隠れ家 9
夕方、ようやく患者さんの出入りが止まり、薬局の中にいるのは職員だけになる。
「殺虫剤の中毒かもしれない患者さんに当たっちゃうとは……めったにない経験だったねぇ」
と社長。
「薬局で対応するのはキツすぎましたよ……あれは」
「まあ、うまい具合にできてたみたいだから僕は口を挟まずに見てたよ。いやー、ほんと、うちに来てくれてありがとうね、南さん」
「そういえば、當真さんが糸数さんのことをすごく警戒してたような感じでしたけど、社長は何かご存じですか?」
「うーん、糸数さんねぇ。すごく優秀な人ではあるんだけど……」
社長が口ごもっていると、
「病院の薬だけじゃなくて、シロアリとか、あんな薬のことも知ってなきゃいけないなんて、大変っすねぇ。薬剤師って」
新垣さんがぽつりと言う。
「ちょっとは薬剤師を見直してもらえたかな?」
店舗の奥からは呉屋さんの声。
「まあ、ちょっとだけっすよ」
「ハハハ、何かと叩かれやすい仕事だから、そんなもんで十分ですよ」
薬局の皆がどっと笑った。
改めて私は川満さんに向き合う。
「川満さん、今日はありがとうございました。川満さんが知念さんと話をしていなかったら、シロアリの薬のことを聞き出せませんでした」
「私は薬のことは何年仕事しててもわからないことばっかりだから、お互い様。足りないところはみんなで助け合わないとね」
やがて當真さんが裏口から帰ってきた。知念さんについての顛末を報告すると、
「――糸数を相手によくやった! 褒めてつかわす! ……あ、ごめん。今のパワハラっぽかった?」
「いえ、大丈夫です!」
「本当? パワハラだって思ったら社長とか呉屋さんにすぐ相談しちゃってね」
実力が及ばなかった局面はいくつもあったが、自分の成しとげた仕事をこうして喜んでもらえるのが、心から嬉しかった。
その後當真さんは電話の子機を手に取って、
「あ、スノーマリン薬局の當真ですが――」
と話しながら店舗の奥に消えた。
(よし、仕事だ。今日の残り時間もあと少し――)
私はパソコンに向かいながら、新たな患者を待ち続ける。