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プロローグ

 私が幼いころ、私の家には見知らぬ女性が住んでいた。 


 彼女のことを思い返すと、その正体は幽霊か、はたまた空前絶後の不審者か、などといった切り口から語ることもできるだろうが、彼女はあまりにも自然に我が家の一員として立ち振る舞っていたので、当時の私は何の疑問も持っていなかった。


 彼女はよく私の遊び相手をしてくれた。今でも特に記憶に残っていることといえば、ヘアゴムやヘアピンをたくさん使って度々私の髪を色々といじっていたこと。母があまり私の髪型に強いこだわりを示さない人間だったので、彼女の手さばきは私をいつも感動させていたのだった。


 あと、彼女を思い出す上では欠かかせないことは――沖縄から来た薬剤師だったということだ。


 二人で一緒に日本地図を見て、ここ東京から遠く離れた島の一つが、彼女が生まれた沖縄だという話をしたこと、そして、桜の花びらが降る公園で、すやすやと眠る私の妹を抱えた母と『薬剤師』という名札を下げた白衣の彼女が談笑していた姿を鮮明に覚えている。


 やがて、その彼女とも別れの時がやってきた。彼女はどのくらいの間、家にいたのかは定かではない。すごく長い滞在だったのかもしれないし、短かい時間だったかもしれない。彼女を見送る時、私は別れを惜しんで泣いていた。


「はい。依吹いぶきちゃん、これ、好きだったからプレゼント」


 彼女はそう言って一冊の本をくれた。それは私が彼女によく見せてもらっていた本――薬局の待合室に置いてあるような、子供向けに書かれた生薬図鑑だった。今でも私の手元にある大事な宝物だ。


 しかし、時が流れて私が中学生の時、夕飯の食卓の場で私がふと彼女のことを話題に出すと、信じられないことに母も父も「そんな人はいなかった」と言い出したのだ。


「昔うちに女の人がもう一人いたって? 何かのニュースやドラマとかと勘違いしてるんじゃない?」


「だって、本もらったよ。生薬図鑑。お母さんも知ってるでしょ?」


「自分でお年玉使って買ったんじゃないの?」


 と母は取り付く島もなかった。


「はは。そんな人がいたら、間違いなく警察沙汰だねぇ」


 父もまともに取り合う気はないようだった。  


「薫は覚えてない?」


 六つ下の妹の薫にも確認してみるが、


「覚えてないよ。その時私、赤ちゃんでしょ?」


「だよね……」


 そして、二十四才になったこの春、私は――


「池上さん、お待たせしました。薬剤師の南と申します」


 私、南依吹みなみいぶきは今、沖縄の薬局にいる。

 南の薬剤師の、薬剤師の南。なんだか可笑しな響きだ。

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