重い代償を与えるのだった。
如月シンジは、ごく普通の高校生。幼馴染の三神ミナトとは、中学生になったあたりから疎遠になっていたが、その日は本当に久しぶりにともに帰宅していた。
「なぁ、これからは一緒に帰らないか?」
「うん。でも、なんで急に?」
「好きだから」
「……うん。私も」
2人は幸せだった。それなのに。
世界の悪戯か、異世界に2人は飛ばされてしまった。もし、一緒に帰っていなければ。もし、お互いがお互いを好きでなかったら。
勇者となったシンジは、魔獣を倒し、世界を救う。聖女となったミナトはそんな勇者を癒しの力で守る。
それは、初めは小さな違和感だった。
「ねぇ、シンジの戦い方。おかしくない?」
「え……?前と同じだよ」
以前は魔獣であれど、殺すことに忌避感を感じていた。だが、最近のシンジは楽しそうに魔獣を屠る。
それに伴い、彼の強さは日に日に増していくようだった。
それにミナトもなんだか頭に靄がかかっているような気がしていた。もっと思い出すことが色々あったはずなのに。
(一番大事なことだったように思うのに)
もしも、その時に違和感の正体に気づくことができたら、2人には違う未来があったのかもしれない。
でも、気づくことが出来なかった。
その理はあまりにも当たり前のように2人を蝕んでいたから。
2人が授かった子どもたちが大人になっても2人は歳をとらない。
守りたいモノが増えた勇者が力を振るうたび、聖女が勇者を守るたび、大切なモノは少しずつ長い時間をかけて、しかし確実にこぼれ落ちていった。
子どもたちが、全て理のもと、この世界からいなくなっても、勇者だったモノは黒い剣を振るう。その剣は美しい蔓薔薇の意匠。いつしかシンジは魔王と呼ばれていた。
その足元には、魔獣もヒトも分け隔てなく倒れていた。もう、魔王は剣を振るう時に躊躇うことはない。守りたかった世界を忘れてしまったから。
聖女は守るべき存在との思い出を失っていく。それでも2人は離れがたく、聖女は最後に残された思い出を失う前に、一つの決意をした。
(力をこれ以上使えば、きっとあのヒトの全てを忘れてしまう)
あのヒトを忘れてしまうなら、あのヒトの命を自分の手で終わらせるくらいなら。
もう全てを忘れてしまっても構わない。
「好きだから」
聖女はその言葉を忘れてしまった。
それでも、あの帰り道、関係が変わることを願い、ひどく不安そうにこちらを見たあのヒトを守りたい。
(唯、あの瞳を全てから守りたい)
400年に一度、世界に魔獣が溢れ、異世界から聖女と勇者が現れる。
しかし、歳をとることのない勇者は世界を忘れて魔王になり聖女は愛するものを忘れて魔王を屠る。
そして2つでひとつの存在を無くした聖女も、この世界から消える。
それが世界の繰り返す理だから。
(そんなの絶対赦さない)
聖女は残された全ての力を使い、この世界の理を捻じ曲げた。
それでも魔王は魔王のまま、そこにいる。世界の全てを思い出し、誰よりも世界を守りたい気持ちを思い出しても。
理を捻じ曲げた聖女は全てを忘れて女神となり、理の内と外の狭間に閉じ込められた。勇者だったモノは守るべき世界の中の一番守りたいモノを失った。
それでも2人が歪めた新たな理は、廻り続ける。
たとえ400年すぎて、魔獣が世界に溢れても、もう異世界から勇者と聖女は現れない。
その代わりに2人や歴代の勇者と聖女の子孫から、『理外れ』な存在を産み落として世界は廻り続ける。
「君と一緒なら、魔王なんて消してくれて良かったのに」
お伽噺は語る。『理外れ』の闇の聖女は魔王とともに女神を殺す。それは、理のもと繰り返し語られるたび、真実を帯びていく。
「君が死ぬ時、俺も死ぬ」
魔王は呟いた。それが彼に唯一残された希望なのだから。
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