そこでわたくしは悟ったのです
「引き篭もり、ですか?」
と私の膝に乗ったガーシャちゃんが聞いてきた。
「うん、出前のお姉さんが言うにはね」
ガーシャちゃんの頭を撫でつつ私は説明する。
今回の発端はいつものクレーム書類……ではなく、いつもの出前のお姉さんからの依頼だった。内容はこうだ。
『ここ最近近所から毎日、ボクのスキルのせいで……、もう誰とも会いたくない……、あくまでそういうものだからって……、とまるで怨嗟のような声が聞こえるんすよ。それが仕事前も帰った後も休みの日も聞こえてくるんすよ。アタシ、ボディには自信があるからそんじょそこらの悪魔には負ける気しないんすけど、不気味なものはちょっと苦手で……。まいったな~と思ってたところに、ユリーメ先生です!何でも話しに聞いたらユリーメ先生はそういった悩みを解決してくれるとか。これだっ!って早速相談に来たって訳でさ。え、使用済み割り箸の横流し?い、いやぁ、何のことだかアタシにゃさっぱり……。あ、これウチの割引券です。次回も我が魔祖うどんをよろしく!そんじゃ頼みますね~』
ということだった。
割り箸の件ははぐらかされるし(最も、横流し先であるガーシャちゃん本人から聞いているけど)、ここはご近所お悩み相談所ではないのだけど、もし解決できればこのプロジェクトでも活躍してもらえるかもしれないし、とりあえず調べてみようと思ったのだ。
「そういえば私も噂を聞いた事がありますね。何でもいにしえの悪魔たちと並ぶほど昔から居たにも関わらず、なにかのきっかけで引き篭もってしまい。ようやく現在においてその力を再度発揮し始めたとか」
スゥっと部屋の端から可視化を解いて姿を現すバウェルさん。結局なし崩し的に盗さ……撮影を許可したのだった。断れない私……。
というか、研究所にいつの間にか写真スタジオができていた。おかしいな、一応私ここの責任者なんだけど。
私の疑問をよそに、ひたすらシャッターを切っているバウェルさん。
「え、バウェルさんお知り合いなんですか?」
「いや、私もあくまでそういう話を聞いただけでね」
うーん、正体まではわからずか。となると、直接行ってみるしかなさそうだなぁ。あとこの撮影会いつ終わるの?
バウェルさんの言う噂を調べてみると、この悪魔の力によって、人間界では自室から出ずに引き篭もる人間が増加の一途を辿っているらしい。
人間を堕落させるのは一筋縄ではいかないが、引き篭もるとなると自然と堕落していくものだ。これは是非プロジェクトとしても名を上げてもらいところである。
そんな訳で家もすぐに判明した。やはりいにしえの悪魔たちと同時期に居た悪魔としての噂があり、一部では有名らしい。それに興味深い話も聞けた。
「特に何の変哲もない普通のお家ですわね」
「ガーシャくんの家が特別なのさ。そうだ、今度ガーシャくんの家で撮影させてもらえないかい。もちろんユリーネくんとのツーショットでね」
何か別の話が着々と進んでいるが、今は置いておこう。
引き篭もりの方の家にいきなり3人でおしかけるのもどうかと思ったが、逆にこの3人の中で1人でも会話が弾めば、それをきっかけに色々聞けるかもしれない。ちょっとした賭けではあったが、まずはチャレンジということで3人でやってきたのだ。
コンコン、とドアを鳴らす。
すると、静かにゆっくりと扉が開いた。
出てきたのは顔立ちこそ幼い感じだが、背の高い女性だ。
……背丈に比例するのか、お胸もどーんって感じ。
ガーシャちゃんは身体こそ小さいが立派なお嬢様の振る舞いをするので、ちょうど正反対のようだ。
ただ……こう言ってはなんだけど、ずいぶんラフ……というかぶっちゃけだらしのない格好だなぁ。だるーんとした大きなTシャツによって、短いズボンが隠れている。隠れてるだけだよね?穿いてないわけじゃないよね?
「あ、あの、どちら様でしょうか?」
おっかなびっくりといった感じで女性が問う。なんだ、引き篭もりと言うからもしかすると会えないかもとすら思っていたけど、けっこうあっさり会えるものだ。しかも美人さんだ。
「あ、初めまして。私、『新世代悪魔世代交代プロジェクト』担当のユリーメと申します」
「初めまして、わたくしはコモリンです。あ、とりあえず中へどうぞ」
と、コモリンさんが促してくれた。
だが、その前に私は聞く事があった。
「あ、あの。変な質問かもですが、コモリンさんと、私……ユリーメとは本当に、初めまして、ですよね?」
はて、とコモリンさんは私の顔を見るが、やはり心当たりは無いようで、
「はい。普段からほとんど悪魔には会いませんから、顔に覚えがあればすぐ分かると思います。あの、何か?」
「いえいえ、何でも無いです」
内心ほっとした。だってガーシャちゃんの時もバウェルさんの時も、初めてじゃないですよ、なんてどんでん返しがあるものだから、つい警戒しちゃったよ。隣でガーシャちゃんもバウェルさんも苦笑いしてるし。っていうか2人のせいなんだけどねぇ。
通されたのは和室だった。和室というのは主に、ガーシャちゃんのスキルやバウェルさんの趣味で賑わっているあの国で昔からある室内装丁で、落ち着いた雰囲気が魔界でも人気となっているのだ。
なんか、あの国が関わると私達悪魔って碌な目に合わない気がするんだけど気のせいかな……。
「それで、わたくしに御用件とは……」
おずおずとコモリンさんが尋ねる。うーん、噂ではいにしえの悪魔たちとほぼ同年代と聞いているけど、失礼ながら何と言うか威厳みたいなものは感じないなぁ。顔は幼い感じで可愛いし、身体は……うわ、机にお胸が乗ってますよ。私も決して無いわけじゃないけど、これはすごい。
ガーシャちゃんはちょっとショックを受けてる様子。対してバウェルさんは何とかシャッターを切れないかモゾモゾしている。ダメですよー。盗撮、ダメ、ゼッタイ。
「こほん、実はですね……」
私は新世代悪魔プロジェクトについて説明した。
「なるほど、確かにわたくしは年代こそいにしえの悪魔たちと同じですが、人間界に影響を与えたのはそれっきり、その後は最近までずっと引き篭もりがちでしたからね。こんな年の悪魔を新世代に加えてもらうのはいささか気後れしちゃいますけど」
言いつつもちょっと満更でもなさそうなコモリンさんである。まあ若く見られるのっていつの世代でも嬉しいよね。
「それで、適正なども含めてお話をお聞きしたいのですが、その昔、人間界に影響を与えた凄いことがあった、と聞いたのですが」
そう。私が聞いた興味深い噂とはそのことである。いにしえの悪魔たちも人間界に様々な影響を与えてきたが、このコモリンさんはさらに凄い事をやったと聞いている。スキルによっては新世代悪魔プロジェクトの中でも即戦力になるかもしれない。
「あれは、まだ人間界が出来て間もない頃でした。当時は今と違って、神の勢力と悪魔の勢力が敵対しており、わたくしもとある国のとある神が心を乱した際に、そこに付け込んで仕掛けました。ああ、私のスキルは外に出る必要性が無いと思いこませ、やがて何も手につかず堕落させるもの。通常であれば心持ちの強い神には効かないスキルですが、この時はその神があまりに心を乱していたため、その隙をつけたのです。まんまとその神は岩でできた洞窟に篭り、同じく岩でできた戸で閉めて引き篭もりました」
「それは凄いですわ!ガーシャたち新世代悪魔はまだしも、いにしえの悪魔たちですら、神勢力に対してなかなか有効打を打てなかったときいておりますもの。コモリンさんは凄い悪魔でしたのね!」
ガーシャちゃんはまるで夢見る乙女の様に当時の様子を想像しているようだ。
確かに私達新世代悪魔たちからすれば、正に偉業も偉業だ。しかしだからこそ疑問がある。それ程の偉業を成し得たにも関わらず、その後引き篭もってしまう程になったということはつまり……。
私の考えが伝わったのか、コモリンさんは苦笑いしながら続けた。
「そう、確かに一時的には成功しました。が、すぐに他の神々によって解決されてしまいました」
やっぱり失敗したのか。でなければ引き篭もることに繋がらないものね。
すると、バウェルさんが質問をした。
「しかし、そうも簡単に抜け出せるものかな。いくら神といえども、自分の意志で引き篭もったわけだし、一体他の神々はどうやって……、同じ神同士で力技ってことでもないしょうに」
うーん、と唸るが答えは出ない。少し間をおいて、コモリンさんは答えてくれた。
「それが、何と岩の戸の前で、裸踊りをしたそうなんです」
「はぁ?!」
思わず変な声が出てしまった。が、どうやらからかっているわけではなさそうだ。コモリンさんは俯きながら続けた。
「岩の戸の前でとある女神が裸踊りをして、宴会のように騒いでいると、その雰囲気に呑まれて出てきてしまったのです。つまり私はのスキルは女神の裸踊りに負けたということです。終いにはそこに居た他の女神全員が裸になって抱き合いながら踊っていました」
「何たること!ああ、何故そんな時代に私は生まれていなかったのか!神とはいえ女の子同士がきゃっきゃうふふしながら……あまつさえ裸で踊りあうなどっ……!見たかった……!見た……かった……っ!」
ダンダンと木製の机を叩きながら慟哭ともとれるほどバウェルさんが悔しがっている。ホントにブレないなぁ。
っていうか、今はコモリンさんの話だよ。俯いたコモリンさんを見やる。よく見ると微かに震えている。察するに、きっと裸踊りなんてものに負けた自分のスキルが悔しくてそれで……。
「そこでわたくしは悟ったのです」
俯いていたコモリンさんが顔を上げて、こう言った。
「裸ってそそりますよね!」
「お前もかーい!!!」
まともな悪魔は居ないのかっ!何度目だよこの流れ!私これでも研究員なんですけど!別にツッコミ芸人じゃないんですけど!
「貴女も私と同じくエデンを探す者か……」
「まあ、貴女もなのね」
さっきまで慟哭していたバウェルさんが、一転、同志を見付けたとばかりにコモリンさんと手を握る。悪魔のくせにエデンとか言ってるよこの子。
「やっぱり裸で迫るのも手段の内ですわね……今度家にユリーメお姉様をお呼びした際に、突然脱いでみようかしら……」
ガーシャちゃんは何やら小声でブツブツと言っている。聞かなかったことにしよう。
「え、えっと、自分のスキルが裸踊りに負けたから、そのショックで引き篭もったんじゃ……」
最後の希望に縋る様に聞いてみたが、
「いえ。あの女神たちの裸に惹かれてしまい、それ以来何をする気も起きず、寝ても覚めても裸体を思い浮かべるばかりで。そんなことをしてたら最近まで家に閉じこもりがちになってしまったのです。最近は解放感が欲しくて、ダボダボのTシャツなら隠れるから下もいらないなーって、穿かないようにしてまして……」
やっぱ履いてなかったんかーい!せめてそこは悪魔として履いておこうよ!え、ショーツは履いてるよね?それはさすがに履いてるよね?お願いですから穿いてて下さい。
もじもじしながら顔を赤らめて応えるコモリンさん。聞きとうなかった……聞きとうなかったよそんな答え……。悪魔が希望に縋っても絶望しかないね。
「っていうか、バウェルさんは女の子同士が良いんでしょ?裸は関係無いんじゃ……」
「甘いね、ユリーメくん。裸は究極の美。飾らない肉体こそ一番の芸術なんだよ。人間界でも裸体を芸術と捉える時期は何度もあったという。そこに女の子同士というエッセンスが加われば、それは最早どのような言語を以てしても言い表せない究極の世界!ああ、いつかその世界へ行ってみたいものだ……」
うん、もう聞いた私がバカだったよ。
「あれ、でも最近になってまた人間界に影響を及ぼす程にスキルが発動しているんですよね。ということは、最近何か変化でも?」
と、私は疑問を投げかける。そう、バウェルさんが最初に言っていたように、最近になって再度力を発揮しているという噂だ。彼女のスキルが引き篭もりを助長するのであれば、本人にもその源が何かあったはずだ。
「最近は人間界の技術を参考にして、家にいながら魔界ネット上に自分の裸を上げることもあって。わたくしちょっと物怖じする性格なんですけど、悪魔ネット上だと自分をさらけ出せるから嬉しくて……。あ、もちろん顔は出してませんよ。名前もコモコモってハンドルネームで上げてるんですけど……」
「謎の爆乳コモコモさんは身近にいました!」
いつだったかネットで見た記事の正体がまさかコモリンさんだったとは。
一人だともじもじしちゃうけど、ネットだと性癖を曝け出せる。
スキル活性化の原因は痴女化でした。まる。
なんて報告書に書けるかぁ!あーもうどうすんのよこれ。
「時にコモリンさん、女の子同士の裸という芸術に興味はないかな?」
「元々女神の裸に惹かれたのがきっかけでしたから、はっきり言って興味があります!」
完全に意気投合しちゃったよ。
「ユリーメお姉様は何だかんだで押しに弱いですから、最初こそ焦らずネグリジェで迫って、それから一気に裸になれば……」
ガーシャちゃんはお願いだから、せめて私に聞こえないように策を練って。
「ともかくプロジェクトの責任者としては、現状維持をお願いしたいところです。幸か不幸か、意図とは異なりますが結果的に人間を引き篭もらせる力は働いていますからね」
結局今回も現状維持である。とはいえ、長期的に見れば十分知名度を上げることができるだろうし、このまま人間界での引き篭もりが増え続ければ、そう遠くない未来、引き篭もりはコモリンという悪魔の呪いだと伝わるだろう。ちょっと名前が可愛い気もするが。
あと、別の方面でコモコモさんの名前が知れ渡らないか、むしろそっちのほうが心配でもある。まあ、エロスは人間の堕落に必要だし、それはそれで良い……のかなぁ。
いいやもう、解決したことにしよう。そうしよう。
「でもまあ、こうして同好の士に巡り合えたし、私は大満足さ。引き篭もりと言う割には結構あっさりとお会いできたしね」
「そうですわね。ガーシャもてっきり噂通り、私のせいで……、ってブツブツ怨嗟の言葉を言っているような暗めの方かと思っていましたから」
バウェルさんとガーシャちゃんが笑いながらそんな感想を言っている。
「? それ、たぶんわたくしの事じゃありませんよ」
……あれ?ここまでで全部解決ハッピーエンドになる流れだったじゃない。何か今、根本から覆される発言があった気がしたんだけど……。その場の全員の頭に?が浮かぶ。
「え、だってコモリンさんは他の悪魔に会わないくらい引き篭もっていたと言ってましたよね?」
私が恐る恐る尋ねると、事も無げにコモリンさんは答えた。
「確かに『悪魔』には会っていませんが、『女神』とは会っていましたよ」
あ!確かに最初、ほとんど悪魔には会いませんから、って言ってた!あれは人に会わないという意味じゃなくて、そのまま悪魔には会わない、けど別種族とは会ってた、という意味だったのか!
「たまたまネットを見ていたら見覚えのある裸を見付けまして。連絡してみたら何とあの時の女神だったんですよー。思い切って連絡してみたら、向こうも覚えていてくれていて。あ、ネットに裸の画像を上げるのもこの女神が教えてくれて。色々あって、今ではたまに会って、お互いの裸を観賞してるんです」
恋する乙女のようにポッと頬を染めるコモリンさんだが、内容が内容だけにインモラルも甚だしい。
というか女神のくせに裸の自撮り上げてるとか、神側も大概変な方が多いのかな。すると、ガタン!とバウェルさんが立ち上がる。
「是非とも!是非とも今度は私にさせてくれないだろうかっ!私がお二人を合わせて撮影する!女の子同士の裸のきゃっきゃうふふ……まさか神との絡みで実現するとは!あぁ、悪魔と神という禁断の関係!しかし惹かれ合う二人!互いの想いは種族の壁を越え、ゆっくりと互いの唇を……!くはぁ!これぞエデン!もちろん撮影のお金は要らない!むしろ払う!払うから是非に!」
目が血走ってる。もはや気持ち悪いまである。
「素敵!ガーシャもユリーメお姉様と早くそういう関係になりたいですわ~。そしたら、あんなことやこんなことを……」
こっちはこっちで空想の世界に浸っている。ガーシャちゃんの場合、割と強引に仕掛けてきそうで怖い。
……まあ、少しだけ悪い気はしない、と思ってしまうのはこの空気に毒されてきているからだと信じよう。だよね。私そこまでじゃないよね。
話を戻そう。
「じゃあ、怨嗟のような独り言も?」
「ええ。その女神とボイスチャットをすることもありますけど、大抵は裸の楽しいお話ですから、怨嗟のような言葉なんて言いませんし」
裸の、という単語はあけすけという意味なのか実際になのか、敢えて深くは聞かないでおこう。
ともかく、確かにそもそも最初から違和感はあった。当初の出前のお姉さんからの依頼では、毎日怨嗟のような声が聞こえるということだった。
しかし、コモリンさんはちょっとオドオドしているが怨嗟のようにブツブツと喋る方ではない。
それに、依頼では、誰にも会いたくない、という声が聞こえたとあったが、コモリンさんは私達や女神と普通に会っている。
つまり、依頼にあった謎の声とコモリンさんは、似た境遇の全く違う悪魔だったということなのだ。
あまり考えたくはないけど、今回の件は徒労だった、と。……いや、まあ一応コモリンさんという有力な悪魔をプロジェクトに迎えられたし、結果オーライ、ということにしておこう。うん。
「あの、わたくし、皆さんの裸も見てみたいな~なんて。皆さんスタイルも良いですから、正直一目見た時から裸を見てみたいとウズウズしてまして」
「ガーシャはユリーメお姉様とでしたらいくらでも構いませんわ!むしろ良いチャンスですわ!」
「私は見る専門なのだが……女の子同士のきゃっきゃうふふに混ざることで、新しい発見もあるかもしれないな!よし、文字通り一肌脱ごうではないか」
私はもっと健全なきゃっきゃうふふが好きなんだけどな~、きっと聞いてもらえないんだろうな~。だってもう3人とも目が据わってるもん。ガーシャちゃんに至ってはいつかの得物を捉える目で私を見てるもん。逃げられる気がしない。
「あぁ~、やっぱり裸ってそそりますね」