「||」
作者は「唐突に、中学生くらいの女の子のわちゃわちゃを書きたくなった」などと供述しており……。
昔から、「面持ち」なるものの原理が理解出来ない。
だからこんな時、困るのだ。
どういう顔をすればいいんだろう。
彼らに対して、どんな表情を向ければいいんだろう?
目尻を歪めればいいの?
口元を歪めればいいの?
それとも眉を、歪めればいいの?
よく分からなくて、とりあえずステッキをギュッと握った。
黒煙を上げながら消えゆく、豪華だけど趣味の悪い装飾品が、どこか羨ましい。
『幸せを、愛せたんでしょう?』
ゆらゆらと蜃気楼のように揺蕩う彼女は、私ににっこり微笑みかける。
『出会いがあれば、別れもあるの。それもまた幸せよ。だから今この時を、愛して欲しいな』
『いいこと言うね』
周囲の雑多な物と同様、私の友達二人が薄くなっていく。空に消え去っていく。
だけど汚らしい黒煙とは、決して交わらない。
混ざるわけがない。
そんな白く神々しい残滓として、舞い上がる。
「……ごめんね、ごめんね……」
『そんな、謝らなくても』
「でもっでも! 茜にはあの時何も言えなくて……ミンミンも………今を逃したら……絶対もう言えないから……」
『……』
泣いて、瞳を涙でタプタプにしていた。感情を抑えきれそうにない。
どこまでも嘆き悲しみたい気持ちは今にも溢れかえりそうで、行き場をなくせば永遠に暴れ続けるに違いない。
「後から『この瞬間』を好きになれるように……ちゃんと言わせてよ」
黒煙はモウモウと、上がり続ける。我々だけを避けて。
私の魔力を恐れているのだろう。
この場所は、ついさっき倒した最大の敵の牙城だったから。
「茜、守ってあげられなくてごめんね……守ってあげられなかったのに……助けに来てくれて本当にありがとね……」
茜の魂は、何も言わずに優しく私を見守っている。いつもこうやって冷静で、彼女が魔法少女をやった方がいいかもなんて、半年前には思っていた。
時には劣等感を覚えたりもしたものだ。子供っぽくて嫌になる。
でも見間違えだろうか。私が泣いているからなのかな。
彼女の瞳が、涙で潤んでいるように見えた。
色んな心で、泣いてくれたらいい。
幸せがそこに少しでも含まれていたならば、もっといい。
それがさいごに相応しい。
鼻水をすする。
「ズビッ……ミンミン」
『僕は最高の選択をしただけなんだけどな。やっといける。やっと会えるんだぜ』
マスコットみたいな見た目のくせに、ニヒルに笑う妖精。妙に似合っていて腹立たしい。
最初に会った時には、違和感を覚えたものだけれど。
彼とは涙のお別れというのも、少し違う気がした。袖で顔を拭い擦り、必死になって、いつもの無表情顔を取り繕う。
「命懸けの決意を理解してあげられなくて、ごめんね」
『この復讐は、僕だけのものだから。そういうものさ』
「……そうだったね。そういうものだった」
契約の時に交わした文言は、昨日のことのように覚えている。
僕だけが、復讐者。
私はその、共犯者ね。
「『私の』復讐も、生まれてたけどね」
『……境界が曖昧でなくなってきている。そろそろ、僕らはお別れだ』
気づけばもう、二人の体は半分くらいになっている。奴の城はそれ以上に消えていたけれど。
殺風景な地下世界が、剥き出しになりかかっている。
どうしよう。
ごめんねのみで別れるのなんて、湿っぽ過ぎる。
だからといって、どんな言葉を送ればいいのか。
また行き着く疑問。
彼らに対して、どんな表情を向ければいいんだろう?
目尻を歪めればいいの?
口元を歪めればいいの?
それとも眉を、歪めればいいの?
『簡単だよ』
茜が私に一歩近づいた。足はもう見当たらないので、一「歩」という表現はおかしいかもしれない。
近づいたというのも、また錯覚なのかもしれない。
「抱きしめたい」という感情の生んだ。
『全部、すればいいんだよ』
「ぜん、ぶ」
目尻を歪めてみる。
口元を歪めてみる。
眉を歪めてみる。
これでいいのかという葛藤とともに。
『ほら、笑顔になった。ぎこちないけど』
『はは。最後に見れて良かったよ』
笑顔。笑顔でいいのか。
彼らの希望は笑顔で良かったのか。
フッと心が軽くなって、同時に言いたいことも、自然と定まる。
畏まらなくていい。飾らなくていい。
素直じゃない自分らしくなくたっていい。
本心を、ありのままに伝えればいいのだ。
「今までありがとう。とっても楽しかった! すっごく、大好きだったよ!!」
本当の笑顔に、なれた気がした。
二人は少しだけ驚いたような表情をした後、満面の笑みをこちらに向けて。
『じゃあね』
『いつかまた、どこかで』
「うん。じゃあ。二人とも」
そのまま地下世界の暗闇に、白銀の輝きを瞬かせて消えた。
幻想的で儚くて、まるで命の灯火のよう。
否。まさしく命の灯火だったのだろう。
それを黙って見送り、数秒物思いに耽る。
耽ってから、「転移」でその場を後にする。
目を開けると、ごちゃごちゃした自分の部屋。
深夜だからか、外は真っ暗だ。
電気を点ける。白い蛍光灯の光が、妙に新鮮に感じられる。
本棚には、忙しくなってから全く目を通せていない、お気に入りの漫画がたくさん置かれていた。
机の上には、流し読みしていた中学受験用の参考書が乗っかっている。その前の回転椅子に、キコーと音を鳴らして座り込み、机に突っ伏す。
「うぅ」
声が漏れ出た。
下で眠るパパやママは気にならない。
隣の家なんて、もっと気にしてやるものか。
かなり大きな音だったと思う。
「ううぅ……うっ……うぅ………」
一晩中、そうやって私は咽び泣き続けた。
朝日が昇り、パパとママが背中をさすりにくるまで、ずっとずっと、泣き続けた。