表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▷||の魔法少女  作者: オッコー勝森
第一部
54/151

「元魔法少女の憶測」


 牧野裕子の、地味な黒縁メガネの向こう側まで、もっと見ておくべきだった。

 韜晦(とうかい)されて仕方がなかったなどとは、口が裂けても言えない。後悔してもし足りない。今でもなお、事件の全体像を把握出来たわけではない……鯨を消失させた動機、彼女がそれにどう関わっているかなどは、まったくもって不明瞭だ。

 しかし、さなちゃんと牧野さんを結びつけられていたら、そこから牧野さんをオドガム(・・・・)と紐付けられていたのだとしたら。少なくとも、ショッピングセンターの事件に、確固たるなんらかの企みが存在することを見出すことが出来た。

 「カイワタリ」麾下の四天王が一人、オドガムが絡んでいるかも、とかいう極めて抽象度の高いあやふやなレベルではなく、もっともっと、踏み込めた。

 計画性を嗅ぎ付けられていれば、落君組と連携して、鯨消失を予測し食い止められたかもしれないし、牧野宅に十日前にでも乗り込んでいた場合、ともすれば事件の解決をももたらせた確率も、ゼロではないやもしれぬ。

 事実、牧野宅で感知した魔力反応は、まだ新しいものだった。魔法的作業が最後に行われてから、恐らく一週間も経っていない……ちょうど鯨記念日は六日前だ。鯨捕獲のための、最後の調整を行っていたとしても不思議ではない。


 止められた。

 止められたはずだったが、もう遅い。


 過ぎたことより、つい先ほどに地面ごと私たちの体を揺らした、超自然的な揺れについてだ。

 自然を超えていると言ったら、やはり魔法。

 とは限らないのだけれど、しかし此度は明らかに魔法的事象だろう。この私が、魔力的な蠢動を感じたのだから……今すぐ瞬動で以って「震源地」に向かいたいところだが、でも二人の意思も聞かずに置いていくのはなぁ。


 とか考えた時点で、場に真にふさわしい危機感は、まだこの時点では醸成されていなかったに違いないけれど。


「な、なんですのっ、今の揺れは」

「うぷっ、とても気持ちが悪いです……」


 両手で口を抑えつつ、ヘナヘナと崩れ落ちるヒダカ。魔力酔いか。魔法に慣れている私にとって、それほど多量の魔力が放射されたとは思わないが、こいつは公安とはいえ一般人、仕方がない。

 一方の橘さんは、特に酔った様子もなく(腐っても、ではなく太っても魔法少女)、ただキョロキョロして困惑を振りまいている。

 ショッピングセンター付近に三人で転移した時、今とは逆に橘さんだけが酔っていたが、その理由は転移酔いと魔力酔いは大きく異なるものであって、前者は三半規管にダメージが入っているのに対し、後者は軽微な脳震盪を起こすものだから。転移酔いは十分に三半規管を鍛えられていれば防げるが、魔力酔いを起こさないためには、普段から魔法を使い慣れていることが必要になる。


「方角と、あと元魔法少女の勘だけど、多分鴻鵠公園あたりで何かが起こった……境界が、曖昧になった」

「境界がどうこうっていうのは、感覚はあまり掴めてませんが、確か怪人の発生する兆候でしたわよね? リーンが言うには、ひっそりと、いつの間にか『曖昧になってる』というものらしいですけれど……」

「普段はね。だから異常事態。何が起こっているのか、起こるのか、分からない」


 「震源地」と推測される鴻鵠公園の付近は、昨日から落君組が張り込みを始めたところ。解析班の皆さんが、不自然な魔力の集合を観測し、警戒するよう呼び掛けたんだとか。

 さすが解析班。さすがと評価出来るほど、彼らのことを知っているわけではないけれど。

 それにしても、彼らの出動した昨日の今日で、イレギュラーなイベントが起きちまうとは。


「……解析班の若きエースこそ、私の思い人ですよ。けほっけほっ」

「さよか。私はこれから、鴻鵠公園に向かう。あなたたちはどうする?」

「もちろん行きますわ」

「私も、上司の元に連れて行ってください」

「了解。なるはや、ASAPで向かおう。変身」


 短く呟けば、制服が細かな粒子に分解され、あっという間に魔法少女の衣装に再構成される。メタモルフォーゼのメリットは、身体能力の凄まじい向上と、魔術回路の精製、深化。あと、ただでさえ可愛い私が、もっと可愛くなる。

 神化する。


「自分で神って」

「うるさいヒダカス。ほら、橘さんも」

「……いやえっと、ワタクシ、リーンの手を借りねば変身出来なくって」

「甘ったれてんな……それ」


 人差し指の腹を、トンと彼女の額に当てる。そして流し込むのは、自立的に変身する方法。

 唖然としながらおでこに触れる橘さんを見て、失敗したかと思ったけれど、すぐに己を取り戻し、彼女は変身を済ませる。


「よし、成功だね」

「……んな……いつ……ないですの」

「? どったの?」

「いえ別に、ですわ」

「そう? じゃあもう準備は終わったね。行こう。ヒダカは私が抱えるから」


 牧野家家族写真を元の位置に戻し、踵を返して玄関から出ようとすれば、酔いに抵抗してよろよろと立ち上がるヒダカに「あの」と呼び止められる。


「お気遣いは大変嬉しいのですが、その、アヴァさんは大丈夫なので? 先ほど、今の写真を睨めつけてた時、顔色がすごく悪くなってましたが……」

「……」


 黙り込みつつ、ヒダカをサッと、お姫様抱っこで持ち上げる。重力に引かれて垂れ下がる、ロングストレートの綺麗な黒髪。

 漆黒の髪。

 「漆」の名に違わず、美しく鮮やかな光沢が、キザな帯として浮かび上がり、黒色のエッジをさらに際立たせている。最高級のブラックパールでも、この少女の放つ煌めき、輝きを比喩するには、恐らく役不足なのではないかと思う。

 入学の日からしばらく、ヒダカはある髪留めによって、自慢の長髪をまとめていた。髪型は個人の自由だけれど、それでももったいないことこの上なかったし、何より彼女は、自由意志でコンパクトにしていたわけではない。

 長所を隠させた原因は、呪いの髪留め。

 記憶にない誰かに渡された、夜に怪人を生み出す装置。

 玄関を出て、牧野宅の屋根に飛び上がったのち、ヒダカに告げる。


「あの髪留めの元の持ち主は、多分牧野裕子だよ」


◇◇◇


 一度牧野さんへと疑いの目を向け始めれば、むしろなぜ疑わなかったのかと過去の自分を問い質したくなるくらい(というのも、自分のクラスに事件の関係者がいるかもしれないという視点が欠けていた、すなわち見落としがあったからだ、反省を活かせてない)、怪しい点がいくつも出てくる。


 最たる物として、目の隈。記憶を探ると、彼女のそれは、入学の日の段階ではまだついておらず、しかし徐々に濃くなっていった。牧野さんを見かける度に、夜遅くまで勉強頑張ってるのか偉いなぁなどと感心していたが、思慮が足りていなかった。

 よく考えれば、いやよく考えなくとも、どれだけ真面目であったとしても、中学生が隈つくまでは勉強しないだろ普通。

 普通ではない異常者だったとしても、寝不足は勉学の一番の妨げだ(とパパは仰せになっていた)、逆に睡眠はきっちり取りそうなもの。連日ゲームでナイトフィーバーしていた可能性は否めないけれど、真面目そうなあの子に限って、それはあり得ない気がする。

 勘だけど。

 勘所。

 じゃあなぜ、牧野さんのどこか(うつろ)な瞳の下に、お世辞にもお洒落とは表現出来ない、ナチュラルブラックメイクが施されてしまったのか。

 牧野さんの隈の形成は、数学開講などと入った、未知なる中学生カリキュラムとの邂逅のタイミング、つまり過酷な勉学レースから落ちこぼれないために非常に重要な期間に遂行したものではあるが、実のところもう一つ、ある大きなイベントとも重なっている。


 深夜の怪人発生事件。


 私の睡眠時間をもガツガツと減らしてくれやがったあれは、先ほど述べた通り、ヒダカの保持していた呪いの髪留めが原因で起こった……妙なるところとしては、元となる魔法生命体は本来昼行性なため、怪人が夜に出現するなんて滅多にないにもかかわらず、ヒダカはそれを知らずにホイホイ夜巡回してしまうことだ。

 昼も夜も発生すると考えていたから、異常事態と判断出来なかった。

 髪留めが呪われているとは、気付けなかった。

 結果として、いつも怪人と付帯している伴野日高という無実な少女を、私は疑う羽目になったのだが……最後の最後で髪留めの呪いを突き止めたのは良かったけれど、分からずにほったらかしにしていた部分が、まだ残っている。

 どうやって、昼間にしか活動していない魔法生命体を、夜の街に配備したのか。

 確かに、魔法生命体を凶悪化させるらしい「負の感情をもたらす外部営力」集積のための術式のほか、髪留めには彼らの活動を刺激すると思われる術式も施されていたものの、それが効力を発揮するのは、ヒダカの巡回ルートで魔法生命体が休息を取っている場合にのみ限られる。ミウイたちの世界とこの街との境界が揺らぎ、魔法生命体が密かに侵入してきているのは明らかだが、街をウヨウヨと跋扈しているかと言われれば、まったくそんなことはない。

 だとすれば、怪人はもっと頻繁に出現している(尤も、一日に使える負の感情エネルギーには限界があるから、その分一体一体は弱体化するだろうが)。

 現実の奴らの出現頻度は、深夜とショッピングセンターを除いて、平均で一日一回のペース。ここから推測するに、ミウイ曰く魔法生命体の滞留数は、一度に五匹程度らしい。

 ヒダカとて人の子だから、彼女が一夜で歩いて回れる範囲では、喩え毎晩コースを変えていたとしても、エンカウント出来るのは一週間に一匹が限界だろう。なのに、パトロールのあった夜には、怪人は必ず姿を見せた。ということは、ヒダカの辿るルートに魔法生命体(捕獲したか、あるいは召喚したか)を設置する(なにがし)がいるはずなのだ。

 その某が、牧野さんなのではないか。

 牧野宅で検出された魔力反応を根拠として、仮に彼女が魔法を使えるとしたら、ヒダカを尾行しウォーキングコースを予測、先回りして魔法生命体をセットアップすることは可能だ。容易ではないけれど。

 無論、設置しては外しのトライアンドエラーをある程度は繰り返すだろうから、牧野さんにとっては、眠れないし気が気でない夜になったに違いない。

 心労と睡眠不足が重なって、それが隈として噴き出してしまったというのが、あの家族写真を見て、牧野さんとオドガムが繋がっていると考える今、一番納得がいく。ああ、因みにどうしてこの二人を繋げたのかというと、一連の事件の質……ねちっこさがオドガムっぽいということの他に、「さなちゃん」は多分、究極的に人間に近づいた魔法人形だと思うのだが、オドガムは昔、この技術で以って私を散々騙くらかしてくれたという事実がある。あそこまで精巧に、私が魔法人形と察することが出来ないくらいにまで作り込むには、複製元となる人間の、結構な量の血液が必要なはずで、それはまさしく、オドガムと牧野さんが協力関係にあることの証左になると言えるだろう。

 さて、魔法生命体の配備が牧野さんによるとすれば、ヒダカに髪留めを渡したのも、十中八九彼女だ。この街に怪人が顔を出し始めたのは、入学式の約二週間前だそうだが、ヒダカのパトロールもその一週間のちほどには始まっていた。若き公安の規則正しい日課に目をつけた牧野さんは(家が近いことで偶然知ったのか?)、大方入学の日の登校中に、髪留めをプレゼントしたのだろう。

 で、その記憶をすぐに消したと。

 とすると、牧野さんが遅刻したのは、ヒダカが遅刻したからということになる。


 ……辻褄は、合っている。

 あくまで辻褄は。

 及び腰な言い方になっているのは、所々で牧野さんが、あまりに有能過ぎるからだ。言っちゃ悪いけれど、正直牧野裕子という人間は、そこまで要領の良い完璧超人には見えない……。人を見る目がないのだろうか。

 普通の中一の女の子に、求めて欲しいものじゃあないが。

 髪留めプレゼントの記憶を消したと簡単に書いたが、そんな細かな部分デリートを違和感を覚えさせずに行うのは、私でも難しい。特定の人物や物事について、すっぱりキッパリ忘れさせるのなら大丈夫、むしろ得意分野なのだが。

 さすがにそこは、オドガムがやったのか?

 あと、そもそもなぜ魔法少女でもないのに魔法が使えるんだ? オドガムの魔法教育の才能が開花したのか。あいつが誰かに物を教えているところなど、あまり想像出来ないが。


 懸念事項はまだある。

 深夜怪人事件の最終日、落君に呼び出された場所で、容疑者としてのヒダカと最後に対面した時のこと。一際強い怪人が出てきたし、私もそれを望んでいたのだけれど、しかしかの出現は、今の推理の下ではおかしい。

 牧野さんに、私たちの集合場所を知る術はなかったはずだ……落君と繋がっているのなら話は別だが、あの二人の間に関係性の生まれるキッカケは、天文学的に小さい確率でしかなさそうで、考慮に値しないだろう。

 じゃあ偶然か。偶然あの場に、魔法生命体がいたのか。

 あるいはオドガムに嗅ぎ付けられたのか……蓋然性はある。狐の化け物らしく、獲物の探知には長けていた。私がオドガムの関与を疑うトリガーとなった、偽の橘さん接近もある。納得はいくな。

 他にも、極めて重要な問題として、牧野さんはオドガムに、進んで協力しているのか、それとも弱味を握られ嫌々手伝っているのか。

 後者であって欲しいし(もちろんかわいそうではあるが)、後者の可能性が高いけれども、その如何によっては、彼女への今後の対応もまるっきり変わってくるから、注意深く見定めないといけない。


 虚な目の、うつろぐ煤けた隈の下まで、検分せねばならない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ