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▷||の魔法少女  作者: オッコー勝森
第一部
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「元魔法少女はスカートの下に体操ズボンを着用するタイプ」

 改稿。


 元魔法少女の、感激よりかは間隙的な、望まぬ新たな魔法少女劇という名の余談の、はじまり、はじまり。


◇◇◇


 時は金なり。

 タイムイズマネー。

 大は小を金る……は違うか。

 とにかく時間は、金と同じか、金よりも大事な物である。パパから教えてもらったのけれど、時間のムダを金銭的ムダに置き換える機会費用という概念は、それを如実に表している。

 だから私のこのムダも、容赦無くマイナス金銭換算されてしまうというわけだ。


 平和ボケしていたに、違いない。

 朝日の高さに、羽毛布団かかるベッドから羽置き、じゃなくて跳ね置き、枕横の憎きアイツ、目覚まし時計を引っ掴む。


「嘘でしょ……」


 四月初旬の、平日のことである。パパは、仕事でもう家を出ていた。ママは文句を垂れつつも今日ばかりは早起きし、入学式前の保護者説明会に赴いているはずだ。

 一人っ子なので他に兄弟姉妹、あるいは義兄弟の類もいなかった。

 普段は憎くても、今日はお前だけが頼りだった。

 しかし、なのに。


「設定するの、忘れてた……」


 時計を持つ手が、自然ワナワナと震える。誰かの罠に嵌められたならどれだけ良かったか、だが自分のポカミスなのだ。

 時刻は八時十五分。集合時間まで残り十五分。今のところは徒歩で通おうと計画している中学校までは、歩いて三十分かかる。

 両親に、五月の後半の誕生日までに、ギア付き自転車を買ってもらう所存であった。

 つまり。このままだと遅刻する。


「入学式で遅刻とかイヤ過ぎる」


 現状認識とともに、焦点が定まらなくなるくらい、焦りが頂点に達した。笑える点ではない。冗談は通じない。悪目立ちは免れない。

 布団を弾き飛ばす。

 ベッドから飛び降りる。

 はしたないけど、跳躍の最中に、青色のパジャマを脱ぎ散らかして。

 着地点で華麗にターンし、クローゼットを乱暴に御開闢(かいびゃく)すれば、御神体ではなくピッカピカの制服がハンガーにかけられていた。パリパリしていて、着にくいことこの上なし。お気にの服で行きたい。

 どうして私服登校ではダメなのだろう。

 制服メンドイ同盟でも作って、校長か理事長に直訴しちゃあダメなのかな。まあ人見知りの私は、最初の同盟を作るところで失敗するんだろうが。

 はは。かなし。

 新しい学園生活にそれはそれは胸を膨らませて、スッスッと袖やスカートに手足を通す。スースーして、太腿あたりの防備がひどく心許ない。

 誘惑にサレンダーして、体操服セットが一つの、体操ズボンにもスレンダーな足を通した。なかなか心地は悪くない。

 さて、襟元のリボン。完成図をカタログで初めて見た時には結びづらそうだと感じたものだが、なんのことはない。スナップボタンでカチッと止めるタイプだ。鏡を見ている余裕はないので、位置は幾分テキトーになってしまった。


 しゃあなし。


 あとは上からブレザーを羽織るだけ。動きにくいが、これで完璧なはず。

 起きてから二分経ち、時刻は八時十七分。集合時刻まであと十三分。不吉な数字だ。寝坊しているだけ、少なくとも幸先は良くない。

 だがそれでも、走ったら間に合うかもしれない。むしろ確実に間に合う。脚力には自信があるから。

 でも想像してみて欲しい。スカートを翻しながら道を爆速で駆け抜け、校門に滑り込みセーフする新入生の姿を。

 通うのはそれなりに厳格な私立女子中、健脚とは相性が悪い。

 ドン引きされること間違いなし。

 中学デビューは失敗に終わる。


「ま、今日は仕方ないよね」


 諦めたように言う。無論、時間内集合を諦めたわけではない。

 部屋の中だが靴を履く。

 ランドセルでない、大きめの手提げ鞄を右肩にかけ。

 ベッドの下から久々に取り出したステッキを握り、目を瞑る。

 自らにかけたあまりキツくはない制限に、目を瞑る。

 「力」の、行使。

 普通に暮らす上では絶対に必要ない、一年半前から私に芽生えた、不思議で不可思議な異能。

 普段はあまり使わないようにしている。便利過ぎて堕落しかねないから。まあ便利なので、ちょくちょく使っているけれど。


 その「力」とは、魔法。


「てんい〜〜!!」


 叫ぶ必要はまったくなく、本当は頭の中で術式を組むだけで何も問題なく発動するのだけれど、でも叫んだ。その方が楽しい、気分が乗る。

 気分的にも叫びたかった。

 目を開けると、こぢんまりとした普通の域を出ない女の子の部屋から、景色は一変していた。

 ホーホケキョと、ウグイスが粋に鳴くのが、柔らかく鼓膜に届いた。ざわざわという木の音、優しげな土の匂い。

 葉っぱの隙間からは、微かに校舎の美しく白い壁が見える。


「あれが私の学校なはず」


 受験の時に一度は来たものの、テストと人混みとで頭がいっぱいだったため、落ち着いて対面するのはこれが初めてとなる。今私の立っているところ……転移地点として指定した場所は、中学棟西(中高一貫なのだ)に広がっている林の真ん中で、転移魔法をみられる心配も薄い。

 予め把握していたポイント。こういう事態を想定した事前調査が功を奏したわけだ。計画は、失敗を前提に立てなければならない。

 失敗してもいいように。


「今から小走りすれば、五分前には教室に……」


 クラウチングスタート、といえば多少大袈裟に捉えられかねないけれど、とにかく走るための体勢に入った。小走りなどと宣いつつも、50メートル走なら好記録間違いなしのスピードで林を駆け抜けようというのだから、過少申告もいいところであるなと思う。

 ヨーイドンで土を蹴り、競走において最も重要な一歩目を繰り出そうとした、その時。

 走り出すより前、脳に鈍痛が走る。


「っ!?」


 糸がほつれるように、足がもつれた。



 ああ畜生。

 後から思えば、寝坊し、遅刻を恐れて、普段は封印しようと心掛けている魔法を使い、ちょうどこの時間に学校隣の林に転移してきたのは、偏に運命だったのかもしれない。

 魔法少女の物語は、終わっていて欲しかったのだけれど。

 余談を語るまでもなく、普通の女の子に戻りたかったの、だけれども。



 「今」の景色と重なって映り込み、流れ込む、「三秒後」の世界。

 とある事情で右目に宿る、未来視の能力。

 任意発動は可能だが、こうして突発的に発動することもままあった。

 こってりラーメンのスープを服にこぼしそうになった時には、いたく重宝するものなのだけれど。


「奇形の動物の、攻撃」


 捉えられ、理解される、三秒後の出来事。前に向かって飛び受け身。

 すると後ろ目に、大きくグロテスクな嘴が、風のように突き抜けていった。羽毛布団としては滅多に見ない、毒々しく独特の紫色の羽毛が辺り一面に散らばる。

 シュルシュルと、嘴が雑に引っ付いた左腕(!?)が体に吸い寄せられていく。端的に言って気持ち悪いが、あれは嘴というよりハサミなのかもしれない。小学生の時密かに好きだった、巨大ヒーローの敵怪獣役に似たようなのがいた。

 赤い目を、ぱちくりキョロキョロさせる怪人。どうやら私の反応に驚いているらしい。なぜ俺を前にして、あの人間の娘はこんなに落ち着いているのだろうと。そこまで考える知能があるかはともかく。

 事実、私は冷静だった。

 化け物との遭遇は、一年と少し前には日常茶飯事、三度の飯より頻繁だったから。

 これでも初期の頃は、いつもの無表情の裏側ですごい慌てていたのだけれど、今となっては無表情の裏側も、渚の朝凪が如く静かだ。

 懐に潜り込み鳩尾に掌打を当てるか。

 後ろに回り、首に蹴撃を与えるか。

 組み伏せ首の骨を折るか。

 どれでも簡単に制圧出来るだろう。魔法を使うまでもない。強者の圧力はまるで感じない。見た目が不気味で、それこそ武器なだけの奴。

 だが一般人には十分過ぎる脅威。ここで処分する必要がある。

 無表情で下す分析。

 邪魔が入らなければ余裕だ。

 邪魔が入らなけれ、ば。


「ひぃあ!? 女の子が襲われているみう〜〜!?」


 だらしのない、高い声が響いた。なんだうるさいなとばかりに、注意を引かれて意識を割けば、人形サイズの声の主が接近してきている。

 クリーム色で、耳が特に大きい、30センチほどのハムスターっぽい体型。に、役に立つのか甚だ疑問の、小さな翼が生えている。それを必死に羽ばたかせて、私に向かって飛び込んできていた。

 瞠目する。

 そのシルエットには、見覚えがありまくりだった。

 一年半前、私の前に現れて、不思議な「力」に目覚めさせた、あいつ。


「ミンミン……?」


 呟いて、すぐ頭をブンブン振るう。あいつは、あの共犯者は、もういない。自分の気力を、実力を、運を、魂を、全てが全てを使い果たし、満足するように消えていったのだから。

 お別れも、もう言ったのだから。

 それによく観察すれば、キリッとかつ殺伐としていたはずの目元はタレッタレだし、声だってこんなに情けなくなかった。どんな危機的状況でも、思わず嫉妬してしまうくらい飄々としていた。無表情だったわけじゃあないが。

 それこそ私がピンチに陥ったところで、パニックになったりしない。


「どうすりゃいいみう、どうすりゃいいみう!」

「グルガァ……」


 一つ唸ったのち、両手がハサミの赤目怪人は、のこのこやってきたハムスター型マスコットを睨み付ける。矛先を私からチェンジさせたのか。

 ギュンッと見た目だけは恐ろしげな右腕を伸ばし、ハサミでマスコットを掴み上げる。


「みう……?」


 キョトンとする、みうみううるさい騒音公害系マスコット。間抜けなことに、傲慢にも、まさか自分が狙われるとは思ってもみなかったという顔。五秒経ち、ようやく自らの置かれている状況を理解したようで、「みうああああ」と叫び、もがきだす。


「たったっ……助けてくれえええみうううう」

「……」


 ええと。どうすればいいのか。

 お前何しにきたのかと、あの小さな体が弾け飛ぶくらいに鋭いツッコミを入れたらいいのか。

 とりあえずファイティングポーズを取ってみれば、捕まえたマスコットを早速人質にする怪人。


「グルガゥ!!」


 動くな、手を上げろ、抵抗の意志を見せた瞬間に人質をぶち殺すっ!

 だろうか。

 別に守ってあげたい特別な存在ではないのだけれど、動いてしまえばあのマスコットは、太いハサミでゴリッと両断、御臨終なされてしまうのかもしれないと考えれば、さすがに可哀想にも見えてくる。

 まあ明日には忘れてしまうが。

 ていうか、早く学校に行かねば遅刻するというに。

 転移してきた甲斐がない。今すぐこの怪人を、他界させなければならない。

 はぁ、と溜息が出る。幸せが逃げていく。

 一瞬で片を付けるか。

 視線を鋭くし、ちょっと突けば一撃で殺せる弱点をサーチしていると。


「早くっ! 早くミウイを助けるみう! そうだ! お前を魔法少女にしてやるみう! 全少年少女の憧れの投影、光栄に思うがいいみうっ」

「えっちょい待っ」

「一方的かつ恣意的な契約をするみう〜〜〜っ!!」


 という、絶対にしてはいけない、法律で禁じられているはずの宣言が、そこら一帯に響き渡り。

 業腹なことに契約成立、マスコットと私の体が、ピカッと光る。

 すると。

 半径五メートルに、誰もがなぜか自然と意識を逸らされる、白昼夢的空間が生まれ。

 魔法的粒子になって、サッと消失する制服。

 代わりに粒子は、ヒラッヒラの派手な衣装として組み直され、意味不明でコンセプトの謎なダンスを踊らされつつ身に纏われる。

 どういうわけか絶対にパンツの見えない、堂々とした絶対領域。

 見せるほどまだ成長しているわけでもないのに、大きく開いた胸元。

 それを強調するかのポーズで、片目ウインク、きらりんピース。

 最後以外人々の目には触れない(マスコットは見ている)のは分かっているのだけれど、それでも死にたくなるくらい、観衆も監修者も殺したくなるくらい恥ずかしい、一連の動作。

 カアッと顔が赤くなる。(うずくま)りたい。生まれ変わって貝になりたい。


「かわいい! かわいいみうよっ! 自信を持っていいみう! さあ生まれ変わったその力を振るって、このミウイ様を助けるがいいみうグボぁあああぁ!? マジで今ゴリッて」


 汚い悲鳴だ。

 変身により、ガンガン活性化されていく「力」は、もはや慣れ親しんだ感覚なのだけれど、しかし、初めてだったら説明なしで、この溢れ出るパワーを制御出来るはずがないのだ。

 良かったな私で。


「早く助け……え? 速っ」


 格好が変わるや否や、化け物との距離を詰めた。耳に届くは、マスコットの驚愕の呻き。

 拳をギュッと、握り込む。その周りでいとも簡単に歪む空間。

 目標は化け物と。


 もちろんマスコットもだ。


「ミンミンはね…………」

「ちょっ、ミウイも巻き込むつもりみううううっ!??」

「省略させてくれたのよおおおっ!!」


 恥ずかしいだけで何も生産性のない、魔法少女の醍醐味どころか粗大ゴミな、あの変身過程をね。

 万感の思いを込めて腕を振り上げれば、怪人の顎にアッパーが決まる。

 炸裂する。


「グギャアアッッ!??」

「みうおああああ〜〜……」


 久々に拳に広がる、敵の骨と筋肉が砕け散る感覚。醜く林に轟くは、断末魔の二重奏。

 怪人とマスコットは二人仲良く、お空でキランと星になる。


「ふっ……そうだ。早く教室に」


 日頃の鬱憤もまとめて吹き飛ばせたのか、どこかスッキリした私は、魔力操作で衣装を制服に戻し、林を爆速で駆け抜ける。

 結果、集合の一分前までには、なんとか席に着くことに成功した。


「なんでアニメの魔法少女は変身シーンで恥ずかしくなさそうなんだろ」

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