表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

もうレクイエムは――痛いお年頃だ。

作者: 五示正司



 訃報。何の素振も、そんな予兆すら無く。ただ眠りについた婆ちゃんは、そのまま目を覚ますことはなかった。


 永眠――もう大往生っていい年齢だけど、これといった重篤な病気もなく、昨日まで普通に暮らしてた婆ちゃんがもういない。 


 実は中学時代に家出して婆ちゃんに心配をかけたことがある。それが原因で留年したりと田舎だから近所で色々言われただろう。それでも、ずっと優しい婆ちゃんだった。俺が行方不明の間もずっと神社にお参りしてくれてたって、あとから聞いた。 


「ちゃんと言えなかったな……婆ちゃん。俺は家出してたんじゃなくて、異世界に行ってたんだって」


 今時恥ずかしくて人には言えない秘密。もう、いっそドラキュラに咬まれるか、宇宙人に攫われたほうがまだ救いの有るあの異世界転移だった。


「ちゃんと世界とか救ってきたんだぜ。そのせいで留年して進学失敗したけどさ、ちゃんと勇者してきたんだ」


 だから理解ってしまう。暗く重い雲霞、あれは災禍だ――今は時期が悪い、この因果の巡りは無垢な魂に悪い暦歴ときだと。


 部屋まで階段を駆け上がって、深く長く息を吐く。そして決意してもう2度と握らないと誓った、押し入れにしまい込んだままの巨大な星剣を探す。


 ついゲームのノリで巫山戯たせいで名前をつけられてしまった神星剣「ホッタイモイズィルナゥ」。その柄に触れただけで手に馴染む忘れていた感触と、身体に溢れる脈動するような魔力の循環。今では懐かしさを感じる戦いの日々の残滓、世界を救った長い長い物語の相棒だった剣。


「ああ、もう2度と言わなくて良いと思ったのにな……もう一度だけ力を貸してくれよ。黄昏トワイライトよ、我は呼ぶ冥界門シェオル・ポルトを!」


 痛い――激痛が走る。


 だって、ヘブライ語の音訳であり、新改訳聖書では黄泉の原語となるシェオル(Sheol)に、どうしてフランス語で(Porte)なんだ。どうして日の出前や日没後の薄明かり以上の意味なんてない黄昏に命じて、しかも英語!


 あの頃は中2だったんだ。だからノリノリでやれたけど、俺にはもう無理なんだよ……俺は中学2年生で半年行方不明だったけど、あっちで既に30超えてたんだからさ。そう、異世界でも途中から痛かったんだよ、キツイって!


「だけどさ……俺はちゃんと見送らないとな」


 空気が軋み、世界の色が変わる。位相が偏位し視えない世界が姿を表す、今も空には無数の白い魂が世界に別離わかれを告げている。

 

 (ポルト)を潜る。せめて(ゲート)じゃ駄目だろうか?


「せめて(ポート)にしてくれれば、この痛みは感じずに済んだのにな」


 もう、俺は中2じゃない。そしてもう厨二(あの)力も持っていない……はずだ。有ったらどうしよう!?


「っ……往くぜ! 大天使ミカエル白銀カエシウス・大翼フリューゲル!」


 ぐふっ――まあ大天使ミカエルは変に英語読みでマイケルさんとかにならなくても良いけど、ドイツ語のフリューゲルにラテン語のカエシウスは許すとしても……灰色だよな、カエシウスは!


 そう、こっちに戻って調べたら、どうやら俺の翼は白銀ではなかったらしい!


 災禍。死霊というには禍々しく、悪意と呼ぶには棘棘おどろおどろしい異形。形も実態も存在もなく、ただ魂を喰らう何かだ。それが暗雲のように空を塞ぎ、無垢なる魂たちを捉えるように黒く渦巻き覆い被さっていく。


「婆ちゃんはずっと俺が帰るのを待っててくれたんだ。だったら、ちゃんと見送らないと孫じゃねえよなああああーーっ!」


 送り人、死出の旅路の頼りない護衛だけど……ちゃんと守るよ、婆ちゃん!


 触れれば多次元物質すら崩壊さえる神星剣「ホッタイモイズィルナゥ」。だが、あれは存在していない有り得べからざる非存在。在るのに無い、不確定存在には物理も魔法も通らない。


 そう、だけど俺は厨二特有の巨大な妄想力で選ばれ召喚された異世界の勇者、魔王の運命の器をも凌駕せし者と呼ばれた俺の無限の厨二病を舐めんなよ!


 厨二、世界をも変革させる想像力と強力な知識……そう、異世界の魔王の軍勢を滅ぼした厨二力アルテマスキル


「俺は婆ちゃんのためにもう1度だけ厨二るっ。喰らえ、神々の黄昏(ラグナロク・)高速催(ハイウェイ・)眠現象(ピュプノーシス)大量虐殺(ジェノサイド)主役女性歌手(プリマドンナ)神聖四文字(テトラグラマトン)天使梯子(エンジェルラダー)詐欺師症候群(インポスター・)症候群(シンドローム)超個体(スーパーオーガニズム)反響定位(エコーロケーション)技術的特異点(シンギュラリティ)死舞踏(ダンス・マカブル)紅炎(プロミネンス)神の見(アダム・スミス)えざる手(ゴッドフィンガー)ーー!」


 幻痛ファントム・ベイン――それはこの世に存在しないものであっても感じる普遍の激痛。それが霊的であれ、超次元存在であれ、形無くとも精神が有る限り襲う厨二力の激痛。そう、オレの心も超痛い!


「倒しきったのか……良かった。もう一回やったら再発するところだったよ」 


 暗雲は塵と消え、空から光が挿す。暗黒のような災禍は恐怖に震えながら分解消滅し、解き放たれた沢山の霊達が青空の中を天に昇っていく。


「婆ちゃん、ずっとずっとありがとう」


 輝きながら天国の扉が開き、そこから小さな頃から見てきた婆ちゃんのやさしい微笑み。そしてゆっくり手を振って姿が消えていく。


「婆ちゃん……ありがとうな」


 大往生――それはきっと幸せな最期。そう思ったって哀しいものはやっぱり哀しくて、寂しい。思い出だけが走馬灯のように巡り、追憶だけが万華鏡のように瞼に映し出される。


 うん、でも俺が召喚された理由って、婆ちゃんが名付けた「太助ダークネス振仮名ブリンガー」のせいも有ったんだけど。間違って振仮名のところまで出生届に書いちゃったのはわかるけど、どうしてダークネスブリンガーって振仮名を振っちゃったのかなーー!?


 いい笑顔で、親指を立てて消えていく婆ちゃんの見たことのないニヒルな笑顔……うん、でも天界の人に親指下げちゃ駄目だって! って、神様に向かって首掻き切る親指ジェスチャーは怒られるからーー――あ、神様倒した! えっ、ダークネスブリンガーって婆ちゃんの剣の名前だったの!?


 そして、祖母は旅立っていった……神様を倒して。うん、何処に逝っちゃったんだろうな、うちの婆ちゃん? うん、俺より強いじゃん、婆ちゃん!?


 (追悼)


ご冥福を(_ _)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 普通に笑って、感想欄見て、割烹見に行って、今回の件知りました 太郎芋さん、お悔やみ申し上げます
[一言] 痛いよ~痛いもの(自分の黒歴史)が攻めて来るよ~(´;ω;`)ウゥゥ(by野生の証明? ご冥福をお祈り申し上げます
[良い点]  What time is it now?《掘った芋弄るな》 [気になる点] > そしてもう厨ニ《あの》力も持っていない → そしてもう|厨二《あの》力も持っていない > 厨ニ特有の巨大な…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ