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体験入会はいかがでしたか?

 マウートちゃんの騒動からしばらく経った。


 最近は直接的な依頼の解決ばかりだったので、今日は書類のほうの案件を片付けないとな。減らない書類をどうにかしないと、増える一方だ。そう思って資料を広げる。


 なになに、『最近、運動不足で身体が鈍っています』『昔に比べてスタイルが悪くなってしまった』『羽を酷使しすぎてコリが酷いデーッス!』『お腹がぷにぷにって言われてしまい……何とかなりませんか』


 ……最後のは……。いや、特定はしないであげよう。


 ええい!というかここは新世代悪魔の世代交代に必要な相談とクレーム案件のみの取り扱いだよ!っと資料をクシャクシャにしてやろうかと思ったが……。


 待てよ。前にマウートちゃんの言っていた、健全なる精神に~、っていう言葉。あれって悪魔にも言えるんじゃないかな。


 悪魔が健全っていうのも変な言葉だが、バウェルさんやマウートちゃんのように、スキルが正しく人間界に波及しなかったのは、悪魔自身による要因もあるのではないだろうか。


 元々強靭な肉体を持つ悪魔だが、神と競い合う事も無く、平和な魔界において、悪魔自身が総合的に弛んでしまったのではないだろうか。例えばお腹ぷにぷにさんのように。……あ、今のは特定の人物を指した発言ではありません。念のため。


 こほん、ともかくそれ故にスキルも正しく波及しなくなった。……うん、パッとの思い付きではあるが、案外理に適っている仮説だ。もしかしたら新世代悪魔のレベルアップになるかもしれない。


 とはいえ、具体的にはどうしたらいいんだろう。そういえば人間界にも同様の言葉があると聞いたことがある。悪魔より貧弱な肉体の人間だからこそ、逆に悪魔では思いつかない対策を打っているのかもしれない。



「なるほど。そこで最近人間界へ行っている私の所に相談に来たと」


 うん、まあこの写真スタジオは一応私の研究所内なんだけどね。すっかり我が家のようにくつろぐバウェルさん。何か撮影機材も増えてるし。どうやらーシャちゃんが色々と手を回して、本格的に運営を始めたらしい。で、バウェルさんが専属スタッフ。さすがじゃぶじゃぶセレブ。略してじゃれぶ。


「ええ。私は現代人間学を研究してますけど、最近はプロジェクトのほうに掛かりっきりだったので、最近あまり人間界に行けてなくて。なので何か参考になることを聞ければと」


「ふむ、実は心当たりがある。私がよく訪れる人間界の、とある国の同好の士である多くの女の子たちの間で、身体を鍛える専門施設でスタイルを良くする運動が流行しているらしい」


「専門施設ですか?」


 おお、これは幸先が良い。というか人間界でもバウェルさんと同じ趣味の女の子って多いんだ。


「そうだね、百聞は一見に如かず。よければ皆で人間界に視察に行ってみないかい?」



 ということで、いつものメンバーで人間界へ来たのだった。


「ガーシャも家にいることが多いですから、興味がありますわね」


「うむ。身体を鍛えることは美にも繋がる。女の子同士が美しい肢体を絡め合うにも必要不可欠さ」


 それぞれ思うところがあるようだけど、特に特にコモリンさんは


「なんでもスタイルを良くできるとか。いえ、べ、別にお腹がぷにぷにしているとかではないですよ。ただ、あくまで参考までにですね……」


 と、一番乗り気だった。



「貴女方が体験入会のユリーメさんご一行ですね、ようこそ、増総まそうジムへ!」


 トレーナーのお姉さんが笑顔で迎えてくれた。


「あ、はい。初めまして。今日はよろしくお願いします」


 そう言いつつ握手を交わす。おお、手が力強い。それでいて綺麗なプロポーションだ。


 ちなみに今の人間界は国同士の人の往来は当たり前なので、大抵の場合その国以外の人間が居てもあまり疑問に思われない。なので特に偽名も使わず、そのまま申請した。特に私たちは元々人間に近い外見の為、特に変装も不要なのは助かる。


「すごい人の数ですわね。やはり皆さん身体を鍛える為にいらっしゃってるんですの?」


「そうですね。でも女性の方の場合、どちらかと言うとシェイプアップ目的の方が多いですね。体形の維持だったり、あとはバストアップの体操なんかもありますし」


「ユリーメお姉様!ガーシャはその体操をやってきますわ!」


「ま、まあまあ落ち着いて。順番に周ってみようよ」


 いつになくガーシャちゃんもやる気だ。前にマウートちゃんの方が育ってるって言われてたからなぁ。


 体験入会ということもあり、器具を使ったトレーニングからヨガなどの体操まで、広く浅くやらせてもらった。私は途中から完全にバテてたけど。うーん、研究ばかりしてないで、少しは身体を動かさないと、こうも衰えるかぁ。これは私の仮説もあながち間違いじゃなさそうだぞ。


「お、お腹が違う意味でプルプルしてます。これを続ければわたくしも……」


 さっそくハマっているコモリンさん。


「ガーシャの胸も心なしかグイグイ大きくなろうとしている感覚がありますわ。これならマウートに大きな顔をされませんわ」


 ガーシャちゃんは体操が気に入ったみたいだ。


「私は写真を撮る際に結構姿勢を変えるからね。足腰はもちろん、カメラを安定して支える腕も鍛えられたのは良かったよ」


 バウェルさんは器具トレーニングが趣味と合致したようだ。


 うん、皆の反応からしてもこれは魔界で取り入れるべき内容だね。帰ったら早速提案書を作成しよう。


 ただ、問題がある。悪魔は人間と違い、元々強靭な肉体を持つものが多く、それ故身体を鍛えるという習慣があまり無い。となると、教えられる者、つまりここのジムのようなトレーナーがいないのだ。


 それに、似通っているとはいえ悪魔と人間とではやはり細かい点で身体の構造も異なる。


 ガーシャちゃん達が体験した様に一部分だけならば効果もあるだろうが、本格的にやろうとするならば、やっぱり悪魔専属のトレーナーが欲しいところだ。どうしたものかと悩んでいると、トレーナのお姉さんが私たちの所へやってきた。


「お疲れ様でした!体験入会はいかがでしたか?」


「いやぁ、疲れましたけど、こう、スッキリしますね」


「そうなんですよ!健全な肉体には健全な精神が宿るって言いますけど、ホントそうなんです!」


 ニコニコしながらトレーナーのお姉さんが言う。


「それで、入会に関してなんですけれど……」


 おっと、そうだ。体験入会なんだから、こういう時は勧誘もくるよね。私が人間なら続けてみたい気もするが、いかんせん種族からして違うから、流石になぁ。皆もそこは分かったのか、ちょっと困った顔だ。とりあえず今回はまだってことで断って……。


 と、トレーナーのお姉さんは私たちにだけ聞こえる様にこう呟いた。





「みなさん、悪魔ですよね?」





「ナンノコトデショウカ」


 思わずカタコトになっちゃったよ!え?聞き間違い?っていうかバレてる?!ナンデ?!


 動揺する私たちを察して、トレーナーのお姉さんは小声で続ける。


「あ、大丈夫ですよ。何を隠そう、私は天界から来た神なんです」


「……はい?」


 聞きようによってはただの怪しい発言に、私たちはついに全員が思考停止した。



「つまり、お姉さんは人間界に来ている天界の神だということですか」


「そうなんです!」


 空いているパーソナルルームへ移動した私たちは、トレーナーのお姉さんから事情を聞くことになった。


「改めまして、私はマソルコ。先程も申し上げたように、健全な精神は健全な肉体に宿る、を実際に広めるために天界からやってきた神です」


 ビシッと両手を腰に当てて宣言するマソルコさん。いわゆるムキムキではないが、しっかりと見て取れる筋肉がすごい。


「悪魔同様に天使も人間界を視察する事は往々にしてよくありますが……まさかジムのトレーナーさんをやっていらっしゃるとは夢にも思いませんでしたわ」


 ガーシャちゃんは気に入ったのか、バストアップ体操をしながらそう言う。


「昔と違って、今の人間はスポーツなどをする人や特殊な職業の方でもない限り、身体を鍛える事はしませんからね。自ずと怠惰な生活になりやすいんです。この国は運動不足の割りに、主食に含まれる糖分が多いので、太りやすい人も多いですし、最悪死んでしまうんですよ。そういった方々の肉体改善と共に、精神も磨かれる。正に善い行いなのです!」


 悪魔が主に負の所業による知名度を糧とするのと同じで、神は正の善行による知名度で糧を得る。


「私の同好の士の女の子たちも、一時、タピオカジュースなるものを二人で一つのストローを使って飲み合うのが流行ったが、タピオカのカロリーが相当凄いらしく、悩みどころだと言っていたよ。ふふ、でも同じストローを使う事で、ある子は後で気付き、またある子はそれに気付かず、はたまたある子は計算の上で、或いはある子は二人とも分かった上で、関節キスを楽しむ姿は正に尊いものだよねぇ」


 バウェルさんが説明するが、途中から違う解説が入っている。


「わたくしも裸になるとどうしても……い、いえ、お腹がどうとは言ってませんが、ただ気を付けたほうがいいかな~って」


 コモリンさんは、もう素直に認めても良いと思う。


 ともかく、マスルコさんはそういう目的でここにいるということだ。


「で、私は人間の体の構造を学んだうえで人間界でトレーナーをしているのですが、さすがに悪魔の方々の構造は不勉強でして……。申し訳ないのですが、本入会されてもあまり効果は出ないかと思って、先んじて声をかけさせていただいたんです」


「そういうことだったんですね」


 急に正体を見抜かれた時はどうしようかと焦ったけど、そういうことなら仕方ない。

「うーん、でも困ったな。悪魔の体の構造に詳しい知り合いなんていないしなぁ」


「ユリーメお姉様には申し訳ありませんが、私たちもそういった方には心当たりないですわ」


 ガーシャちゃんたちも首を振る。


「よければですけど、先程のような最低限の内容でもよければ教えられますし、私が魔界へいきましょうか?」


 申し出は嬉しいが、ただえさえ天界から人間界に来ているのだ。そこに魔界までとなると、マスルコさんの負担も相当大きい。でも、初日でこんなことを言ってくれるなんて、良い人なだぁ。


「いえいえ、お気持ちだけで十分です。それに、いくら神とはいえ、初めてお会いした方にそこまでしていただくのも……」





「初めてじゃないですよ」





「はいきたこのパターン!!!」


 ここ最近無かったから完全に油断してたよ!ちょっと私の出会いフラグ管理おかしくない?!


 ああ、そうか、今回は最初の挨拶が体験入会のトレーナーっていう変則パターンだったから、初めまして、という返答に注目してなかった!今思い返すと、確かに言ってない!くそぅ!


「ほほう。ユリーメくんは悪魔だけに満足せず、神ともきゃっきゃうふふな出会いをしていたんだね」


 いや、別にそういう感じじゃないから。というかバウェルさんの時だってきっかけは盗撮でしょ!


「ユ、ユリーメお姉様……?」


 だから、ガーシャちゃんの時だってむしろ一方的なストーカーだったじゃない!


「わたくしと女神の関係に理解があったのも、そういうことだったのですね」


 しれっと言ってるけど、さすがにまだ裸でどうこうって事に関しては理解してないからね!


「え、えっと、どこかでお会いしましたでしょうか……?」


 もはや声が震える私だった。


「ああいえ、ちょっと語弊がありましたね。実は、カヴェドンとマウートちゃんから、皆さんのことを聞いていたんです」


「へ?」


 思いがけない名前が出てきて、またまた皆で困惑してしまった。


「私とカヴェドンは友達なんです。で、つい先日、彼女から久し振りに連絡がありまして。天界に精神を鍛えるために元悪魔の子、つまりマウートちゃんが来たと報告があったのです。健全な肉体には健全な精神が宿る、ということで、精神修行の一環として、今度天界に戻ってマウートちゃんのトレーニングメニューを組むことになっているんです」


 はぁ~なるほど。世の中は狭いとよく言うが、まさか魔界と天界と人間界の三世界まで広げても狭いものなんだなぁ。


「ふふ。マウートちゃんが言っていた通り、綺麗な方々でしたからすぐに分かりましたよ。悪魔の方々は元々強靭な身体をお持ちですから、ユリーメさんなどは少し鍛えればより一層肌が綺麗になると思いますよ」


 そう言いつつ私の腕をさするマスルコさん。え、彼女もそっち?


「ダーメ―でーすー!、ユリーメお姉様はガーシャが管理するんですー」


 反対の腕を引っ張るガーシャちゃん。でも今さらっと管理って不穏な単語が聞こえたんですが。

「肉体派美女神に迫られ押し倒される学者系悪魔女子。アリだな」


 前から思ってたけど、バウェルさんて写真よりそっち方面のほうが興味強いんじゃない?あと押し倒されてはいません。


「わたくしも鍛えればあの女神とより良い裸の戯れが……」


 だめー!一応これ健全な話だから!


「と、ともかく、申し出は有り難いですけど、マスルコさんの負担も大きいですし、この先のことも考えるとやはり初めからある程度悪魔の体に知識のある方を見つけるほうが良いかと思います」


「分かりました。もしどうにもならなかったらその時は言って下さいね」


 連絡先を交換し、私たちは人間界を後にした。


 うーん、魔界でのジム開設という方向でやってみるのが良さそうってことで報告を上げるとして、やっぱりトレーナーの問題が残る。どうしたもんかなぁ。


「はー、でもいっぱい動いたからちょっとお腹空いちゃいましたね。いえ、食べ過ぎないようにしますけど」


「そうだね。帰りに何処かで食べて行こうか」


「でしたら、さっぱりツルツルっとしたうどんが良いですわ」


「そうだね、食べれば良い考えも浮かぶかもしれないし、みんなで行こうか」


「おー!」


 そんな平和な帰り道だった。


 ちなみにコモリンさんは結局お代わりしてた。


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