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▷||の魔法少女  作者: オッコー勝森
第一部
75/151

「元魔法少女はかわいそう」


 食べたばかりのラーメンと唐揚げが反乱を起こして胃もたれすることのない、そんな程度に速度を調整しつつ走り、舞波パイセンが橘さんを見かけたというポイントまで赴く。

 場所は、大型店舗ほど品揃えが良いわけではないものの、それなりにコアな商品を入荷していることで密かに有名らしい、この街の外れの本屋。怪人出現時点でパイセンが外出していたのは、ちょうどこのブックストアに用があったからということだ。

 周辺には、古びた駄菓子屋だったり古びた珈琲店だったり。後は、古びた屋敷も目立っていたりする。

 お世辞にも、栄えているとは表現出来ない有様だ……どうしてこんな辺鄙なところの本屋が、花も恥じらう女子中学生の間で有名なんだ?

 喩え「密かに」であったとしても。

 あのパイセンは、もしかするとJC(本屋の話題が絡むとはいえ、無論あの天下のコミックス群のことを指すのではない)の中でも、特殊なコミュニティに属されているのかもしれないなと邪推し、同時に、なぜ橘さんが、こんな(さび)れた通りを抜けたのかという当然の疑問も、鎌首をもたげる。

 蛇のように。


「本屋から出て左の方向……つまり南の方面に向かってたのかな」


 脳内クエスチョンマークが、一層大きくなった。

 街の地図を頭に思い起こしても、そちらに自称イケイケJCである橘さんの興味を引くような、めぼしいものがあった記憶はない。

 梅干しみたいな、しみったれた雑木林があるだけだ。

 いや、待てよ? あそこは確か、入学初日、川北先生を助けようとして失敗しそうになった橘さんを、私が颯爽と助けてあげたところでもあったはずだ。

 思い出にでも浸ろうっての、と考えるのはあまりに自意識過剰だろうが、けれども、他に理由は浮かばない。

 とっくにこの街からは、出て行ってしまったと思っていたのに。

 差し当たって、橘さんが歩いて行ったとの目撃証言があった方角へと、自らの足の舵を取る。

 歩行しながら、思考する。

 魔法にある程度慣れ親しんだ人、という特例以外からは、本日五月二十一日、五日前の五月十六日に起きた魔法災害の痕跡とともに、その記憶が失われている。同時に、橘さんのこともヒダカのことも、忘れてしまっている。

 彼女らがいなくなっても、その不自然さに、ほとんどの人が気づけない。

 よってすでに、どこかへ高飛びしてしまったものと無意識のうちに考えていたけれど……ひょっとするとマルザムからの指令がまだ残っていて、この街から未だ離れられていないのやもしれぬ。

 とすると、マルザムはまだこの街に用があるのか?

 鯨を捕まえ、また鯨を解き放つ舞台として、伊達にここに拠点を置いたわけではないのか。奴の最終的な目的も、この街に強く紐付けられるのかもしれないが……まあそれは置いておこう。

 県外、最悪の場合は海外まで二人を探しに行かなきゃと覚悟を決めていた私にとって、舞波パイセンの情報は実に有意義でありがたかった。

 朗報だった。

 この先に、橘和美がいる可能性は低くない。マルザムミッションが終わっていない蓋然性はある。無駄だと思うが、一応マジックサーチをここら一帯にかけてみた。

 もちろん、橘和美の反応はない。

 これは絶望の材料にはならない。アンチサーチを小物に付与する技術くらい、マルザムは持っているのだから……半径100メートル以内に目標が潜んでいるならば、ちょっとやそっとのアンチサーチをリジェクトするくらい、頑張れば出来るのだけれど。

 深夜怪人騒ぎの時分、ヒダカが妖精族のネットワークに引っかからなかったのは、恐らく怪人産出の髪留めにかかっていた、アンチサーチの応用魔法のおかげ。気づいてはいたのだけれど、これ自体は、容疑をオドガムからマルザムに切り替える助けにならなかった。

 アンチサーチの付与は、ノロマなアデトム以外は、「カイワタリ」の四天王なら皆使えたから。

 無論私も使えるし、アンチサーチ及びその他を付与した小物は、常に体に忍ばせてもいる。役に立った描写はないが。作者の力不足のせいだ。

 作者の無能はともかくとして、マジックサーチに反応がないのは、半径100メートル以内に橘さんがいないこと以上の情報をもたらしはしない。


 舞波パイセンの証言を信じて、進め。

 百メートル以内に近づいて、小賢しい魔道具効果などこじ開けろ。


 十五分ほどの早歩きで、入学式後に橘さんを救ってあげた雑木林が左手に見える、補修工事ですっかり綺麗になった道路の一角にたどり着いた。経年劣化と怪人の暴虐のせいで、私が前に来た時にはボロボロの様相を呈していたのに、現在滑らかな黒コンクリートとくっきりした白線が、ドライバーに束の間の快適な運転を約束する。

 吹っ飛ばされたらしき自動車が木々を焼いていた方向へと、視界をシフトさせてみた。心優しく美しい元魔法少女の恵んだエンゼルレインのおかげで、焼け跡もなく、林は青々と元気そうだ。ただ、横転した車をどうにかした覚えもないのに、どこにも車体は残っていない。

 地元警察に普通に押収されたか、公安落君組が手を回したか。

 どっちでもいいかと、ピカピカのガードレールにお尻を乗せて、キョロキョロと首を動かす。

 ここにきて、橘さんの反応はまだない。

 アマゾンレベルには到底及ばないとはいえ、鬱蒼と茂る雑木林の奥深くに用があったのか、あるいはまっすぐ南に向かわず、途中で道を逸れたのか。

 川北先生のおうちがある、この道路のさらに向こう側へと行ったのか。

 どれであってもめんどくさいなと、ほんの少し曇った無表情を晒したその時、道路からすぐの位置に立つ木の横に、存在感の薄い中年男性がボーッと突っ立っているのを発見した。


 なんだあいつ?

 木こり?


 にしては、休日のサラリーマン風くたびれファッションがよく似合っている……後ろ姿だけでの判断だけれど。

 私の木こりのイメージは、覇気と筋肉を纏う森の支配者みたいな感じであったから、とてもじゃないがあのおっさんは、魂に刻まれし職業:木こりには見えない。

 しかし、どうしようかな。

 体をソワソワ、小刻みに揺らしながら、ガードレールを人差し指で、コツコツと叩く。

 もしかするとあのおっさんは、肉付きの程よい茶髪の女の子が、雑木林に入っていったのか道路をそのまま進んだのか、あるいはそもそもここには来ていないのか……進路について、なんらかの情報を握っているかもしれない。


 だが、その、えっと、あー。

 普通の可愛い女の子木倉アヴァちゃんは、誠に可哀想なことに、元来重度の人見知りであることからして、知らない人に話しかけるとなると、途端、心に大きなブレーキがかかっちゃう。

 最近でこそ、親しくなった相手に対しては、それなりの長台詞も飛ばせるように成長してきたけれど、人見知りを克服させてくれるようなイベントは、残念ながら(こな)せていない。

 畜生作者め。

 なろう主人公なんだから、戦闘から美しさ、良い性格、コミュニケーションまで各種取り揃えている、ザ☆完璧ヒロインに設定してくれても良かっただろ。

 あろうことか、コミュニケーションだけ(・・)(作者注:?)欠落させやがって。

 ホント、どうしてわざわざ、物語の展開をこうして阻害しかねない、「コミュ障」とかいう萎え萎えポイントつけてくれちゃったりしてくれやがったんだ、読者も草葉の陰で泣いてるぞ……。

 はっ。

 待てよ。

 もしかして今、人見知りの超克シーンに入っているのでは?

 逡巡、躊躇する気持ちをえいやと乗り越え、アヴァちゃんようやく、完璧美少女として羽化し羽ばたこうとせん、そういう局面に入っているのではないか?

 ドクンドクンと、早鐘の如く鳴る心臓。

 奇怪な機械人形よろしく、ギコギコ、体を動かして。

 スカートを履いていることも忘れてガードレールを大仰に跨ぎ(パンツを盛大に晒していた?)、四メートルほどの傾斜を降りて、メーターいっぱいの緊張に体を凍らせつつも、頑張っておっさんに近づいていく。


「あっ、あっ、あにょっ!」


 おっさんの背後五メートルで立ち止まり、お声がけしようとすれば、盛大に噛んだ。右手で、おバカな口元を強く抑える。

 顔が熱い。


「しゅしゅしゅすみませっ! やっやり直しを要求、させ…………?」


 噛みっ噛みで、自分をこの世から消してしまいたいほど恥ずかしく、とにかくリテイクさせてもらいたい気持ちでいっぱいだ。

 出来れば地球誕生からやり直して、完璧なる木倉アヴァが誕生するべく色々と歴史を調整したいくらいと考えていたのだけれど、それを一瞬で忘れて現実世界に強制送還されるほどには、おっさんの反応はおかしかった。

 否、おかしな反応をしたのではなく。

 反応が、なかった。

 無反応だった。

 雑木林の内側をじっと眺めているおっさんは、こちらを一顧だにしない。


「?」


 まさか、耳が聞こえていないのか。

 訝しみ、側に落ちていたちょうどいい棒を使って、彼の背中をツンツンしてみる。されど、振り向かない。

 気にしている様子すらない。

 幽霊や幻ではないよなぁ。木の棒で触れたし。

 人形の類かとも仮説を立ててみるが、一応、生命活動をしているようではある。


「え、えっと、茶髪のちょっとぽっちゃりした、可愛らしい女の子、見かけませんでした? その、可愛らしいとは言っても、私ほどじゃあないんですけれども……」


 一先ず、勇気を出して声をかけた用向きについて、やんわりとお尋ねしてはみたものの、やっぱり反応はない。

 なんなんだこいつ。

 コミュ障がちな普通の女の子がせっかく奮起して、社会に負けない立派な勇者になったというのに。


「あの、その、たちバカクズみ……じゃなかった、橘和美って子なんですけれども、見ては……」

「!」


 ぐるりと勢いよく、おっさんは振り向いた。

 木こりでもおかしくない、たくましく精悍な顔つきで、後ろ姿の儚さ、頼りなさとは、一切釣り合いが取れていない。

 私にまったく反応しなかったおっさんは、なぜか「橘和美」と耳にした瞬間、凄まじい食いつきを見せたわけだ。

 なんか負けたようで悔しい。

 ひょっとして、あのぽっちゃりお菓子娘の、熱烈なファンなのか?

 橘インスタのモンスターフォロワーだったりするのか?

 一歩後退りつつ、対面するおっさんをじろじろ観察していると、彼は突然、お辞儀した。

 腰を直角に折り曲げて、折り目正しく、頭を下げてきた。

 そして一言、シンプルに。


「娘を、頼みます」

「……はい?」


 意味不明な願い事ののち、頭を上げたおっさんは、踵を返して、走り出す。

 雑木林の中へと、吸い込まれるかのように。

 面食らい、数秒だけ立ち竦んでから、追いかけ真意を問いただそうとして、右足より踏み出そうとすれば。

 四方にゆらぎが現れて、取り囲まれた。

 この街とは異なる空間に繋がる穴々の向こうには、無数の怪人が(ひしめ)いていて。

 一匹一匹は雑魚でも、一般人よりは圧倒的に強いのだから。

 街に解き放つわけにはいかないと、おっさんの追跡を諦め、魔法少女の衣装に着替えた。


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