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▷||の魔法少女  作者: オッコー勝森
第一部
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「元魔法少女と天地の転置」


 以上が、ヒダカに髪留めの元の持ち主を教えた時、その裏にあった真意となるわけだけれど、もちろんここまでまとまった思考が、この時すでに出来ていたというわけじゃあない。ザンバラ散髪、ぶつ切り散発的だった日本語の羅列を、小説として読めるように成形しただけである。

 表面上だけ整列させただけである。

 しかも、恥ずかしいことに。

 可愛らしく赤面してしかるべきことに。

 私の推理は、間違いまくり、ミスりまくりで、根底から認識を誤っていたことが、後に判明することになる。

 実害を伴って。

 ふざけんなと逆ギレしたいが、日曜日の由緒ある名探偵が言っていた通り、真実はオールウェイズに一つ。

 一つだけなのだ。なればこそ、その一つを当てられなければ、謎を解き明かしたことにならないのは、悔しいことに自明の理。

 ただ、それでも、真実の数はゼロではない。

 事が起きている以上、何にもないということはない。

 無からは生まれるものはない。

 おかしな推理を披露してしまったこと自体は、ムシャクシャと腹立たしいけれども。


 一方で、絶対一つでノンゼロという事実自体は、元魔法少女の停止と再生の物語について、無限に広がる可能性の中からたった一編しか綴られないことが、ストップしてばっかの私でも、悪くはない再起を図れる世界線が、少なくとも一つは存在することを教えてくれているようで、極々微かに、救われた気持ちが現れなくもないというもの。

 だからこそ、ここから先、救いようのない現実に心を折られ、停止してしまう木倉アヴァを見たとしても、どうか安心して欲しい。


 私の紡ぐ(再生)は。

 悪くは、ない。


◇◇◇


 鴻鵠公園に近づくにつれ、湾曲し、歪曲し、屈曲していく景色。


「ひぃ、なんですのこれっ! 気味が悪いですわ」


 頰を歪める橘さんと同じく、この私ですら悍ましさを抑え切ることが出来ないほどの、空間の不安定さ。安定性にデリケートな転移を使っていれば、体が別々に分断される恐れもあるくらいだ、ホント笑えない。

 しかもだ、そこかしこに発生している、次元のゆらぎに足を突っ込んでしまえば、異空間に引きずり込まれかねない。

 まあ死ぬ。

 消滅する。

 一般人に被害が出てないといいのだけれど。先程の魔力波動で、魔法にまったく慣れていない付近の人々はほぼ気絶しているだろうから、余計な挙動で身を滅ぼす者はいないと願いたい。されど、倒れる誰かと重なる形で、偶々ゆらぎが発生してしまったら。


「……っ」

「えっ、どうしたんですかアヴァさん」


 「先に行ってて」と橘さんに指示を出したのち、足を止める。なんだろうこの気持ち。焦り、不安、怒り? ……とにかく不快感を覚えていることに違いはない。

 全脳細胞を酷使して、新しい魔法を捻り出す。普段は紙と鉛筆で、結構な時間を掛けてやるのだけれど、余裕のない現在は、不断の集中力で以って、そらでの魔法作成をせざるを得ない。


定常空間(ステディ・スペース)


 完成した術式を行使する。どこまでの領域で空間が不安定になっているかまるで不明だから、とりあえずこの街全域に……一部、あまりにも幽か過ぎ(・・・・)てレジストされてしまった。

 すぐ近く。恐らく鴻鵠公園付近。

 此度の騒動の中心地。


「……魔力大丈夫なんですか?」

「平気と言いたいところだけれど、半分は使ったかも」


 事態をまったく把握しておらず、どんなことが起きるかまるで不明瞭な中で、甘過ぎる、愚にもつかない選択だったかもしれないが、しかし、無関係な人間でも守れるなら守りたいと考えるのは、普通の女の子としておかしくはないだろう。魔法という自らの領分の内側で人が死ぬ、そんなの私の許容範囲内にはない。

 意固地に自己のポリシーを遂行した結果、余力が半分になってしまったというのは、やはりあまりにも蒙昧なんだろうけれど、無駄な魔力を使わずに、万全の状態で臨むべきなんだろうけれど、それでも今の状況に対処出来ない言い訳にはならない。

 もう参ったと言う理由にはならない。

 蒙昧であるならば、いっそのこと愚直に自らを信じて、信じた道をひたすら進んだ方が賢いということを、ミンミンから教えてもらった。終始クレバーであれるならその限りではない、とも付け加えていたが。

 懐かしい。

 私はずっと、魔法少女であるために、自分の頭を馬鹿にして、顔も知らない誰かをなるべく多く救ってきた。

 魔法少女として、最後の最後は、心の底から勝つために。


「まあ、ミンミンと茜が天に昇っていったあと、正直疲れちゃったけど」

「? また何か?」

「いやなんでも」


 いけない、目の前のことに集中しろ。それすら出来ず、徒らに論点を変える奴に、最前線で生き残ることなど不可能。思考を遊ばせるな。遊ばせる思考があるならば、せめて冷静な観察眼を保つために使え。

 瓦の敷き詰められた頑丈な屋根へと、跳躍。

 上から見える、広い庭の隅っこに、空の犬小屋がポツンと建っている。斜め下に刺さった杭、そこから伸びる赤色のリールは、なぜか途中から消失していて。

 ああ、ゆらぎに呑まれたのだなと、瞬時に悟る。

 もうどうすることも出来ない。辛うじて残っている、消滅させられたリール一部の先には犬はいなかったという可能性に縋り付くことしか。

 「被害」のリアル化。

 ヒュッと呼吸が重くなるけれど、動きを重くするわけにはいかない。「定常空間」の効果は永遠ではない。またゆらぎが発生し出せば、被害はどんどん増えていく。

 そもそも、なぜ空間は不安定化したのか……多量の魔力が弾けただけでは、こんなことは起こらない。空間干渉系の魔法が使われ、その余波に見舞われていると考えるべき。例えば、私がママに五万年眠る魔法をかけたとすると、その影響を受けたパパが百年眠っちゃうみたいな……考えるだけで悲しくなってきちゃった、ママは知らんが、パパにはいつまでも側で見守ってて欲しい。

 とにかく、こうも小規模なゆらぎが大発生したということは、厄災レベルの空間の裂け目を、誰か(オドガムと牧野さん?)が用意した、またはしている途中だということを表している。

 となると、その目的は。


「鯨を地上に堕ろすこと?」


 四日前、論部先生の家で推測したことには、ショッピングセンター上空一万メートルから鯨が忽然と姿を消したのは、センターを半壊させた高出力な光線で以って長大なゆらぎを作り、鯨を異界に頂戴した者がいるから。

 何に使うのか甚だ謎だったが……鯨が鴻鵠公園に降り立てば、その巨体でこの街どころか、所在する県の半分が覆われる。物理的な被害は出ないと思うけれど、鯨を構成する稠密な魔力を直に浴びれば、一般人は死にかねない。

 血の流れない大虐殺。

 ギリッと歯噛む。オドガムならやりかねない。あいつは理屈抜きの人殺しも楽しむ外道だ。もしかすると、一年と少し前に私に殺された、殺されそうになったことへの、意趣返しも兼ねているのかもしれない。

 あの時殺し損ねていたことが、心底悔やまれる。

 鴻鵠公園まであと三百メートル、神速を出せば一瞬の距離だ、しかし衝撃波による周りへの被害が、でも一刻を争う事態で。

 懊悩して、しかし答えは出ずに、されどとにかく前進しようと一歩踏み出し。

 刹那のこと。


 境界が、崩壊した。


 「定常空間」などすべて無に帰す、圧倒的な軋み、不調和が、公園付近の尽くを劈く。家々は、縦に割れ、横に割れ、無残にも断面を晒し、ダイナミックにささくれる。

 何が物理的な被害は出ないだバカか。

 自分を過信するんじゃない。


「ぬおおおおですわああ」


 叫び声を上げつつも、危なげなくゆらぎを回避する橘さんを見て、一応自分を取り戻しつつ、黄金色の空の下に威風堂々と出現した空間の裂け目を、親の仇の如く睨みつけた。

 ここから鯨が這い出してくれば、まさしく親の仇となるのだ。

 絶対に防がねばならない。喩え鯨を、完膚なきまでに消し飛ばそうとも。


「裂空ごと、打ち壊す」


 残りのほぼ全魔力を込めて、右掌に一本の槍を生み出す。かつて茜より、北欧神話の神槍グングニルの話を聞いた時に思いついた技。

 物にするには、とてつもない努力が必要だった。

 理屈も過程も関係なく、的に当てる。

 投擲具の真骨頂にして最高峰。


錯薇(さくら)


 投げた途端に手元よりたち消え、まったくの同時点。

 すでに槍は、天まで伸びる裂け目という概念そのものを貫き、破壊している。

 ボロボロボロボロと、蝕まれるようにいなくなる、放っておけば鯨の招来をもたらした、超危険な異界への通路。


「やった」

「良かったですね!」


 つい言葉を漏らせば、腕の中のヒダカが笑いかけてくれた。肩に乗っかっていた、普通の中学生が背負うには大き過ぎる責任を、ようやく下ろすことが出来たという気持ち。

 ヘナヘナと座り込みたくなるのを抑えて、ボロボロになってしまった周囲の家屋群を見る。痛ましい被害は出してしまったけれど、どうにか平和は、守れたように思う。

 私の役目はここまでだろう。

 事後処理は、落君たち公安の特殊部隊に任せるとするか。


「そういえば、公園近くで張り込んでいたはずの彼女ら、無事なのか?」


 心配になってきた。これだけの魔力災害だ、壊滅的な打撃を受けていたとしても不思議ではない。今現在でも、助けを必要としているやも。

 残余魔力は心許ないけれど、重症一人分なら診れる。

 スッと地面に降臨して、橘さんと二手に別れる。「おーい落君と愉快な仲間たち、いるー?」と呼びかけながら、一先ず鴻鵠公園の中に入ってみることにした。植えられていた木、華やかだった花壇、子どもが楽しそうに使っていることもある遊具は、皆ギッタンギッタンのしっちゃかめっちゃか。

 稀希希に舞波唄と囲みながら話し合った、ベンチも例に漏れない……いや、一つ無事に残っている。

 しかも、少女が座っている。

 この異常事態に、いったい誰だ?


「あの人、公安?」

「えっと、どうでしょう。この体勢ではよく分からなくって」

「立つ?」

「いえ、まだダルいので、そのままにしてください。クズに抱えられ続けるのは、クズが写りそうで嫌な気持ちもありますが……」

「クズクズ言うなヒダカス。じゃあ近づいて、コンタクト取ってみるね」


 トッ。

 トッ。

 トッ。

 トッ。


 一歩ずつ、ベンチの女性に近づいていく。完全に無関係だけれど、同じベンチに座りつつボーッと空を眺めていた、五日前の稀希希を想起して。

 苛立ちに焦燥が収まり、穏やかになった心持ちで、どこかフワリとした雰囲気に包まれる、優しそうな少女に話しかける。


「あ、あの」


 ゆったりと、俯く顔を上げた彼女は、くたりと首を傾げつつ。

 その後ヒダカへと視線を向けて、にっこりと。


 恐らくまだ(・・・・・)一つ目だった(・・・・・・)命令を、遂行した。



」ヤ、ク、ソ、ク「

「あ、はい。承りました」



 ザクッと、胸に鈍い痛みが走る。

 じわじわと滲み出る赤い血液が、魔法少女の衣装に不格好な円を描く。

 円の真ん中には、真っ黒な刀身が印象的な、小さなナイフが差し込まれていた。

 一本、心臓に刺さっていた。


「………………は?」

「あはは、アヴァさん」


 腕の中で、最小の振りかぶりを終え、ムカつくほど綺麗な残心を披露するヒダカの表情は、顔を下に傾ければ、非常に近く、良く見えた。

 見なきゃ良かった。

 彼女の唇は、醜悪な三日月を描き。

 とてつもない興奮状態にあるのか、怖いくらいに開かれる瞳孔。

 思考が空白状態の私に、心臓に刺してくれたナイフに加え、彼女はどうしようもない現実を突き立てる。

 たった一つの真実で、私を殺しにかかってくる。


「友達ごっこは、おしまいです」


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