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▷||の魔法少女  作者: オッコー勝森
第一部
8/151

「元魔法少女はファザコンである」

 改稿。


 明朝。でいいのだろうか。

 否、未明というべき頃合いな気がする。夜の使者たちの暗躍の時間である。少なくとも、警察だったり官僚だったりではない一般人ならば、普通はぐっすり眠っているだろう。

 快眠を貪っていることだろう。

 誠に羨ましいことに。


「ふぁーあ……」


 大欠伸をかまし、重い(まぶた)をゴシゴシ擦る。


「クゥーオオォォウ」


 半開きの左目で捉える、(いなな)く相手の、ぼんやりとした姿。否無く、まさしく敵であるのだけれど、目と鼻の先で威嚇行動をとられているにもかかわらず、モチーフはトナカイだろうか、あるいは鹿? というどうでもいい思考から逃れられない。

 やる気が出ない。

 どっちでもいいかと、とにかく奈良公園にいそうな顔をした怪人の脇腹に、ノイズレスに弱目のキック。あまり音を立てると、つい反応して起きてしまう人もいるかもしれないし。私はいい子なので、付近の住民の睡眠にまで配慮出来る。

 ドヤ(無表情)。

 しかし、鹿側にはそんな気遣いの気持ちはないのか、骨が連鎖的に砕ける鈍い音を上げる。アホか抑えろよ、子供が夜泣きしたらどうするんだ。


「クォッ!??」

「断末魔に叫びを上げるな。うるさいだろうが」


 そもそも真夜中に市街地に現れるなこん畜生が。奇蹄目の鹿は牛の仲間だから、ホントに畜生の類だけれど。迷惑なことくらい分かるだろ。

 暗いの分かるだろ。

 せめて申し訳なさそうにアポ取れや。

 (しかばね)となった鹿が、バネが跳ねるように道路を転がっていく。輪郭は直ちに崩れ、ミニチュアバンビみたいなマナが表出した。その首をむんずと掴み、捕獲。

 用意された虫籠に突っ込む。


「よっ! お見事! アヴァは世界一いい女ぁっ! みうっ」

「ちょっと。真夜中出勤あるなんて聞いてないぞクソマスコット」


 危険が去った途端に、クソマスコットは電柱の裏から調子良く出てくる。無表情であっても無感情ではない私は、フツフツと湧き出でる怒りとともに、奴を睨みつけざるを得ない。


「手伝ってもいいという発言、昨日の今日だけど、というかあれから九時間ほどしか経っていないけれど、取り消してもいい?」

「そんなご無体な! アヴァほど魔法生命体捕獲部隊として優良物……ゲフンッ、有能な天才はいないみうっ! 転職はいつでも出来るんだから、もうちょっと我が社で頑張ってみない?」

「ブラック企業社員の首輪の繋ぎ止め方?」


 ハァ、とつい溜息が出る。

 善良な女子中学生木倉アヴァちゃんの平和な生活は、いったいどこに行ってしまったのだろう。

 落とし物コーナーに行けばあるかな。

 ついでにこのクソマスコットも、落とし物として預けてきたい。


「あ、安心しろみう。夜更けに活動する魔法生命体なんてほとんどいないから、自然怪人も夜には出ないはずみう。深夜勤務なんてまずないみう」

「はっ、どうだか」

「くっ……そうだみうっ! アヴァって女子中みうよね? 人間って単一生殖出来んみうよね? つまりこの先三年、ヘミセクシュアルなら、出会いなんてまずないみう。そこで! 魔法少女として活動すると誓約していただければ……ななんと! 我々妖精族の人間データベースから、よりどりみどりの独身イケメンを紹介するみうっ!」


 通販か。

 大袈裟過ぎる身振り手振りで、演説ののち誓約書を取り出し、「ささ、ここにサインして……」とペンを渡してくる。うん、サインカーブよろしく貴様の体をねじ曲げたい。

 こいつホントに王子なのか?

 王子、人心かどわかしていいのか?

 パラダイスフェアリー王国とやらの将来と情報リテラシーが心配だ。


「……ん?」


 そう呆れている最中のこと。

 サッと、物角で人影が動いたのを捉えた。目視した。身長的には私と同年代、プラスマイナス二年の誤差はあるかもしれない。長い髪がなびいていたため、性別は女の可能性が高いか。長髪の男性は、この街ではあまり見かけないし。

 首を傾げる。


「なんだろ」


 気にはなるけれど、敵意は感じなかった。大方、夜を散歩してた中学生ってところか。放置でいいかな。

 さて、イケメンなぞどうでもいいと、渡されたペンをマスコットの頭に突き刺し、「帰ろ」と言って踵を返す。


「ぬおおおお痛い! って待つみうぅっ!」


 血を流して追いかけてくるミウイ。夜の闇と合わさって、なかなかホラーな絵面である。

 四月はまだ前半の、十一日。意識すれば、夜はまだ肌寒い。魔法少女の衣装を着ていれば、気温などあまり関係ないとはいえ、気分だけでも冷たく感じる。

 物音を立てずに窓から自宅へ入り、変身を解きパジャマ姿に戻ったのち、出入り口を素早く閉めて。


「えへへ」


 自らの部屋を出たのち、大好きなパパのベッドに潜り込む。

 ママに怒られたら、トイレに行ったあと寝ぼけたことにでもしよう。


◇◇◇


「おっはようですのー!」


 朝から誠に、元気な挨拶である。

 深夜出勤したにもかかわらず、ママに叩き起こされ寝坊せずにすみ、普通に歩いて登校したところなんと始業時刻二十分前に学校にたどり着いた私。エラいと自己評価するのだけれど、その五分後には、橘さんもやってきた。

 彼女も今日は遅刻しなかったようだ。


「うぇーいですわ」

「わっ」


 挨拶もそこそこに(本当に挨拶しかしていない)、机に突っ伏して寝溜めするかと、木で出来た勉強用の平面に向かい合ったところ、叫ぶ橘さんがガバッと体に抱きついてくる。

 絡みついてくる。

 「ちょっやめなよ、恥ずかしい」と小声で抗議。自発的おはようをされたことといい、調子が狂う。心の平静が保てなくなりそうだ。

 形勢も保てない。

 尤も、心の動揺は、私の場合表情には現れない。


「スーハー。いい香りですわん」

「どうして匂いを嗅ぐ?」


 変態ちっくコミュニケーション。

 困惑する。意図がまったく分からない。それに怪人を倒してからシャワーを浴びていないため、いい匂いどころか汗臭くないか心配だ。

 グイーと橘さんを押し除け、自分と引き離そうとする。


「良いではないか良いではないか」

「遊女と戯れる悪代官か。ホント恥ずかしいから、ちょ」


 それとも過剰なスキンシップは、この子にとって遊びの範囲を超えないのだろうか。周囲の様子をチラチラ確認する。範囲内、範囲外?

 変と思われてない? クスクス笑われていない? 橘さんは変かもしれないけれど、私は普通の女の子だよ。ただの被害者なの。


「えっ、もうあんなに仲良さそう」

「昨日は険悪ムードだったのにね」

「ねえあれ。いったいどんな『教育』がされたっていうの!?」

「飼い犬のように懐く橘さんに、無表情で平然と対応する木倉さん。これは……」

「……えっちです」

「えっちですねぇ……」


 好奇心旺盛な様子で、爛々とこちらを眺めてくる、容姿と名前のまだ一致しない少女たち。どういう会話なのか、要旨もいまいち掴めないけれど、えっち認定を受けてしまったことは把握した。

 やっぱりえっちなスキンシップなのか。

 あるいは、昨日橘さんを連行する時、言葉のチョイスをミスッたのが響いているのか。ホント、「彼女は私が説得します」など、無難な表現にしとけば良かった。

 後の祭りの一寸先は闇。

 「ちぇっですわ」と舌打ちしつつ、彼女はようやく、強めのハグから解放してくれた。代わりに今度は、首元にやんわりと手を回してくる。


「……友達ってこういうものだっけ」

「こういうもの。こういうものですわ。あなたはだんだんこういうものと思うようになーる、ですわ」

「……はっ、暗示をかけられてる」


 友達付き合いが少なかったせいで、危うく信じそうになったけれど、すんでのところで正気に戻る。少なかったというか、合計時間で二十分以上話したことがあるのは、パパとママを除けば、多分ミンミンと茜くらいだ。

 中学生にもなって。

 ただ、サンプル数が2ととてつもなく小さい中で、うち一人の茜は、橘さんとは正反対だった……何もかも真逆というわけではないけれど、(こと)「友達との向き合い方」については、現在の橘さんと茜とで、もうまったく異なっている。



「人との付き合いって、ドライである方が深みが出ると思う。密接で、ベッタベタで、感情を余すところなくシェアするだけ(・・)の関係には、どうにも底の浅さを感じるの。深掘りするにはやっぱりね、離れた場所からの俯瞰、達観した視点も必要でしょ」



 「頭は悪くても、落ち着いてたらそこそこの結果が出る」というモットーの元、コーヒー片手に落ち着こうと言うのが、彼女の基本姿勢だった。同じ小学五年生とは正直思えず、ともすれば置いていかれるのではないかと、若干不安になるくらい。

 そんな得難い友達を、昔一人持っていたから。


「騙されないよ」

「ちぇー、ですわ」


 二度目の舌打ちののち、橘さんは腕を離し、降参のポーズを取る。


「それはそうと。あなたさっき、頬杖なんかついちゃって不機嫌そうでしたわね。ミウイとかいう妖精に何かされました?」

「ミウイのせい決定なんだ。まあ確かに、手伝うと約束したさっきの今で、よりにもよって深夜に出勤させられたけれど」


 なお残る眠気を思い出し、ぐでっと机に突っ伏す。すると隣の少女は、メラメラと殺気の炎を目に灯し、「あの愚物妖精……ぶっ殺してやりますわ」などと所信を表明している。

 初心と態度が異なっている。ミウイを退治するのは別に構わないんだけれど、それはそれとして、昨日の橘さんに今の自分を見せたら、いったいどんな反応をするだろうか。

 と密かに考えるくらい、ギャップが面白い。


「ミウイのことは、別にどうでも良くて。朝にママと大ゲンカしたの」

「お母様と? それまたどうして」

「私がパパのベッドに、潜り込んだから」

「へ? ですわ?」

「ママは川北先生より小さいくせに独占欲が強くて、パパの隣で寝ようとするとすぐ怒って噛み付いてくるの。これ跡」

「お母様は犬か何かでいらっしゃいますの?」

「パパの隣はママだけのものって、いっつも主張してくるの。すると二人はすぐにラブラブな雰囲気になっちゃって。ママはもっと遠慮すべきだし、パパはもっと私を見るべき」


 むくれる。ほんの少しだけ、頬を膨らませてみる。ママのいない時には、パパはすごい甘やかしてくれるけれど。いる時にはママが怖いからか、撫でるくらいしかしてくれなくなる。ママはもっと、大人的な寛容さを身につけるべきだと思う。

 と、家族についてのささやかな不満を語ったのちには、橘さんには「ひどいお母様ですわ」と同意を示して欲しかったのだけれど、彼女は「あら、まあまあですわ」と口元に手を当て、愛おしそうな声を出し。


「お父様っ子なのですね……ちょっと羨ましいですけれど……。ええ、いい萌えポイントですわ」


 そう、サムズアップするだけだった。

 期待と異なる反応で切ないが、まあママには「友達がママのこと犬って言ってたよ」と告げてやろう。

 ドッグと評価した後、グッドのポーズをしていたと。

 嘘ではない。事実に漏れがあるだけだ。

 無表情の範囲内でほくそ笑むと同時に、キンコンカンコンと予鈴が鳴る。小学校から変わらないシステム。尤も、最近では廃止する学校もあるのだとか。腕時計を着用させて、生徒自らに時間管理を徹底させるらしい。

 時計くらい持っとけい。時間管理はしっかんり。


「もうこんな時間。また次の休み時間に」

「分かりましたわ」


 自分の席へと戻る橘さんの後ろ姿に視線を送る。あんまり筋肉なさそうだなぁなどとぼんやり考えていると、前の方の席から首を後方にずらして、こちらをじっと眺める少女をふと発見した。


「?」


 目が合えば、プイと顔を背けてしまう先方。まだ人名と顔は一致していないけれど、彼女のことは覚えている。

 昨日三人いた遅刻者の一人。

 確か、苗字は伴野といったか。

 どうしたのだろう。何か用事があるのか。

 ひょっとして、私と友達になりたいのかも。だと嬉しいなとルンルン心を踊らせる。おいおい、中学生活は幸先良過ぎか? 小学生の頃と全然違うんですけど。

 ムフフ。

 捕らぬ狸の皮算用で喜んでいる最中に、緑色のクラス名簿を持った川北先生が、教室に入ってすぐ教壇に昇る。

 本鈴が響くまでには、スライディングセーフでやってきた生徒も含めて、全員揃いきった。「今日は遅刻者なしですね〜」と嬉しそうに言ったのち、姿勢の変わった先生からただならぬ空気が漏れる。


「さて、では。体力測定並びに……身体測定のお時間です」


 厳粛なる伝達。

 手短だが、この行事がもたらす迸る狂気、数字の凶器、残酷な選別、あるいは餞別を悟らぬ中学生女子など、ほとんどいない。

 先生による宣告が終わった途端、唾を嚥下する「ゴクリ」という濁った音が、縦は十五メートル、横は十二メートルあるはずのそれなりに広い教室の内を。

 席巻し、反響した。


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