2回目の死と新たな約束
ご覧いただきありがとうございます。最後の方に残酷な表現があるので苦手な方はご注意ください。
「えっ、辺境伯領への街道に魔獣が発生したのですか?」
前回の死とは違い、孤児院に緋色の髪と瞳をしたキースは現れなかった。あの事件が近づいた頃、それとなく狙われていることをアルフリートに伝えたから、アルフリートが何か対処したのだろう。
それからしばらくの間、聖女としての責務を果たし、忙しいながらも安寧な日々が過ぎていった。
もちろん、前回の反省からエリーゼに頼み込んで剣術を学び体を鍛え始めている。光魔法には身体強化の魔法もある。
以前も光魔法の書物でお世話になったレーヴェレンツ家の商人に、身体強化についての書物を探してもらっているのでじきに覚えることができるるだろう。
魔獣討伐を打診された聖騎士であるアルフリートは、一度は聖女のそばを離れられないことを理由に派遣を断った。
しかし事態は日々深刻になっていて、辺境伯の長男である以上断ることはできなかった。とアルフリートは言った。
「貴女が心配です。リディアーヌ様」
「私のことなら大丈夫。必ずエリーゼと行動を共にします」
(アルフリートさまは強い。でも、魔獣なんて心配だわ)
「私はアルフリートさまの方が心配です。魔獣は強いと聞いています」
「そうですね。では、無事に戻ったら褒美をいただけますか?」
リディアーヌの前に跪くと悪戯を思いついたような笑みを浮かべて、上目遣いでアルフリートが言った。
「私にできることならなんでも」
「……そのセリフ、他の人間には言わないで頂きたいな」
「……?アルフリートさまのように信用できる方にしか言いませんよ」
(あれぇ?なんだかアルフリートさまの瞳が煌めいているような?)
アルフリートは苦笑して、一度目を瞑った。次に目を開いた時には、その瞳はいつもの深い海の色だった。
「では、約束です」
アルフリートは、リディアーヌの手の甲に口づけをした。
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それからひと月経った冬の寒い日。身体強化についての書物を読んでいたリディアーヌの手が突如震えた。
その手から落ちた紅茶のカップがスローモーションで落ち、ガチャンと音を立てて割れた。
(アルフリートさまの嘘つき!)
魔獣討伐について、今までにない大量発生であるという報は届いていた。アルフリートが前線で指揮を取っているということも。
アルフリートの身に何が起こったのかについては、まだ王都に知らせは来ていない。
「お嬢様?!」
それでも、理を曲げて手に入れた繋がりが、リディアーヌに現実を突きつける。
(なぜ、ついて行かなかったのだろう。なぜ私は、足手纏いのままいるのだろう。全てがまだ、何一つ足りないまま)
まもなくリディアーヌにも死が訪れる。脳裏に浮かぶリディアーヌの姿はやはり悍ましい死を迎えている。ソレは避けることができない、避けたくもない。
前線が崩壊したことで、王都は魔獣の脅威にさらされた。しかしそれでも、聖騎士アルフリートが最強の魔獣を倒したことで王都が陥落することはなかった。
王都を陥落から辛うじて守った英雄はもう一人。最後まで民衆を守り前線に立ったひとりの聖女。
生きたままその身を魔獣に……という悲話は、聖女の献身を讃える民衆にいつまでも語り継がれた。
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