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▷||の魔法少女  作者: オッコー勝森
第一部
9/151

「元魔法少女はとても健康的」


 川北先生の言った通り、今日は全校で身体測定と体力測定を行う。身体測定では体重・身長・座高を、体力測定では長座体前屈など基本技能的な種目の数値を測る。ただ短距離走及び長距離持久走だけ別れて、新学期最初と二回目の体育の授業でやるらしい。

 体操服に着替え、早速皆で体育館に向かう。入学式で昨日入ったばかりの建物だ。ぐっすりスピスピ可愛らしく寝ていたので内装はあまり覚えていないけれども。内装、覚えていないそう。

 他人事みたいな軽めのジャブ的ギャグは置いといて、学年やクラスごとに、測定の順番は分けられている。我ら一年二組は最初に、握力や前屈などの種目の記録を体育館で行うのだ。


「橘ちゃんだけ、身体測定が終わったら職員室に呼び出しだって。まだ中学生一日目なのに、何したの? それとも遅刻の件?」

「え、えぇとおそらく……ただの野暮用ですわ……」


 教室からの移動途中、クラスの子から質問を受けて、しどろもどろになる橘さん。朝礼の後、川北先生から名指しで呼ばれたのだ。そのことについて聞かれている。

 心当たりならある。橘さんも思い当たっているはず。

 彼女は昨日、魔法少女姿を先生に見せてしまっていた。


「ど、どうすればいいでしょうか?」


 近づいてきて、小声で指針を尋ねてきた。若干涙目だ。隠そうとしていなかった当初の自業自得なので、正直自分でなんとかしてほしい。

 私の知ったことではない。頼りたいなら誠意という名の金を払え。


「バッチリ見られちゃったわけだし、先生には素直に話すしかないと思う。巻き込んじゃって悪いけど、秘密の共有者になってもらおう。これが第一の選択肢」

「第二は?」

「消す」

「そんな怖いこと言わないでくださいまし!」


 一番簡単で後腐れもなく、美しく綺麗な方法を提示すると、ヒィッと彼女は三歩分くらい引いてしまった。


「怖くないよ。ちょっと準備がいるけど、人だけを素粒子レベルまで分解するビームだって魔法で出せるから。記憶操作の魔法も併用すれば、存在なんか限界まで抹消出来る。そうすればバレないよ。人間って、儚いね」

「捕まるのが怖いのではありませんわ!」


 「あなたの発想が怖いですわっでもそんなところもシビれます!」と彼女は体をクネクネさせる。ちょっと気持ち悪い。

 呆れつつ、ふと後ろを見る。先ほどからずっと見られている気がして……やはり伴野さんだ。そんなに見てくるなら話しかけてくれればいいのに。因みに私から話しかける勇気はない。話しかけてもいいよという空気を出せるだけだ。

 もしかして、向こうも同じ?

 それだと卒業まで友達になれそうもないな……としょんぼりしているうちに、体育館までたどり着く。


「さて皆さん! 二人か三人でグループを作ってお互いの数値を記録してくださーい! 特に体重とかのサバ読み防止のために!」


 ぶっちゃける先生。何人かの舌打ちが聞こえた(うち一人は私)ので、恐らく効果はあるのだろう。サバくらい読ませてくれよこのヤロウ(五七五)。

 さて、どうやってグループを組もうか……。


「木倉さん! 一緒に組みましょう」

「うん」


 指名が入った。素気無く答えるが、早々とボッチを回避出来たことに、心の中はカーニバルだ。

 これでママにボッチ担任同伴を馬鹿にされずにすむ。つまり私が測った身長で煽るだけのワンサイドゲームに今年はなりそうだということだ。ククク。

 徐々に組み割が定まっていく。ふと、伴野さんに目が止まった。頻りに首を動かして、頼りなさげにキョロキョロしている。まだ誰ともマッチしていないのだ。あまりにかわいそう。心細さが伝わってくる。その姿が去年の私と重なり、胸が痛い。


「伴野さん、グループ組めてませんわね。彼女のことが気になりますの?」

「うん、まあ……」

「でしたら! 同じ遅刻メイツの(よしみ)ですわ! 伴野さーん!」


 橘さんは、ブンブンと手を振るった。二の腕の贅肉がちょっと揺れている。魔法少女なのに筋トレしてないのだろうか。

 気づいた伴野さんが、恥ずかしそうに近づいてくる。


「ううう。悲しいところを見られてしまいました。自分、ほぼ初対面の人にどう話しかけていいか分からなくて」


 頰を赤くして、彼女は頭を掻く。

 それな。私もそう。

 と言ってあげたい。同じところが分からないので、話しかけられないが。


「まあまあ。人には苦手なこともありますわ。 奥手なこともありますの。お父様もよく言ってました。 ワタクシの苗字が橘というのは知っていると思いますが、下の名前は和美ですの!」

「よろしく、和美さん。私の名前は伴野日高です。ヒダカって呼んでください」

「あっそうですわね。名前の方がいいですわ。ワタクシのこともカズミと気軽に呼んでくださいな」


 二人で自己紹介し合っている。ここは私も参戦した方がいいのかな。彼女たちの間で瞳を交互に動かし、いつ会話に入るかの間合いを測る。くっ、本当のキャッチボールなら、すぐに乱入出来るのに。

 空中でボールを掴んで、ドーム横断ビームを出せる。


「木倉、ええっと、アイコウさん? もよろしくお願いします」


 すると、あちらから話しかけてきた。下の名前もチェックされていたようだ。だが漢字からは読みが推測出来なかったらしい。しかしアイコウとは。愛好家(マニア)を彷彿とさせる豪快な訓読みである。


「愛に幸せって書いて、アヴァと読む」

「キラキラネームですわ!」


 橘さんがはしゃぐ。悪気はないのだろうし、事実よく言われるが、微妙な気持ちになる言葉だ。自らの名をキラキラネームと言われて、嬉しい人間が果たしているのだろうか。

 イギリス生まれなパパ考案のAvaに、ママが勝手に漢字を割り振ったのが原因。すべてママが悪い。小学校のカリキュラムの一環で、親に自らの名前決定のエピソードを聞くという課題をやった時、余計なことをするんじゃないと、ママとは取っ組み合いの喧嘩になったものだ。元々喧嘩は得意で、ミンミンと出会って魔法少女を一回やってからさらに体は強化されたはずなのに、未だに勝負の決着はついていない。


「じゃあ早速測っていきましょうか。まずは長座体前屈からですわ」


 壁際の床には目盛りが振られている。その横に、Π型で少し奥行きのあるプラスチック製器具があった。

 壁と背筋が沿うようピンと伸ばして座る橘さん。それから器具を、彼女の足が(くぐ)るように置いて。その上に、手を乗せた。

 スーッと、勢いづかぬようゆっくり押してゆく。

 「こ、これが限界ですわ〜」と弱音を吐いて、器具から手を離し、力なく元の姿勢に戻る彼女。


「47センチですね」

「りょ」


 ペンを取り出し、記録の主の用紙に淡々と記入する。ふっ、私の方が橘さんより字が綺麗っぽいぜ。


「柔らかいねぇとかないんですの? 感想プリーズですわ」

「そうなの? 平均とか知らないし」


 単なる身体測定で、一々感想とか求められるのか。めんどくさいし、無味乾燥な一言しか出せんぞと思いつつ、打線的に二番とされた私が交代して、橘さんと同じ動作を繰り返す。


「おおっ! ですの」

「私はこんな感じ」


 記録を聞くと、58センチだったらしい。魔法の類は一切使っていない、素の能力だ。


「柔らかいですわ」

「……柔軟性()……」


 伴野さんが、苦い顔をしながら何事か呟いている。どうしたのだろうか。具合でも悪いのか。

 対人関係未習熟な私、気を遣うか迷う。


「次、伴野さん」

「……あっそうですね! あと私のことはヒダカでいいですよ!」


 そっか。どこかの定食屋を彷彿とさせる名だが、ヒダカと呼ばせてもらおう。

 彼女もゆっくり、器具を押していく。「ほぅ」と思わず唸らされた。確実に、橘さんよりは柔らかい。比較対象がいると、「その腰めっちゃ曲がりよる」と、スッと感想も出るものだ。


「58センチ」


 彼女と私の体格は、だいたいいっしょだ。すなわち数値が同じなら、それに関わる身体能力も大体同じと考えてもいいだろう。

 自分はこんなに柔らかかったのか。少し自信が出てくる。


「アヴァさん」


 器具を横に置き、ヒダカはゆらりと立ち上がる。なぜだろうか、どこか剣呑な雰囲気だ。

 ひょっとして怒らせた? はわわ、私なんかが自信を持ってすいません! とばかりに、橘さんの後ろへ、スススと体を隠す。

 そんな私に、ヒダカは右手を上げて。

 ズビッと人差し指を向けてきた。


「……? どうしたの」

「私と、勝負です!」


 突如として告げられる、宣戦布告。頭が追いつかず、「へ?」という間抜けな声を出すほか、なかった。


◇◇◇


 握力。

 立ち幅跳び。

 垂直跳び

 反復横跳び。

 ハンドボール投げ。


「そ、そんな……」


 大体の種目が終わり、ヒダカは項垂れる。周りでざわつくモブギャラリーこと、我がクラスメイトたち。


「伴野さんもすごかったけど……」

「木倉ちゃん、あんなに動けるんだ……」

「ヴイヴイ」


 二本指を両手で立て、周囲にアピールする。

 ほぼ私の勝ちだった。唯一互角だったのが、反復横跳びくらい(側から見ると、とにかく周りとの隔絶が凄かった。まるで違う漫画のように。私もあのくらい早く動けてるってことだ、ドヤ)。他では全て大差をつけてやった。勝負を挑まれなければ、ほどほどに手を抜くつもりだったのだけれど。

 勝ち負けにはこだわるタイプなので、素で出来る全開を披露してやった。

 まあ全開であって限界ではないのだけれど。故に疲労もない。


「木倉さん、さすがですわー!」

「伴野さんもいい選手。特に反復横跳びの、後半の追い上げには目を瞠った。素晴らしい戦いだった」

「陸上のインタビューみたいですわ」

「ま、まだです!」


 ヒダカの、凛とした声が運動場に響く。コントラルトの音域で、素直にかっこいいと思える。


「まだ上体起こしが終わってない」

「ふむ。私に腹筋で勝てると?」


 上体起こしとは、三十秒で頭を着かせず、腹筋が何回出来るかを測る種目だ。もうちょっと細かい規定とかあったかもしれないが、だいたいそんな感じだ。

 スッと、自分の腹を手で指し示す。


「殴ってみなさい」

「なっ!? しかし……」

「いいから」


 逡巡しつつも、泰然自若とした私の態度に「ええい、ままよ!」と、ヒダカは拳を突き出してくる。

 腹筋に、突き立てられる。


 コオォーンッ……。


「いいパンチ」

「かっ……硬い……」


 手の甲を抑えるヒダカ。どうやら殴って痛かったらしい。私の方は無痛である。

 普通かつ無痛の女の子。


「なんで中一女子のお腹を殴って、コンクリで厚い鉄板を打ち据えたみたいな音が鳴るんですの?」

「日々鍛錬是真理」

「くっ、私の腹も殴れ!」


 ヒダカは後ろ手を組み、ビシッと直立不動の姿勢になる。軍隊の長官か。

 まさに仁王立ち。匂う立ち姿。


「いいのかな」

「これでおあいこですっ!」

「こらっ何やってるんですか!」


 ジャージ姿の川北先生が走り寄り、注意してきた。「やべ、先公だ」と蜘蛛の子を散らすように逃げるべきだろうか。ママの好きな漫画にあったように。


「暴力はいけませーん!」


 プンスカ怒る。いい先生だ。生徒が暴力沙汰を起こそうとしていたら、止めるのが教師の筋というもの。

 教師の筋肉というもの。


「川北先生」

「はひっ!? た、たとえ木倉さんが相手でも、先生は屈しませんよ! ええ! 昨日もっと怖い目にあったんですから!」


 どういうわけか、この人は私に苦手意識を持っている。やれば出来るはずなのに、こちらに強く出てこないのだ。


「ありがとうございます」

「えっ?」

「止めていただき、ありがとうございます。確かに、周りへの影響とかを考えるならば、人を殴る・殴られるなんてやめたほうがいいです」


 滅多に話さないレベルの長文(?)だ。噛まずに言えてよかった。まあ話すことがあれば、私はそれなりに論理立てて話せるのだけれど。咄嗟に話しかけられた時に固まるタイプだ。

 お礼を言われ、賛意を示され、拍子抜けしたみたいに先生も固まる。私の何に怯えているのか知らないが、怖がらなくても大丈夫。


「そ、そうです……木倉さんのいう通りです。さ、さあ。全員ハンドボールを投げ終わりましたか? 最後の上体起こしのために、武道場に行きましょう!」


 腹筋は武道場か。学校の敷地の端っこにあるらしいが、正直どこにあるのか分からない。先生についていく。

 移動の途中で、肩に手が乗っかった。振り返ると、手の主はヒダカであることが判明。どこか焦ったように、私に話しかけてくる。


「あ、アヴァさん! 私はまだ、気持ちの整理が……」


 自分の拳を摩りつつ、チラと眺めるのは我が手。

 なるほど、先ほど「おあいこ」とならなかったのがモヤモヤするらしい。平等でなければ気が済まない、そういうところか。真っ直ぐな性格だな。

 しかし私は、平等よりも公平(・・)派。つまりフェアの精神で生きてるので。


「じゃあ殴るのをやめる代わりに、ハンデをあげるとしよう」


 流し目を、ヒダカに向ける。ピクリと、彼女は肩を震わせた。


「ハンデ……?」

「私の半分でも腹筋が出来れば、あなたの勝ちでいい。そうでもしないと、フェアじゃないでしょ?」

「っ……!」


 ヒダカの対抗心、そしてオーラが燃え上がる。オラオラ感が溢れ出る。よほど悔しかったらしい。

 それでいい。その意気だ。個人的に、戦意喪失した相手から勝ちを得ることほど、つまらないものはない。


「いいでしょう。舐めないでくださいよ」


 バチバチした圧力を、ビリビリした闘志を向けてくる。私はそれらを、正面から受けて立った。

 立ちはだかる壁として。


「純粋な数値で、必ず勝ちます」

「楽しみにしてる」


◇◇◇



 結局勝負は、私が勝った。


「同世代で最高の運動能力を持ってると思ってましたし、そう言われてきましたが。私もまだまだですね。でも、久々にすごい楽しかったです」


 負けたというのに、ヒダカは妙にスッキリとした顔をしていた。昨日見たときから実はずっとあった表情の険も取れ、本来の自分を取り戻しているように感じられる。

 静かに、だけど熱く。互いに視線を交わし合う。

 私もヒダカも手を出し合って、しっかりと握手した。


「うん……うん。あなたなら安心して任せられます」

「?」


 こちらの手を力強く握りながら、なぜか納得したように何度か頷き、前に出て立つ。川北先生の指示を待ち始める。意図が掴めず、首を傾げざるを得ない。

 そこでパチンと、一拍する音が響いた。狭い武道場なので、少しくぐもって聞こえる。音の源は、先生だった。注目を集めようとしていた。

 全神経を耳に傾ける。ついに来る。来てしまう。


「はい〜。二組の皆さん。最後は身体測定でーす」


 瞬間。空気が変わる。(いくさ)の気配。眉間に皺を作りつつ、ほぼ全員が覚悟を決める。

 隣の橘さんも。無論私もだ。

 構えざるを得ない。いつもの無表情を、引き締めさせざるを得ない。

 朝食は摂ってない。だのに頭がクリアになる。

 決戦の場は、保健室。自らの秘めたる数値と対峙し、現実を受け止めるために。

 いざ行かん!



「えっ重っ」

「筋肉だから! ほぼ筋肉のせいなんだからぁっ!」


橘さん「えっ重っ」

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