薬剤師・南依吹 5
「――私は、今回はまだ様子見をしてもいいと思うんだ」
「え? どうしてですか?」
「依吹さん、こっちに引っ越してきてから温度計は買った?」
「いえ、まだ……」
「じゃあ、湿度計が付いてるものを買いなよ。私も依吹さんと大学は同じだから東京に住んでたけど、東京基準で見るとびっくりするよー。冷房で除湿にしていないと、部屋の湿度が東京よりもすごーく高いから」
「そうか、湿度が高いから、分包紙のちょっとした穴でも短い期間ですぐに湿る……」
「そう。だから薬が湿ったのは最近のことかもしれない。他に判断できるポイントとしては、分包紙に水気が溜まった状態のものを私らが確認できたのは今回が初めてということ。それぐらいは、池上さんと話す前に薬歴をさかのぼって読み返したね?」
「はい」
薬歴によれば、池上さんの投薬を前回行ったのは當真さんだったので、過去にあった出来事を把握しているのだ。
「だから、一大事だと騒ぐにはまだ早すぎると私は思うよ。あとは薬を薬局で捨てますか、と訊いたら『もったいない』とも言っていたね。この言葉は何らかの疾患――あ、疾患の他にも薬の副作用ってこともあるね。そういうことが原因で判断力が落ちたせいなのか、それとも本人の性格か、というところも目の付け所になるかもしれないけど、もっと長期で様子を見て話を聞いて考えないと、今はまだ何とも言えないかな。ま、次に来た時の対応はけっこう重要になると思うよ。だからちゃんと今日のことは、後々他の薬剤師が投薬をしても同じことがわかるように、ちゃんと薬歴に書いておくように」
「すごいっすね當真さん」
私の隣の席から声がした。さっきから私達のやりとりを聞いていた、事務の新垣瑠花子さんだ。
「いつもそんなことを色々考えて仕事してるんすか?」
「あれ、知らなかった?」
「當真さんが新人の薬剤師さんを育ててるとこなんて初めて見ましたから」
「他所ではやってたことがあるんだけどねー。わかりづらいかもしれないけど、この仕事ってすごーく頭を使うんだよ」
「ウチ難しいの苦手なんで、そういうの無理ですね。そういうわけで、期待してますよ、人生の先輩」
「や、止めてー。そういうの」
思考疲れをしていた私は新垣さんに、か弱く応えた。
新垣さんは専門学校で医療事務のコースを卒業した入社二年目の二十一歳で、この薬局の最年少の社員だ。私と歳が三つしか差はないのだが、彼女と同じ職場にいると自分がずいぶん老けてしまったような気がして、ちょっとだけ凹む。
當真さんは私達二人の様子を見て軽く微笑み、
「いやー、でも今の時期にここまで考えられれば上出来だよ――ですよね、社長」
「え、社長?」
私は驚き當真さんが声をかけた薬品棚の方を見る。その奥の影から、この薬局の謝花宗徳社長が後頭部を掻きながら、バツが悪そうに姿を現した。