闇の聖女はお伽話の謎に足を踏み入れる
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家の中は、通常の建物の造りとかなり違っていた。
「ここで靴は脱いでくれ」
(草の香りがするわ。この床、初めて見るけれど草を編み込んで作られているのね)
リディアーヌとエリーゼは、黙って靴を脱ぐとそこから一段高くなっている室内へと入っていった。
そこで、床に座った幼い女の子がこちらを見ている。その少女はリディアーヌと同じ髪と瞳をしていた。
「長老、キースです。闇の聖女様をお連れしました」
「ご苦労だった。闇の聖女様に、無礼を働いていないだろうね?それに、勝手に契約するなんてねぇ」
「あー。ええ、まぁ。……すみませんでした」
目に見えて慌てるキース。リディアーヌたちに攻撃を仕掛けたのは、キースの独断だったらしい。
「ふむ。闇の聖女様。あとでキツいお仕置きをしておくので許してくださらないか?」
「私は構いませんよ」
(もとより危険は承知の上なのだから)
「闇の聖女様の広い御心に感謝いたします」
長老と呼ばれる少女は、リディアーヌに床に座ったまま手をついて深く頭を下げた。そして、エリーゼに目をやり話しかける。
「それから、そなたはエリーゼか?ますます母親に似てきたね」
「お久しぶりです。長老。……二度と戻ってくるつもりはなかったのですが、運命とは皮肉なものですね」
長老は悔恨を浮かべた表情のまま話を続ける。
「エリーゼ、そなたの両親と弟のことは申し訳なく思っておる」
「もう、過ぎたことです。……それに、今回の事に力を貸して頂けるなら全て水に流し、私も必要とされた時には里の力になる用意があります」
ふーっ、と長い息を吐いて長老はリディアーヌの方へと向き直した。
「闇の聖女様。申し遅れました。わしはコノハナと申します。この姿と長老という役職からお察しやも知れませぬが、わしも『理外れ』と呼ばれる者なのです。こう見えて数百年の長きにわたって生きております」
(私と同じ黒い髪と瞳の方に初めてお会いしたわ)
「まず、キースとの契約を公平に判断して頂くため、少し昔話なぞ、致しましょう」
――曰く 理外れと呼ばれる者たちは勇者と女神の血を受け継いでいる
――曰く 勇者と女神は黒い髪と瞳を持っている
――曰く 勇者と女神は外の世界から来た
故に女神と勇者の血を継ぐものはこの世界の理の外にその理を持つ
故に理の中に生きるものより強い力を持つがその力の代償も大きい
「……つまり、私たちは大きな代償を受ける代わりに、大きな力を行使できるという事なのですか?」
「端的にいえばそういう事になるのやも知れません。そして広い目で見るならば聖女も理を外れたものと言えるのです」
(黒い髪や瞳、この世界ではありえない特徴を持った理外れは、あんなにも人々に迫害されているのに、皆に称賛し愛される聖女も理外れ……?)
「リディアーヌ様は、癒しの力を行使するたびに大切な記憶を忘れてしまうことなど心当たりがありませぬか?」
「大切な……。記憶?」
その時、リディアーヌの脳裏に鮮やかな花で彩られる庭と、コスモスのトンネルが浮かんだ。
(アルフリートさまと出会ったあの日の記憶。唯一の拠り所だった、あの日を忘れてしまうはずなかったのに)
次々と、アルフリートとの思い出が浮かんでは消えていく。今回の人生になって、闇の聖女となり、夢と共に思い出した溢れんばかりの大切な記憶たち。
(そう。忘れるなんて、ありえない)
あのコスモスのトンネルで出会った煌めく星のような瞳も。再会したその日に騎士の誓いをしてくれたことも。結婚したいと出会った日から思っていたと告げてくれたことも。燃える太陽のような黄金に輝く瞳も。
(あんなにアルフリートさまから、思いを伝えてもらっていたのに。私は!)
「そんな……それが聖女の力の代償なのですか?」
「闇の聖女であるリディアーヌ様は、黒い髪と瞳を持ち原初の理外れに近い力をお持ちです。唯の聖女ならばそこまでの力も代償もないのやも知れませぬが」
コノハナは、その瞳に悲しみをたたえながら、尚続ける。
「わしは原初の理外れに近い存在。人々を守ろうとした故に壊れてしまった勇者も、ただ愛するもの一人を守りたいと願った故に女神になった聖女も、未だ唯のヒトであった頃にわしを愛しんでくれたことも、この目と心に焼き付けて参りました」
リディアーヌは、白い空間に佇む女神を思い出していた。
(愛する人を忘れてしまうのが理を外れた聖女の力の代償だというなら、私が女神だと認識していたあのヒトは?)
その時コノハナとリディアーヌ、2人の会話を黙って聞いていたキースが声を上げた。
「主殿、あの黒い騎士は、契約として闇の聖女を魔王城まで守るようにと言っていた」
(アルフリートさまが?)
「主殿は魔王城に行った方がいいと思う。安心しろよ。俺が守ってやるからさ。……うおぉっ?!」
「生意気なことを言いますね。お前などいなくてもお嬢様は守ってみせます。……が、貴様にお嬢様を守る栄誉のほんの一端を担わせて差し上げてもいいでしょう。はっ、口惜しい」
キースが恨めしそうに、エリーゼを睨む。
「くっ、回し蹴りを喰らったのに長老の手前やり返せないのが悔しいな。まっ、これで貸し借りなしだからな!」
アルフリートは魔王城にいるのだろうか。リディアーヌよりも早く真実に近づいて。
(今までアルフリートさまがくれた言葉や気持ちを信じよう。今はそれしかできないのだから)
リディアーヌとエリーゼ、そしてキースは魔王城を目指す。きっとその先に、未来はあるのだと信じて。
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