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理解してくれなかったんす

 結局、トレーナー問題が解決しないまま数日が過ぎた。


 実際、心当たりが無い以上、そこで悩んでいても仕方無いし、他の案件もまだまだ山積みだし。


 一応プロジェクトの一環としてやる価値はあると申請しているが、そもそも強靭な体を持つ悪魔に体を鍛えるという習慣が無い以上、事前サンプリングをするなどのデータがないと大規模には動けないのも事実だし。


「今日も今日とて難しい顔しているね先生。でも今日のうどんは一味違うすよ。まずは試してくれよ」


 お昼を届けに来てくれた出前のお姉さんは岡持ちから丼を出した。


「魔鳥の卵は分かりますが……この白いフワフワしたものは何ですの?」


 ガーシャちゃんがあまり慣れない手つきで箸を握り、白い物体を恐る恐る突いている。


「今日は魔鳥の卵と人間界から取り寄せた山芋ってやつを乗せてみたんだ。何でも人間界では滋養強壮に良いらしくて、うどんとの相性もバツグンなんだとさ」


「ふむ。私も人間界によく行くが、これは初めて見るな。おお、このネバネバは……何か感じ入るものがあるな」


「山芋……そういえば友達の女神から聞いた事があります。精力剤にもなるとか」



 前に出前のお姉さんの悩み……マウートちゃんの件を解決したお礼ということで、しばらく無料でお昼の出前を持って来てくれることになった。


でもそれだとさすがに申し訳ないので、普通のうどんではなく、代わりに新商品の味見をすることになったのだ。私たちはタダでうどんが食べれるし、出前のお姉さんも客側の率直な意見を聞けるので、お互いが助かるということだ。


「こ、これは美味しいですわ!普通のおうどんとは違って、この山芋というのがおうどんに絡んでツルツル入ってきますわ」


「そうだね。卵との相性もいい。ただ、このうどん自体が柔らかいせいか、山芋と相まって食感が無さ過ぎる感じもしてしまうね」


「確かに……もう少し歯ごたえがあってもいいですね。もぐもぐ。あ、お代わりありますか?」


 私も食べてみる。へぇ、魔界素材と人間界の素材の組み合わせってどうかと思ったけど、なかなかこれは。でも、確かにうどんのコシがちょっと弱いのかな。


「そっかー。卵と山芋を優先させるためにアタシ特製のブレンド粉を少なくしたんだが、それが裏目に出ちまったすね。したら、次は逆に配分を多くしてみっかな」


 配達のお姉さんはメモを取る。


「そういえば、お姉さんはどうしてうどん屋を始めたんですか?」


 今の魔界は昔のような殺伐としたものではない。使えそうであれば、文化や技術など、人間界から逆に取り入れてみる事もある。悪魔ネットなどはその最たる例だ。その中にはもちろん食文化もあったが、やはり悪魔と人間では根本的な体の構造が異なるので、そこまで重要視されてはいないのだ。


 その中で、わざわざうどん屋を開くというのは結構な酔狂とも思える。


「いやね、実は結構昔に、人間界に行ってそこの人間たちに教鞭をふるったことがあったんすよ」


「え、お姉さんって先生だったのですの?!」


 ガーシャちゃんが驚く。確かにお姉さんは活発な人だから、あまり先生ってイメージが湧かない。


「あはは、先生ってほど上等なもんじゃなないさ。それこそユリーメ先生に笑われちまう。でも、アイツらいまいちアタシの教えを理解してなくてさ。せっかく教えたことも違う方向に解釈しちゃって、殺伐とし始めて。何か違うな~って思ってさ」


 そう言いながら遠い目をするお姉さん。今でこそ活発に見えるけど、色々あったんだろうなぁ。


「しかも何が酷いって、メシが不味いのなんの。んでアタシは思ったんだ……」


 あ、この流れ知ってる。このあとトンデモ発言が出てきて、私がツッコむやつだね。ふふん、もうその手は通用しませんよ。






「メシが美味けりゃ、もっとこいつらの心と体を豊かにしてやれるんじゃないかって、さ」






「普通に良い話だった!!」


「ちょ、どうしたんだいユリーメくん。せっかく良い話の最中なのに、突然大声を上げて」


 呆れた顔でバウェルさんが私を見てくる。


 いやだってさぁ。肩透かしっていうか……。え、これ私が悪いの?


「続けて良いですかい?ともかく、そう思ったアタシはその後も色々と放浪してね。色々食べた中でも、うどんは工夫次第で誰でも簡単に作れるうえに、タンパク質も多い。ああ、タンパク質っていうのは人間の体に必要な成分なんだけどね。まあそういう栄養素もあって、さらにスープとの組み合わせで色々な味も作れる。同じようなものでラーメンってのもあったんだが、アタシにはうどんが性に合ってさ。で、これをもっと広めれば、みんなの心も豊かになるんじゃないかって思って、悪魔のことも色々勉強した後に、ようやく最近魔界で店を構えたって話でさ」


 はぁ~。確かに美味しいものを食べると悪魔も幸せになることに変わりはないけど、このお姉さんは立派すぎて凡そ悪魔らしくないまであるなぁ。


「もぐもぐ。お姉さんの努力のおかげでわたくしはこんなに美味しいうどんを食せるんですから、幸せですね~」


 ああ、せっかく人間界のジムでほんの少しだけシェイプアップしてたコモリンさんのお腹が……。


「ちょっと長話しちまったね。じゃあアタシは帰るすよ。また粉の配合を変えたうどんで持って来るから、楽しみにしててくれよ」


「はい。こちらこそ助かります。ではお気を付けて」


 そう言って、元気よく走って帰る出前のお姉さんを見送る。

 さて、私も心機一転、頑張りますか。



 とはいったものの、いい悪魔いないなぁ~。


 そんなこんなでまた数日後。みんなで机の上に顔だけ乗せてへにょっとなる。みんなも色々と手伝ってくれているが、やはり芳しくなく、揃ってうなだれてしまう。今日はまたそろそろ出前のお姉さんが来てくれる日なのだが、しっかり味わえるか怪しいなぁ。


 すると、とある方から連絡が入った。


「お久し振りです!増総ジムのマスルコです!」


「マスルコさん!どうもお久し振りです」


 そう、先日人間界でジムの体験入会をした際にお世話になった天界の神のマスルコさんだった。


「あれからどうなったかな、と思いまして。どなたか良いトレーナーは見つかりましたか?」


「いえ、それがですね……」


 私はここ数日ほとんど成果が無い事を話した。


「それでしたら、こちらでちょっと思い付いた事がありまして、それでご連絡してみたんです」


「思い付いた事ですの?」


 首を傾げるガーシャちゃん。


「はい。実は私には同門神の姉がいるんです。」


「ほほう、同門神の姉妹か」


 別の意味でバウェルさんが興味をそそられている。


「ええ。姉も私と同じくトレーナーをしてまして。なんでも昔、人間界で人間たちを鍛えていたそうなんです。ところが、体も心も鍛えるためには食が必要だ!って、急に飛び出して行ってしまいまして。ところが最近魔界で店を開いたって連絡がありまして、もしかしたら姉ならユリーメさんの力になれるのでは、と」


 は~、人間を鍛えてたら食に目覚めたと。

 ……んん?何か最近似たような話が……。


「姉の名前は――」


 と、研究室のドアが勢いよく開いた。


「ちわっす!魔祖うどんでーす!先生!今回はアタシ特製プロテイン粉の配分を熟考した麺に仕上がってるぜ!」






「マ、マソウお姉ちゃん!!」






「マソウお姉ちゃん?!」


「おー、マスルコじゃないか。なんだ、マスルコも先生と知り合いだったのか」


 私たちの驚きをよそに、いそいそと岡持ちから出す配達のお姉さん……いや、マソウさんだった。



「は~、そういう事情だったんすね。それならアタシも微力ながらお手伝いできますよ」


「い、いやいや。そもそもマソウさんの名前も天界の神だったってことも今知りましたし」


「あれ、言ってなかったすかね。あっはっは」


 カラカラと笑うマソウさん。なるほどね、マソウだから魔祖うどん、と。字面からしても悪魔だと思ってたよ。そういえばジムの名前もマソウだったね。


「言われてみれば、マソウくんは配達なのにいつも走って届けにきていたね」


「はい。岡持ちの中身を揺らさないように支える腕と手首、うどんを伸びさせないように早く走る脚、もっと言えばうどんをこねる腰、そして現在考案中の私特製プロテイン粉を使ったうどん。まさに筋肉の集大成す!」


 両手を腰に当てて胸を張る姿は、まさに先日増総ジムで見たマスルコさんと重なる。


「昔人間界に行って教えた奴等も、筋肉はすごく鍛えたんすが、どんどん自分たちを追い込むほうに偏っちゃって、これは違うなと。アタシが離れた後もその偏った鍛え方を邁進してたみたいで。ああでも、最後にはたった300人しかいないのに10万以上の軍勢を打ち払ったらしいすよ。そういう意味ではやっぱり筋肉の凄さが分かりますよね」


 え、それって人間界で超強引な鍛え方を強行するって代名詞になったアレ?


「でも、マソウさんは神ということでしたら、悪魔の体にはあまり詳しくないのでは?」


「いえ、悪魔に合ううどんを作るにあたって、その辺りも勉強しましたので大丈夫です。最終的には魔界にもマソウジムを作って、トレーニング後は食堂のうどんで体も心も癒す。そんな場所を作りたいんす」


 はえ~。ちょっと筋肉に寄るところはあるけど、さすがは神。キラキラしてる。


「でもそれなら何でわざわざ魔界で?もちろんわたくしたちにとってはありがたいことですけど、マソウさんは神ですし、普通天界でやるのでは?」


 コモリンさんが聞く。


 確かにそうだ。人間界で色々あってうどん店を開くのは分かった。でもそれならまずは自分の足元である天界でやるはずだ。


 マソウさんは、少し俯くと答えてくれた。


「それが……他の神々は……理解してくれなかったんす……」


 言いながら涙を流すマソウさん。ぎょっとして、さすがに私も驚きを隠せない。そ、そんなに重い話なのかな……。聞いた手前コモリンさんがあわあわしている。ガーシャちゃんもバウェルさんもどう声をかけて良いか分からず、黙ってしまっている。


「あいつら……あいつら……」


 プルプルと手を握り締めるマソウさん。神々同士でも陰湿な話は昔からあるそうだ。もしかしたらマソウさんも迫害とかされて、それで……。







「あいつら、女神に筋肉って正直ナイよね~、とか言うんすよ!!」






「………」


 いよいよ私もツッコめなかった。


「いいじゃないすか!女の子が筋肉鍛えたって!そのくせ人間界に降りる前には、神の威光のためにも~スラッとした体形は維持したいよね~、っとか言うんすよ!どの口がって話すよ!!」


 ヒートアップして机をバンバン叩くマソウさん。


「まあ女の子としてはあまり筋肉をつけたくないって気持ちは分からなくもないですが、最低限の努力もせず結果だけ出そうとする人は人間界のジムにもいますね。個体差はありますが、やった分だけ返ってくるのがトレーニングですから」


 うんうんと頷くマスルコさんにも人間界での悩みがあるようだ。


「まあ、うっすらと腹筋の割れている女の子もスポーティで良いものだしね。美は努力なしには成立しないものさ」


「わ、わたくしも努力しないと……」


「と、ともかく、事情は分かりました。私としてもトレーナーとしてお手伝いしていただけるのは非常に助かりますので、ぜひ協力してください」


 強引に話を纏めないと、このまま愚痴大会になりそうだ。



 そんなこんなでさらに数日後。研究所内にトレーニングルームが仮開設された。ちなみにガーシャちゃんが先行投資という名目である程度の器具を揃えてくれた。先に利権を抑えておけば、本格運用する時に有利だとか。さすがじゃれぶ。


 マソウさんはお店もあるので、空いた時間でトレーニングをしてもらい、終わったら研究所のキッチンでうどんを作ってくれる。運動後に最適なうどんを開発することで、これまた後々役立てるそうだ。


 まずはマソウさんの指導で私たちでトレーニングを続け、データが取れ次第、再度上申するつもりだ。実際、バウェルさんは体幹が良くなり、ガーシャちゃんはお胸は残念ながら変化が無かったものの、適切な運動でお嬢様スタイルがさらにしなやかになった。コモリンさんは……とても頑張っているんだけど、その分さらにうどんを食べるようになってしまい、プラマイゼロだった。まあこれはこれで幸せそうだからいっか。


 ということでデータも上々。この分なら、そう遠くないうちにマソウさんの希望も叶えられるだろう。楽しそうにトレーニングしながらマソウさんが言う。



「さぁ!ラストにもう一本!終わったら美味いうどんが待ってるすよ!」


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