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美海ちゃんは人差し指で自分の鼻カニューラを叩き、
「県内の高校で、こんなのを付けてる人間を面倒見れるところが無いから、東京行ってお父さんと一緒に暮らせって、お母さんが最近言い出したの。まだ一年以上あるけど、今から準備しないと間に合わなくなるかもしれないって」
ということは、彼女は現在中学二年、高校進学のことで揉めているという状況か。
「お父さんは今、東京で働いてるんだっけ?」
「そう。でも、県内で全く無いわけがないでしょ? 他の私みたいな子はどうやって生活してるっていうの? みんな東京行ってるなんてあり得ないでしょ?」
「そっか、ごめんね、そういうことがあったのを知らなくて。美海ちゃんにそういう話をするために、この依吹さんを連れてきたわけじゃないんだ。それで、美海ちゃんは今、どうしたいと思ってるのかな?」
「高校は県内。東京なんて行ったらこれを笑う子が増えるだけ。それに空気が汚い。息できなくなったら死んじゃう」
再び美海ちゃんは鼻カニューラを一層強く叩いた。
東京でも鼻カニューラを使用している人は大勢いる。人間が生活できる水準の大気ならば彼女が言うようなことは起こることなどないはずだが、彼女の場合はそれだけでなく、鼻にチューブを付けている特異な外見の自分に集まる視線――これも思春期の女の子には耐えるのが辛い障壁だ。
「朋夜ちゃんわかる? 付けたくもないのにこんなののせいで周りの子に笑われる気持ちが?」
美海ちゃんは平手で机を叩く。プリントの上に乗せていた彼女のスマホが私の足元まで勢いよく転がってきた。
それを拾おうとした時――画面に映っていた、異様としか言えないそれに私は一瞬怯み、手が震えた。
「拾うくらい自分でできます」
と、彼女は怒りのまま私が手にしていたスマホをひったくった。