闇の聖女は暗黒騎士と邂逅する
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それから辺境伯領では、あっけないほど何も起こらなかった。まもなく魔王領との境である、北端の町に着く。
「この辺りは、治安が悪いのですが。駄犬が手を回しているに違いないです。お嬢様の周りをいつも嗅ぎ回って。忌々しいにもほどがあります」
(本当にそうだったらいいのに)
リディアーヌは、困ったように笑いながらも先を急ぐ。
「此処からは馬も通れぬ悪路です。お嬢様。申し訳ありませんが、歩くことになります」
「分かったわ」
狭く険しい獣道を進んでいくと、何処からか複数の視線を感じる。
「余所者が入ってきたので、自分たちに害のないものが見張っているのです。お嬢様」
「そう。慎重なのね」
「外部から隔絶された里ですので。それでも、訪れる者はおります」
「なぁ、あんた」
(気配を、感じなかった)
すでにエリーゼはリディアーヌを庇うように臨戦態勢に入っている。リディアーヌも、ブレスレットに魔力を流し黒い剣を具現しようとした。
「おっと、あんたらと戦う気はないんだ。……今のところ。なぁ、あんた噂の闇の聖女サマだろ?」
「えっ、キース……」
「ん?どこかで会ったことがあったか?……まいったなぁ。正体を知られてるとなると穏便に話すというわけにもいかないかっ……」
キィンッ……急激に膨れ上がった殺気と、目にとらえるのも難しい一撃をかろうじてエリーゼが防ぐ。そのままエリーゼは蝶のように飛び上がり、攻撃を仕掛けようとした。
しかしその直後、地を這っていたのはエリーゼの方だった。
「おぉ、お前すげぇな。その身のこなし、この里の関係者なのか?俺が連戦か何かで疲れていれば、ワンチャンあるかもな。でもさ、俺が興味があるのは闇の聖女サマだけなんだよな!」
(ダメ、また殺される?!)
1回目の人生での死にざまが繰り返し脳内に再生され、リディアーヌは目を瞑ったまま動くことができなかった。身を固くして衝撃をまったが、いつまでたっても訪れることはなく恐る恐る目を開ける。
(アルフリート……さま?)
そこには、黒い鎧を身に着けた男が剣を振るっていた。男の剣は荒々しく、人を切ることに躊躇いないように見える。
フルフェイスの兜をかぶっているせいで、その顔貌は見ることが出来ない。
(……こんなにも違うのに)
剣舞のように美しく優雅な、アルフリートの振るう剣。対して黒い鎧の男の剣は、型こそ似ているが禍々しく自分さえも傷つけていくように見えて。
まるでスローモーションにさえ見える時間、1合、2合、3合と打ち合ったあとキースが自らの剣を捨て、諸手を挙げた。
「参った。とても敵わない。何が望みだ?闇の聖女サマか?」
男は降参したキースの首筋に刃を当ててトドメを刺そうとする。
(そんな。やっぱり違うの!?アルフリートさまならこんなことする筈ないもの)
「降参しているのよ。やめて!」
思わずリディアーヌは、自らの置かれた状況も忘れて叫んだ。
男は振り返らなかった。それでも剣を下ろし、そして倒れているキースの胸ぐらを掴んで、その耳元で何かを囁いた。
「分かったよ。あんたは本当に強い。ハッキリ言って今までで最高だな。契約したらまた試合ってくれるか?」
男が黙って頷くとニヤリとキースが笑う。
「契約成立だ。俺らにとって契約は死よりも重い。いやぁ、今日は強いやつに2人も会えて最高の日だな」
黒い鎧の男は、踵を返すと一言も発することなく去っていく。
その背中に強い焦燥感と恋慕を感じていたのに、リディアーヌはその名を呼ぶことができなかった。
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「改めまして。ハイデの里、次期頭領キースだ。契約により、主リディアーヌ殿に忠誠を誓う」
男が去った後、乱暴な動作で覆面を取ると、やはり幼さを残している緋色の髪と瞳をしたキースがリディアーヌに跪く。
「……えっ?」
「はっ。一時はどうなるかと思いましたが、ずいぶん大物を釣り上げましたね。さすがお嬢様。但し以後不用意な発言にはお気をつけください」
溜めていた呼吸を思い出したかのように、短く息を吐き出してエリーゼが言う。もちろん満面の笑みで。
(すごい怒ってるぅ……)
しかしリディアーヌも、自分を殺した相手が急に現れて、だいぶ動揺してしまったのだ。許して欲しい。
「まぁ、お嬢様の危機となれば、アレは必ず現れると思っていましたが」
「……エ、リーゼ。では、あの、ヒトはやはり」
喉が渇いて言葉が上手く出てこない。認めたい、認めたくない。二つの想いの間でリディアーヌは眩暈すら感じた。
「あの剣技。たとえ根本が変わろうと見間違えるはずがないです。……お嬢様も気付かれたのでしょう?何があったのかは知りませんが、アレはもう駄犬というより狂犬です。近づかない方が宜しいかと」
2人の間にいつもならありえない、沈黙が流れる。
「……ふぁあ。難しい話か?もういいかな?とりあえず、里に案内する。長老にも紹介するよ」
緊張感のないキースに、少しだけ落ち着きを取り戻したリディアーヌは、俯いたまま歩きはじめた。
(どうして……。アルフリートさま、やっと会えたのに)
それでもアルフリートは、リディアーヌの危機に駆けつけてくれた。
(この、ブレスレットのことも聞きたい。初めて出会った時のことも。私、あなたと話したいことが、とてもたくさんあるの)
リディアーヌは俯いて歩きながら、左手首のブレスレットを見つめ続けた。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。ヒーロー(現実)は、あまりに遅れて登場です。