響の場合。
「ちょっ…ちょい待てや!御堂ってば!!」
俺、藤島 響はめちゃくちゃ焦っていた。
原因は目の前をスタスタ勝手に行ってしまうこいつ、御堂 馨のことでだ。
厚顔不遜でわがままプー、はっきり言ってあんまり関わりたくない部類の人間だが、どうしても俺はこいつの機嫌を損ねるわけには行かなかった。
「悪かったってば…っ、忘れてたわけやないんやって!」
「………」
御堂は必死について行こうとする俺をチラリと盗み見ると、やはり無言のまま駐車場へと歩いていく。
(なんっっっやねんっコイツ…っっ)
俺はついついイライラしながらご機嫌を取る。
今日は週に一度、御堂と会う約束の日だった。
もちろん俺は忘れてなどいない。
けれど、後輩の宮沢斗真から美味そうなアフタヌーンティーを勧められてついつい遅刻しそうなのを忘れてしまっただけだ。
食い意地の申し子と言われたこの俺が、目の前のご馳走を放ってなんかおけるかいっ!!
しかも学生には高価で中々手が出せない、職員棟のカフェテリアの裏メニュー・アフタヌーンティースタンド。
美しく3段に盛られた軽食は、もはや軽食と呼ぶことすら恐れ多いのだ。
1段目には彩りよく並んだサンドウィッチとスティックサラダ。
2段目にはブルーベリーのスコーンとプレーンのスコーンが盛り付けられ、それにクロテッドクリームをたっぷりと付けて頂く。
最後の3段目には、季節感たっぷりの苺のケーキが。
これでもかと言うほど贅沢に苺が乗っている。
まさに極上の午後のひと時を過ごせる高級菓子である。
(くぅ〜、こいつが来いひんかったらケーキまで食べられたハズやのに…っ)
ついつい未練が残ってしまう。
途中までではあったが、サンドウィッチもスコーンも物凄く美味しかった。
特にあのカフェテリアお手製のクロテッドクリームは絶品であった。
思わずじゅるりと涎が垂れそうになるが、それはグッと我慢してヤツを追いかける。
「なぁっ…御堂ってばどおおおぅわぁぁぁっ!?!?」
いきなりガッと抱き上げられて、そのまま車の中へ押し込められた。
御堂は甚くご機嫌が斜めで、やることなすことがまるで子供のようだ。
ほんまにコイツは社会人(しかも社長)か!?と疑いたくなる。
いや、本気で思う時も結構あるのだが…。
「なんっやねん、急に…んむむっ」
「…少し黙れ」
煩いとばかりに唇を塞がれて、身体を押し付けられた。
少しだけ苦い煙草の味と、忍び込んでくる柔らかい舌。
拘束してくる腕は力強いのに、口腔を撫でる仕種は思いのほか優しかった。
響のそれを慣れた様子で絡め取ると、きゅっとキツク吸われる。
ジ…ンと頭の中が甘く痺れていくのを感じていた。
(もう…マジでなんなんやねん…っ)
「み…どう、ちょい…待ちぃやって…っ」
「お前は私のものだ。どう扱おうと、私の勝手だ」
「んぁっ…ばっ……」
相変わらず傍若無人なこいつの態度にムカつく。
誰がお前のものだっての!!
俺はタダチケが欲しいだけであって、代わりにこんなことしてるだけであって、決してお前なんかが好きなわけやないっつーの〜〜〜っっ!!!
そう。
俺はこいつと契約している。
タダで様々なイベントのチケットをくれるというから俺は喜び勇んで飛びついた。
それは中々手に入らないプレミア付のものであったり、関係者しか手にすることが出来ない特別なシートであったりと、それはそれは喉から手が出るほど欲しいものばかりであった。
しかしそれは言葉通りの無償ではなくて…。
代償は、俺の身体だった。
もちろん最初は嫌がったが、御堂の手からもたらされたのは激しいほどの快感だったのだ。
いつの間にか施される行為に溺れ、気がついたらこんな関係になっていた。
だから俺は、こいつの機嫌を損ねるのが恐ろしい。
それはすなわち、そのままわが身に直結して降りかかるからだ。
今もそれは健在で、機嫌の悪さをそのままに荒々しく貪ってくる。
まるで俺の身体は全部己のものだと言わんばかりにしつこく愛撫を重ね、自らねだるまでそれは永遠と続いていく。
「響……」
促すように御堂が低く囁く。
でも俺は頑なに首を振った。
いくらスモークシートが張られているとはいえ、真昼間の車の中。
しかも自分の通う大学の駐車場だ。
あまり人気がないとはいえ、やはり外の様子が気になってしまう。
嫌だと意思表示をすると、それが気に食わなかったのか抱きしめる腕に力が入った。
「っ…いたっ…」
涙目になりながら御堂を睨むと、蜂蜜色の瞳には鋭い欲情に濡れていた。
その扇情的な表情に煽られて、我慢していた箍が外れそうになる。
なんだってこいつは無駄に綺麗な顔しとるんやっ…!
「お前は私の言うことだけ聞いていればいいんだ…響」
傲慢な独占欲。
降り注がれる言葉はどれも偉そうなのに、何故か切なく聞こえてしまうのはどうしてだろうか。
耳元に落とされる声に、鼓膜が甘く震えるのを感じた。
***
あぁ、このまま気を失いたい…とぱたりとシートの上に横たわる。
無駄に広い車内。
運転席を後者席は仕切ることが出来る造りになっていて、本皮のシートはふかふかとしていて庶民がこんな高級車に乗る機会など滅多にないだろう。
なんだってこいつはこうも贅沢なもんばっか普通に使っているのか。
自分には到底理解出来ない嗜好であった。
憧れはするけれど。
「帰りたい…」
出来れば今すぐ。
思わず零れた本音に、御堂はニヤリと意地悪く笑う。
「そうか。今夜はお前の好きな中華料理の店に連れて行こうと思ったのだが」
「なんやて!?」
その言葉にガバッと起き上がる。
御堂が連れて行ってくれるお店は、どこも美味しく量もかなり用意してくれる。
おまけにそれらは全て御堂の奢りなのだ。
他の人間に奢られることには抵抗感があるが、御堂であれば話は別だ。
こいつは無駄に金持ちなのだから、それくらい痛くも痒くもないのだ。
そんなヤツに遠慮する義理など何処にもない。
「じゃあ、付き合うな?」
「うぐっ…」
暗に、今夜はずっといろと言われて言葉に詰まる。
(長時間こいつと一緒なんて息が詰まるわ…でも中華…うぅっ)
目の前の食欲と、自分の身の安全。
どっちも大事だがどっちも取りたい。
そんな響の葛藤を知ってか知らずか、御堂は問答無用で車を滑らせ始めた。
「えぇぃっ、なるようにしかならんわっ」
どうにでもなれっ!と投げやりになるが、もちろん後で後悔することになる。
中華料理をたっぷりと堪能したあと、今度は自分が食べられてしまうのだから…。
それが目に見えて分かっている御堂は、楽しげに笑っていた。
「うわぁーっ、やっぱ俺のアホあぁぉぉぉぉぉぉっっ!!」
「ふっ、やはりお前は私のものだ…ずっとな」
いやだああぁぁぁぁっっと叫ぶ声は、熱い口付けによって塞がれてしまったのだった。
前からやりたかった響が主人公のお話です。
響が似非関西弁なのは、作者がバリバリの関東出身のくせに方言が好きだからです^^;
一応、裏設定もありますが…。
あぁ、本家の方ゴメンナサイ。
オカシナところはスルーでお願いします!
ハイテンションで、とても書きやすいキャラクタでした♪