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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

殺すなら 殺して見せよ この俺を

作者: 柚阿瀬露葉

――カー!カー!


 カラスが鳴き、暗く染まった空の中に馴染むように消えていく。日も沈み、辺りは月明かりすらも照らされずにただ、神妙な空気だけが漂っていた。黒い泥沼のようだった。日が暮れれば月が昇る。当然であるその自然の摂理すらも、この町には起こったことがない。


「こいつをどうするって言われた………。」


「知らねえよ。いつものところに運べばいいんだろう。」


 二人の男は確かめ合うように、擦り付け合うように、言い合い、分かってもいることをただただ淡々と事務的に連ねた。


 カラスが集って(たかって)、腐ったそれを、どこからか持ってきた大きな箱に入れ、黙々と作業を続けた。その目に、当人達に、意志は宿っていなかった。

 ただその作業をこなしていることだけが彼等にとって必要不可欠なことだった。ただそれだけの話。


 ものを詰め終えた男たちは、その大きな箱を、声をかけあうでもなくサッと持ち上げ、来た道に向かって歩みを始める。


「なぁ……。」


「あ?」


 一人のしゃがれた声の男が、声をかける。しかし、それもまた男にとっては初めてのことだった。


「いつまで俺たちはこんなことをやっているんだろうな。」


この仕事をやっているもう一人の男に話しかけよう。世間話をしようなんて思ったことは初めてであった。しかし、それでも男は今日。いや近々言わなければ、聞かなければいけないと思ってしまったのだ。それほどに、蝕まれていたのだ。


「………」


 声をかけられた男もそのことを汲んでか、口を噤んだ。うまく言えなかった訳ではない。答えられなかった質問に男はただ黙ったのだ。考えたところでその疑問は、自らが出したい疑問でもあった。


「臭いな……。」


「……いつものことだ。」


 風景に似つかわしくも、二人は暗く道を歩いていた。いつの間にか泥沼に足を踏み入れていることに気づいていた。肩まで使ってしまっていた場所がぬるま湯なんて生易しいものではなく、蛆が沸くほどに腐って、濁って、どろどろになった湯だと悟っていたのだ。


「ぁ…た…けてくれ」


「……」


「助けてくれよ。誰でもいいから。」


 しゃがれた男の言葉には誰も耳をかさない。それでも男は言い続けた。


「神様…いるなら助けてくれ!……。こんな惨めで腐った俺らを戒めてもいいから。」


 だから……。


「あの貴族を罰してくれよ。」


 男は叫び続けた。もう苦しいこの生活から抜け出したかった。叫んだ声があの貴族に聞こえても構わないほどに、もうやめたかった。もう一人の男は静かに涙をこぼし、言いたい気持ちを押し黙った。


「神様なんかじゃないんだけどね。」


 その声は安心するようでどこかバカげているような声だった。男たちを嗤うかのように発せられた声の音源を男たちは見つけられずにいた。それも当然だった。


「どこ見てるの?ここだよ。ここ」


 見上げた。男たちは口をあんぐりと開ける。滑稽な格好、夜に似つかわしくない。白と赤のダイヤ柄の服を着たその者は。


 箱の中から声を出していたのだから。


――ボンッ!


閉じていたはずの箱がまるでうねるかのように空き。男たちは肩をびくつかせた。同時に道化の恰好をした男が。バネと共に飛び出す。


「よっ、と。うわぁぁぁぁ」


――ゴチン!!


 綺麗に着地したかのように見えた道化の男はそのまま頭から落下する。


「いてて。」


 二人の男はあまりに唐突の出来事にその場で呆けてしまっていた。それを見た道化の男は楽しそうに二人を交互に見る。


「その願い。僕が聴くよ。」


「え?」


「え、じゃないよ。その願いを僕が聴くって言ってるのさ。」


 願いという意味が男たちは分からなかった。街の中でショーをしてほしいなどとお笑い事など考えていなかった。ただ男たちはこの腐った生活から救ってほしかっただけだったのだ。


「勘が悪いね。おじさんたち。そんなおじさんにはこれをあげよう!」


 そういって道化が取り出したものは風船だった。膨らんだ風船。受け取ったつもりもないまま男は持たされていた。


「僕が合図するとともに、その風船はだんだん。萎んでいくよ…1!」


 そのカウントが始まるとともに風船が変化していく。


「2!」


 しかし。男は首を傾げた。「風船がしぼんでいくよ」そう聞いたはずなのに。見るからに風船は大きくなっていく。


「1」


「おい、ちょっと待て!!」


 男の顔の目の前まで風船は膨らんだ。


――パン!!


 大きな音を立てて風船が割れた。空気を割くような音だった。


「あれ?失敗しちゃった……?」


「本当に……俺らの願いを…。」


 しかし、その失敗した道化師とは裏腹にも男たちは目に涙を溜めていた。その失敗が彼らを救ったかのように。


 風船は割れた。そして、その中から出てきたことは、貴族の殺害している光景。強姦している光景。着服している光景。どれもが大きな証拠となる重大な光景だった。それだけに男たちは感じてしまったのだ。目の前の道化師が自分たちを助けてくれるものだと。


「あーあ。笑わせるのが僕の仕事なのに。あぁ、しっかり願いは叶えるよ。そうすれば君の家族は救われるんだろ?」


「あぁ…本当に。お願いだ。俺らを助けるなんて二の次でいいんだ。あの貴族を…!」


「了解!でもさっき言った通り、僕は神様じゃないよ」


 道化師は宙を飛んだ。ふわりと周囲に風が巻き起こるわけでもなく舞い上がった。そうして逆さまになったまま。マントを広げる。


「嘆きという名の憂いの感情に吊られる。人形だからね。」



================================



 叫び声と、歓声が響く部屋だった。異様な音が窓から漏れて、夜の街に響く。しかし、それを聞こえないふりをして町の人々は日々生活をしていた。

「や、やめて……やめて…」


「君たちは僕のお人形さんなんだから。僕のおもちゃになったことをもっと喜んだ方がいいよ!」


 太った男は嫌がる声を聴いても尚、殴り続けた。その行為自体になんの罪悪感も抱かずに、殴り、蹴り、投げつけたりして弄んでいた。


「暴れないでよ………せっかく僕が楽しんでいるのになんで君が拒むんだよ」


「いや、もうやめて」


「なんだ。口答えするのかもう駄目だな………この人形さんは」


 潮時だな。などとつぶやいて、貴族の男はそっとベッドから降りた。

 息荒く、苦しむ少女を傍目に、貴族の男は部屋の棚から一本の





――ナイフを取り出した。


「きゃぁぁぁあああ!!」


「騒ぐな!!もう本当にこのおもちゃ壊れちゃってるよ」


 どうしようかな。などとつぶやいて、少女にすり寄る。逃げようと少女が抵抗するが、両腕は鎖でつながれ、身動き一つとることができなかった。

まぁ………例え、逃げ切れたとしても護衛に殺されることは分かっていた。


 必死の抵抗もむなしく、貴族の男が上にまたがり、ナイフを突き立てる。


「もう動かないでよ。ほら見てみなよ。君に刺さっていくのを」

胸にゆっくりと刺さっていく。そこから目を離すことも許されない。髪が毟れるほどに、強く握り締められる。


「や、やめ…ヒュ」


「呼吸しない方がいいよ………刺さるのが早くなるだけだから。」


 坦々と出された声の気味が悪い。少女は怖気を走らせたい気持ちを堪えながら、唇をかみしめた。

しかし、それでもなお、血がゆっくりと出ていく。深く刺さっていくナイフの切っ先から、真っ赤に胸に広がっていく。プクプクと気泡がでる。沸騰するように。











「わぁ。凄いねぇ…………そんなに血だらけになって、その子大丈夫なの?」


 その声はどこからともなく降ってきた。その声に貴族だけでなく、その少女すらもぎょっとしたように目を見開いた。

その男は道化師の恰好をしていた。赤と白のダイヤモンド柄に、ふわっと広げたマントが際立っていた。

しかし、その場にいる誰もがショーをしに来た道化師ではないと気づいた。


 その道化師は手にナイフを握り、貴族の方を不敵な笑みを浮かべて見ていたからだろう。


「それにしても………趣味の悪い部屋だねえ。あんまり言いたくないけど

――こういうの笑えないよ?」


「な。なんだ!!お前は!!」


 貴族の男は気が動転したように、その男に問う。しかしその男はその答えをいうでもなく部屋をうろつき続けた。時に頷き、時に顔を傾げながら、何かを理解しようとしているようであった。

 そして思い出したかのように、手を打って言う。


「そうだよ!おじさん、その子助けないと死んじゃうよ!……その血の量。少し危ないって、僕の鼻くらい赤いじゃないか!」


「…………へっ!何を言い出すかと思えば、そんなことか。いいか?この子はな!僕の領地の人間なんだよ。僕の所有物の人間なんだよ。」


「うんうん、それで」


「所有物を気づ付けたって誰も文句は言わない!現に見ろ!この町をこの子がいくら騒いだって誰も反抗することもない!僕は正しいんだよ。それにたった今このおもちゃとおままごとをしていただけなんだ。邪魔するなよ。」


 貴族は言い続ける。自分が正しい。皆が認めていると。道化師もその話を聞いて。頷き、にやりとほほ笑んだ。そしてため息交じりに言う。


「でも……………。おもちゃ。壊れたら悲しいよね。」


 しかし、それすらも貴族の男には響かない。高らかに笑うと少女を指さして言う。


「そんなことはない。街にはいくらでも少女が居る。僕が壊したところでまた作ればいい。そうすれば。」



「僕が買い直せばいいだけだろ?」


「なるほど!おじさんが言っていることは理解したよ。でもさ。おじさんも一人の民だからかな?糸が見えるよ」


 貴族はそれでも余裕綽綽に笑い、道化師の言っていることを嘲る。


「僕が民?僕をおもちゃと一緒にするなんて頭が悪いんだな。そろそろ話は終わりだ!おい!!早く入ってこい!!聞こえているか?賊が僕の部屋に入ってるぞ!」


「あ、今電話してるのって。外にいる人たち?その人たちならもう閉演だから、幕を下ろしちゃったよ。」


「?………幕を?」


 貴族の男は初め、いっている意味が分からなかった。しかししばらくたってその言葉をゆっくりと咀嚼し、額に汗を浮かべる。


「まぁいいよね。民だし、壊れたら替えが効くんだしね。」


「おい、待て!!わかった。金か?金が欲しいのか?ならくれてやる!!いくらだ!!いくらほしいんだ!!」


 貴族の男は必死に交渉するが、道化師はそれを嗤い、口角を上げ、目を細め、静かに話し出した。


「でも、おじさんの上から垂れている糸はどこか解れているね。

あ!わかった!。おじさんは操り人形になってるんだ。」


「な。なんだ。何を言ってるんだ!!そんなことより、お金が欲しいんだろ!ほらこんなにたくさんあるんだぞ」


「あぁ、そういえば言い忘れてたよ。」


 金を見せて叫ぶ貴族の男はそのまま上空高くに上がり、糸でつるされた。

腕が、足が操られて、本物の操り人形のように。天井近くで、踊っていた。


 それを見て嗤いながら、道化師の男は言った。


「その糸、首にもつながっているようだよ」




≎================================




「号外!!号外!!ルーマイダー伯爵が首つり死体で発見!犯人はまたもや道化師!!」


 真上に昇った陽が、街全体に注いでいた。

 伯爵が死んだニュースは、町全体をどよめかせた……であろう。


しかし、他の街であればその限りではない。

道化師という物自体にあこがれを抱く黄色い声。批判する声。千差万別の声が響き渡っていた。

であれば、このようなことをいう者もいる。


「ったく、何が義賊だ!義賊っていうならな。俺の店も繁盛させろってんだよ。」


 寂れた喫茶店。一人の客もいない中。店長らしき男は愚痴をこぼしていた。嘆いたところで、客が来るわけでもないだろうが。


「時化てやがるぜ。」


「店長!こっちにアイスコーヒーひとつ。」


「あ、わりいな。聞こえちまったか?」


「ん?あぁ。まあね。でも気にしてないよ。僕はこの雰囲気が好きで来てるんだから。」


「ったく、とんだ疫病神だな。」


 二人の笑い声が、店の中にひびく。しかし店長である男はコーヒーのカップと共に、首を傾げた。あんな男いたっけな。などと考えて。



「本当……道化師ってなんだよって話。でも……」


 呟くように、その男は言った。


「騒がしいならそれでいいんじゃないかな?だってピエロだし、ね?」


「ったく、そういう話じゃねえだろ?」


「はははは」


 丁度テーブルに届いたコーヒーグラスを手にして再び談笑する。

 注がれたコーヒー面に反射して、笑顔だけが輝いていた。


最期まで読んでいただきありがとうございます。

よろしければ感想、評価お願いします。


まだまだ未熟ものですが、Twitterやってます。 @tuyunoha_novel

更新報告、進捗報告、喚き声が聞けるのでよかったらお願いします。

物書きさんでも、時間があったら読みに行っているのでフォローお願いします。

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