商人は最重要機密と勇気と恋で揺れる
ブックマークしてくださった皆さま。ありがとうございます。
今回は残酷な表現あります。苦手な方はご注意ください。とはいえ、個人的には第一章で一番気に入っている話だったりします。
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あれから一週間。とくに大きな問題が生じることも、襲撃を受けることもなく順調に進むことができた。
あと少しで辺境伯領に着く。少し心の弛みがあったのかもしれない。
「申し訳ありません。お嬢様。囲まれています」
「エリーゼに気付かれずに、ここまで接近するなんて相当の手練れね」
「えーっ、囲まれてるんですか?僕に戦力は期待しないで下さいよぉ」
「ちっ、せめてお嬢様のお近くで壁になりなさい」
リディアーヌは、身体強化を掛けながら、周囲を探った。バルトルトを守りながらでは、やや厳しいか。
左手のブレスレットが、シャランと音を立てる。
「うぅ。その剣、自分を使えって言ってますよぅ」
「そう……。分かったわ」
「信じるんですか。はぁ。リディアーヌ様はアルフリートと変なとこ似てますね」
黒装束の男たちが、少しずつ距離を縮めてくる。
(あの緋色の髪をしたキースはいないようね。なんとかなる……か?)
周囲の温度は下がり、次々と造られる氷が敵対者の足場を悪くしていく。
「全員、私のお嬢様に跪きなさい!」
氷の刃を手に、エリーゼがまるで体重がないかのように舞う。1人、また2人と敵対者が倒れていく。
「私はあきらめない!」
リディアーヌも、身体強化を使いながら敵対者を倒していく。
闇の魔力は使い慣れないが、黒い刀身の剣は、まるでリディアーヌを守るかのように敵対者を切り捨てていく。
(あと2人)
そう思ったその時、ソレは現れた。
「魔獣……?」
(今の時期に、こんな場所まで?)
「エリーゼ……!」
ソレは炎を纏った狼。通常の魔獣であればエリーゼの敵ではない。
(マズイ、あの魔獣、炎の魔力を持っている!)
氷の魔力を駆使して戦うエリーゼに、炎は相性が悪い。防戦一方になるエリーゼを助けに行きたくても、敵対者がそれを阻む。
「あっ……」
エリーゼに気を取られたリディアーヌは、その隙を付け入られ姿勢を崩してしまう。
「お嬢様!」
「だめ!エリーゼ!」
自分を顧みず走り出すエリーゼが、リディアーヌを守るため、魔獣に背を向け敵対者に氷の刃で斬りかかるその瞬間、乾いた破裂音と小さな爆発音がした。
ドサリ……魔獣とリディアーヌと相対していた敵対者がほぼ同時に地面に沈む。
(何が起こったの?)
呆然とするリディアーヌ。そして返す刃で最後の1人をエリーゼが倒した。
振り返るとそこには何かを構えたバルトルトが立っている。その顔は蒼白だ。
バルトルトの袖は何故か酷く焼け焦げ、その腕は赤く染まり、血が滴り落ちている。
静まりかえった空間は、しかし突然の叫び声で切り裂かれる。
「ぎゃあぁぁあー。痛いぃぃい!うわぁっ僕の手ぇっ。ヒイイ。怖くて見れない!」
慌ててリディアーヌが治癒の魔法を使う。優しい光とともに傷ついていたバルトルトの腕が元通りになる。
気まずい沈黙の中、バルトルトは呆然としながらブツブツと呟いている。
「あぁー、何やってるんだ僕は……。レーヴェレンツ家の最高機密を使っちゃったよぉ。バレたら兄貴と姉さんに殺されるぅ」
「……バル!」
「あ、ハイ!」
「私は恩義は返す主義です」
「いや、結局暴発してリディアーヌ様に治癒していただいちゃいましたし。守ってもらうばかりでしたし」
気不味げに目を逸らしていたエリーゼが、向き合ってバルトルトの目を見つめた。
「黙りなさい。……あの武器はあなた達の重要な秘密。そしてあなたはおそらく、あの武器の声も聞こえるのでしょう。なら、爆発するのがわからない筈ない」
「うぇっ?…………ハイ」
「バル」
そこには氷を溶かす春風のような笑顔。
「よくできました」
「ーーーーーーーっ」
リディアーヌは人が恋に落ちる瞬間を目撃した。
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