「元魔法少女は世界を支配出来る」
「……忘れ形見?」
ポツリと、語尾を上げざるを得ない。
はてなマークが、脳内で全力疾走。
思考は失踪。
頭の中にぼんやりとあった想定の斜め上……いや、これは見栄の張り過ぎか。
まったく想像もしていなかった回答に、私はキョトンとしてしまう。
忘れ形見、つまり長く忘れられないための形見の品とは、一般には時計だったり鞄だったりの、小物が多いと思うのだが。たかが小道具でも、その人の生前を想起させる備忘録としては、十分な効果を発揮するだろうに。
ああいうのは、物の大きさではなく、思い出の大きさこそ重要なのだ。
それが、そんな忘れ形見というヤツが、大きさ富士山越えの空飛ぶ鯨とは、あまりにもスケールがデカ過ぎる。どう考えても、大きさで思い出が勝てるわけがない。
物理的大きさに、思い出が食われている。
「うん……なるほど」
現実的感覚とはかけ離れていて、ジョークとしか思えない。
「間違いなく、アメリカンドリームを謳うビッグマウスなんかじゃ、比較にならないほど大きいですね。今話題にしているのは、鼠でなく鯨なのだけれど。どちらも哺乳類ということでそんな冗談言っているのだとしたら、あまりに迂遠過ぎる。久遠と表現してもいいくらい遠縁。旧縁を大事にし過ぎ。どれだけ忘れられたくないのですか」
形見として打ち上げるには、ちょっと威力が半端ない。肩身の狭さに苛まれて、普通は躊躇するだろう。なんたって、後に記念日になるくらいの鯨だぞ?
もし本当なら、ハッピーホリデー感謝企画で、お墓に花束を届けたい。
普段はしない、というか出来ない、茶化すような長台詞に、信じられていないことを感じ取ったのだろう、舞波唄は不服そうな表情でゴリ押ししてくる。
「誓ってマジよ。あれは真面目に、曾祖母の残したものよ! そういう反応されると思ったから、なるべく隠しておきたかったのに!」
エクスクラメーションマークまで使って、強調。そこまでされれば信じたい気持ちも湧いて出ないわけではないが、しかし半信半疑だ。
仕方ないので、魔法を使う。真実かどうかは見抜けなくても、嘘を言っているかどうかの判断はつく魔法ならある。問題点としては、本人が真実と思い込んでしまっている場合は、喩え本当のことではなくとも、嘘とは判断されないことだが。
とりあえずここは、彼女の思い込みを真実と仮定しよう。
「……むっ」
莫大な魔力を消費して(耐えられないほどではないけれど、虚脱感はすごい。あまり使いたくない魔法だ)得られた結果は、なんと「嘘ではない」だった。
嘘みたい。
自己主張の強い曾祖母ちゃんだこと。
「お墓はどこですか? 前方後円墳に改築します」
「騒ぎになりそうなことはしないで」
きっちりと釘を刺された。なら私の、溢れんばかりのフォーエバーサンクスフィーリングの行き場を、いったいどこに定めればいいというのだ。
空に鯨を泳がせるほどスケールのデカい人なら、お墓も仁徳天皇陵くらいビッグにすれば狂喜乱舞するに違いないのに。
「とんだ暴君ね。飛んだのは鯨なのに。暴君と鯨って、イメージがかけ離れていると思わない?」
「マッコウクジラなんかは、結構暴れん坊って聞きますがね。海のギャングたる鯱も、鯨と同じ哺乳類ですよ。皆が皆、シロナガスクジラってわけじゃあありません」
「へぇ。そう考えると、肉食系もいるのね。草食系……オキアミ食系ばかりというわけではないのね。とにかく、曾祖母は大雑把な人ではあったらしいけれど、暴君とは聞いたことないわ」
「暴君でないなら、なんだったんですか?」
髪を弄りつつ、体をグイーと伸ばして、頭を後ろに下げていく。座るベンチに背もたれなどないから、エアリクライニング状態だ。鍛え上げた腹筋があるから、橘さんでは難しいだろうこの体勢の維持には、なんの造作もないのだけれど。
リラックスポーズ。
元よりコミュ障の自覚があるくらいだ。そろそろ会話パートに疲れてきた感は否めない。しかし、年一とはいえ八十年以上巨大な鯨を飛ばせるくらいの力を持った舞波唄の曾祖母、その正体は大変気になるところ。
重要なのは、ここからだ。
「魔法少女」
凛とした声で、彼女は静かに答える。
「あたしの曾祖母は、あたしたちと同じく、魔法少女だった」
「……」
意外とは思わない。むしろ想定内である。「ほぇー」と驚いた顔をしているのは、稀希希ただ一人。尤も、質問したいことは一つ出来たが。
後ろに倒していた上体を、起こした。
「あなたは曾祖母さんのことを伝聞形で語っているから、彼女は生まれた時にはすでに亡くなられていたか、あるいは物心つく前に亡くなられてしまわれたのかと思いますが。どうやって、曾祖母さんが魔法少女だったと知ったのですか? 祖母か母に聞いたのか、まさか今際の際の遺言で?」
「まさか。曾祖母は、五十年も前に死んでるわ。五十歳の手前でね。魔法少女稼業のことは、家族の誰にも知られずに、墓の下まで持って行ったと思うわよ。あたしもつい最近まで知らなかったし」
「つい最近……なるほど。マスコット妖精、エリエリから聞いたんですね」
「そうそう」
舞波唄は、ニコリと笑って頷く。ミンミンと違い、彼らの世界からこちらの世界への渡航記録がある個体ならばの話だが、誰とタッグを組んだのかというレポートを残していたとしても不思議ではなかろう。
唐揚げにされ、食われでもしない限り。
「曾祖母のバディ妖精は、まだ存命みたいよ? 向こうで果物農家を営んでいるらしいわ」
「長寿ですね」
「あれアヴァさん知りませんの? 妖精の寿命は、病気にやられたり殺害されない限り、百五十年ほどあるらしいですわよ」
「へー」
さよか。あまり興味ない。髪の先をクルクルと回す。
ちょっと伸びてきたかもしれない。
床屋に行くの、めんどくさいなぁ。
「バディ妖精曰く、戦闘系センスはからきしだったけれど、魔法の才能は抜群だったんだって。同世代にもう一人魔法少女がいて、その人に前衛を任せてしまって、自分は固定砲台に徹してたらしいわ。二人はいいコンビだったんだとか」
冒険ゲームみたいな役割分担だな。剣士と魔法使いみたいな。八十年前に、ファンタジーのRPGなんてあるはずないが。効率的な陣形を自分たちで考えたか、または当時の軍国主義的教育の知見を生かしたのか。
手を取り合える、肩を並べられる友人がいて、羨ましい。
……っと、今やるべき考察からはズレている。注目すべき点は、「魔法の才能は抜群」というところだろう。ならば、空に年一で鯨を飛ばすことは、恐らく可能なはずだ。
私も準備さえさせてくれれば、日本列島諸地域に必要な魔法陣を刻むことで、月一で巨大ラ◯ュタを飛ばすことくらい多分出来る。
やらんけど。
「出来る」と「やる」は、違うのだ。
「バディ妖精の言を信じるならばですけど、あなたの曾祖母さんなら鯨を飛ばせるかもしれないというのは理解しました。しかし、canとdoの間には、天と地ほどの差が存在します。例えば私は、世界の為政者を全て血祭りに上げ、地球全土を支配することも出来ますが、しようとは思いません。めんどくさいですし」
「発想が物騒ね。為政者が犠牲者なんて笑えない。例示を通り越して黙示録だわ。というか、めんどくさくなかったらするの?」
「アヴァさんならしかねませんわ……」
「しかねない、ごくり」
「しねえよ。死ねよ。屍るぞ貴様らを。ゴホン。話を戻しますと、天地の差を埋めるためには、動機……出来ることをやろうとする、モチベーションの特定が必須です」
まあ、八十二年前当時、舞波唄の曾祖母の他に鯨を飛ばすことが出来る人がいないと仮定していいのであれば、暫定容疑者に祭り上げるくらい構わないとは思うのだけれど。
ただ、私の当初思い描いていた「鯨は生きていて、何か目的を果たすために年に一度の五月十日、日本上空を飛ぶ」説を排除することは出来ない。飛び初めの時期と舞波唄の曾祖母の魔法少女活動時期が一致するのは、ただの偶然という可能性もある。
「動機なら、あるわよ」
「え?」
舞波唄はこともなげにそう言って、自らのスマートフォンを取り出す。「いいなぁ」とボソる稀希希の様子からして、この子はまだスマートフォンを買ってもらえてないのだろうと直感した。
私も持ってない。
いいなぁ。
「画面見て。小さい頃は、よく分からなかったけど」
ピカリと照らし出される写真。少し画質が悪いな。
昔に古い機種の携帯電話で撮ったのか?
そのデータをスマホに、転送したのか?
「曾祖母が魔法少女とエリエリに言われて、これと併せて確信したのよ」
鯨の主は、彼女だってね!
ハキハキ言う舞波唄のスマートフォンには、鉛筆で綴られた一節が、古く黄ばんだ紙の上で浮かんでいた。
−−五月十日だけは、皆に空を偲んで欲しい−−
それはそれはくっきりと。
力強く、書かれていた。