ヒーローの南 10
シロは車の鍵を開けるとすぐさま冷房を最大の強さにした。後部座席に薫を座らせると、薫はすぐに横になってしまった。
「ちょっと薫、そんなに悪いの?」
「大した事ない。夕方までには治して行く」
薫は素っ気なく応える。
「治すってどうするのよ! そんなんじゃ稽古なんてできないじゃない!」
「お姉。私には『できる』以外の答えなんてないんだよ」
薫は睨むように私を見つめる。
「私みたいな芝居のセンスもないのが生き残ろうとするなら、このチャンスは絶対に逃せない。お姉も、お父さんもお母さんも、薫には役者なんてできないってずっと言ってたけど、そんなの私が一番わかってるんだよ。上を見ればうまい人がゴロゴロいてさ……でもさ、私にとって、テレビの中のヒーローは今でもずっと憧れで、新体操も演技の教室も忙しくて大変だったけど、私の中にはいつでもカッコいいヒーローがいて、そうしたら偶然だったかもしれないけど事務所にも受かって……ここまで来れたなら、簡単に諦めるなんてできないじゃない……」
薫は喋るにつれて泣き出しそうになる。そうして今の表情を見せたくなかったのか、ぷいと私から顔を背けた。
「シロさん、申し訳ないんですが、水と、あと胃薬が欲しいのでドラッグストアに寄ってもらえませんか? 後で何かお礼はしますので」
「お礼なんて別にいいんだけど……本当に大丈夫?」
「あと一日くらいどうにかします――しなければいけないんです」
薫は完全に腹をくくってしまった。この仕事がどんな顛末になろうと、もう私達が止めることはできないだろう。
――せめて薫の症状を少しでも和らげる方法は、何かないのか?
「薫、調子が悪いのは今朝から?」
「うん」
「お腹のどのあたりが、どんな風に調子が良くない?」
「胃のあたりかな。痛むような、そんな感じ」
昨晩と今朝の食事は私と全く同じで、朝はシリアルと野菜ジュースの二品だった。同じものを食べた私の胃の具合は特に悪くなってはいない。ならば原因はもっと前の食べ物ということか?
「あ、メール来た」
薫のスマホから短い着信音が鳴った。マネージャーから台本のデータと稽古の場所の地図が送られてきたのだ。
「台本読まなくちゃ……」
薫は仰向けのままスマホを上にかざして画面を操作する。今日の薫は日焼け対策も兼ねているのか、薄手の長袖を一枚羽織り、ボトムスはガウチョパンツの装いで国際通りを歩いていた。その上着の袖口が下にずれて――そこに、予想だにしなかったものが見えた。
昨日薬局で渡したものと同一と思われるロキソプロフェンのテープ剤が、左の手首に貼られていたのだ。




