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この異世界転生には冒険が足りない。  作者: べんとらーわーるど
1/1

雑談

 異世界。


 もうそれはそれは、なんの説明もいらないくらいの異世界。


 漫画とかアニメとか ゲームとかに出てくる。あの、国民的RPGみたいな。


 ものすっごいファンタジーな。もう誰からもなんの説明もいらないくらい、ものっそいファンタジーな。


 THE異世界みたいな。


 そういう、昨今のライトノベルでよく主人公が転生しているような世界、つまり異世界で、何度も言うが異世界で、異世界で!


 ……俺は普通に働いていた。


 夕方、日が沈みそうでなかなか沈まない時間帯。


 業務を終えた俺は、会社からほど近い勇者の銅像がある公園のベンチに、学校の授業がだるい時のようにダラっと腰掛けていた。


「あぁー疲れたー」


 同じベンチの俺の右隣に座る一人の女、同僚で俺と同い年の十八歳で、仕事のパートナーの「チタ・モロコシ」は、セミロングの銀髪の毛先をいじりながら疲れたとボヤいた。


 業務を終えたとは言ったが退勤したわけではない。


 自分の仕事をやり終えたが、定時退社時間までまだ時間があって、その時間を潰すために俺はこのベンチに座ってチタと話している。要は暇つぶしである。


「あぁーー疲れたーー」


 また同じことを言ったチタに、俺は適当に言葉を返す。


「疲れたな」


 するとチタは言った。


「あーもう、勇者になりたい」


「え?」


「私、勇者になるわ」


「…………ああ、そう」


「ユキナリ、ちょっと反応薄くない?」


 ユキナリとは俺の名前である。


「うん、まぁ薄くもなるだろ」


「えぇ?」


「いや、無理だからな?お前。普通に考えてお前や俺みたいな凡人が勇者になんてなれるわけがないだろ」


「はぁ?なれるしっ」


「『はぁ?なれるしっ』じゃねぇわ、無理だよ」


「いーや、なれますぅ〜!」


「いや、だから」


「なれるんデスゥ〜〜!」


「いや、そ、」


「なれるんだよなぁ〜〜!」


「『だよなぁ〜』って何だ。大体お前魔力ないだろ」


「フッフッフ」


「え、あんの?」


「無いんだよなぁ〜〜」


「無いんかい」


「まぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁッ!!」


「え、急に何?、怖っ」


「まぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁッ!!」


「すげえ『まぁまぁ』言うな」


「…………」


「え、何で急に黙っ」


「まーーぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁ!!」


「いや、うるせぇなぁお前!!、どうした⁉︎」


「まぁまぁユキナリさん!ちょっと聞いてくださいよぉ!」


「何で急に敬語なんだこいつ」


「私って美少女じゃないですかぁ」


「自分で言う?」


 まぁ確かにチタは超がつくほどの美少女ではある。整った顔立ち。パッチリと開いた大きな目。高い鼻にきめ細やかな白い肌。まぁでも自分で言うのは絶対におかしい。


「しかもスタイル抜群じゃないですかぁ」


「自分で言う?」


 まぁ確かにチタは超がつくほどスタイルはいい。ちょうど良い肉つきで、出るところは程よく出て、ウエストはキュッと引き締まっている。一ヶ月ほど前、初めてこいつの水着姿を見たとき俺は「これは勃ってまうデェ」と思わず口に出してしまい、チタにドン引きされたほどである。まぁでも自分で言うのは絶対におかしい。


 チタは妄言を吐き続ける。


「だからぁぁ」


「うん」


「私はぁ」


「おん」


「勇者にぃ」


「ほん」


「なれると思うねん!」


「…………うん、無理ですねぇ」


「はぁ?」


「いや、しばらく聞いてみたけどまぁ無理だろ」


「何でじゃあ!」


「魔力がないからだよ」


「魔力ってそんなに大事なの?」


「いやまぁ普通に生きる上ではそんなに必要ないけど、」


「ほら!いらんやん!」


「話を最後まで聞けや」


「えぇ?」


「いや、だから、普通の生活には必要ないけど、」


「いらんやん!」


「聞けや!」


「えぇ?」


「……………………………………カス」


「あぁぁ、すいません、あの、はい、すいません」


「ちゃんと聞けよ」


「はいっ。すんません」


「日常生活では使わないけど、魔力は、あの、勇者とか聖騎士とかになって魔物とかと戦闘するには必須だろ」


「え、でも、魔力なんかなくても戦闘くらいできる気がするじゃん」


「いやお前あれだよ?魔力なかったら魔法使えないからな?お前魔法使えない奴が魔物とかに出会ったときどうすんの?」


「……拳で!」


「やめとけよお前!?」


「いやだってほら、あのあれ、あの、あいつ、あの、なん、かくと、格闘家とかさ、聖騎士のジョブであるじゃん。あいつら素手だから私も素手でいけるよ」


「あぁもう、バカだなこいつ」


「あ?」


「格闘家とか武闘家とかああいう人達も魔力使ってるからな?」


「いや、どう見ても素手じゃん、あいつら」


「『あいつら』とか言うな。あの人達は魔力の薄い膜みたいなやつを体にまとってんだよ」


「え、そんなんできんの?」


「そうする事によって、パンチとかの威力が爆発的に跳ね上がってるんだよ」


「え、は、ちょ、は?、意味が分かんない」


「なんで分かんねぇんだよ。だから例えばさ、あの、格闘家とかって、なんかこう、鉄を、鉄をパンチ一発で突き破ったりするじゃん。ああいうのはもう魔力の力なんだよ」


「え、筋力じゃないの?」


「筋力じゃないね。もう完全に魔力」


「は?死ねよお前」


「なんで俺が死ななきゃいけねぇんだよ」


「え、そんなんズルいじゃん」


「いや別にズルくはないだろ」


「ズルガシコさんじゃん」


「ズルガシコさんってなんだ。いや難しいらしいよ、魔力をまとうのって。結構、練習とかしなきゃできないみたいだし」


「え、でもさでもさ、ガチ筋肉で鉄とか突き破る人だっているじゃん。魔力使わずに」


「あぁまあ、いるな。めちゃくちゃ筋肉を鍛えてるだけの人も確かにいるな」


「私もそういう感じになる!」


「片腹痛えわ」


「意外とあの、鉄って、ちょっと鍛えたら普通のパンチで突き破れたりするかもしんないからね」


「鉄の硬度をナメ過ぎだろ」


「私も既にできるかもしれない。……素手だけに!」


「…………はぁ?」


「いやあの、『既』と『素手』が掛かってるっていうやつ」


「…………………………はぁ?」


「あぁぁ、すいません」


「全然面白くねぇわ。お前よくそんな事ドヤ顔で言えたな」


「いや、あの、はい、すいません。まぁでも私でも鉄をパンチで突き破ったりできるかもしれないとは思ってるよ。割りかし本気で」


「いや無理だろ」


「その心は?」


「謎かけみたいに言うな。いやあの、お前この前さ、なんかパイナップルを素手で割ろうとしてたじゃん」


「うん、したね」


「でさ、パイナップルを素手で思いっきり殴ってさ、パイナップルの皮の表面の棘が手に刺さって血が出てたじゃん。結局パイナップル割れなかったし」


「だってパイナップルすごい硬いんだもん。無理だよあんなの」


「じゃあなんで鉄は割れると思うんだよ」


「鉄って意外と柔いのかなって」


「柔いわけねぇだろ。パイナップルよりも圧倒的に硬いわ」


「そんなの知らないじゃん」


「バカなのかな?」


「えぇ、じゃあもういいよ。諦めるよ素手は」


「うんまぁ、それがいいわな。今から勇者は無理だもんな」


「剣!」


「え?」


「剣でいきます!私は!」


「……」


「ユキナリ!私!剣でいきます!」


「……ああ、はい」


「反応薄いなぁ!若えの!」


「『若えの』とか言うな!」


「私チタは、ソードマスター系勇者になります!」


「魔力がないから、無理ですね」


「テンション下がること言ってんじゃねぇよぉ!剣に魔力とか関係ないですけどぉ?ユキナリさん、あなたバカなんですかぁ?それとも、とぉーってもバカなんですかぁぁ?」


「ウザいなこいつ。いや、剣にも魔力は関係してるから」


「は?」


「剣士とかソードマスターとかああいうジョブの人も魔力を使ってるから」


「いらないです、そんなの」


「ていうか剣に限らず、大抵のジョブの人は武器に魔力を込めて威力を爆発的に上げてんだよ」


「はぁ?もういいよ何なのそれ、セコすぎるじゃん」


「別にセコくはないだろ」


「セコ戦士じゃん」


「セコ戦士って何?」


「ええもうなんなの?魔力がないと聖騎士とか勇者にはなれないの?」


「さっきからそう言ってるだろ」


「やってられない!大体さ、魔力を持ってるのって貴族だけじゃん」


「ほとんど貴族だけだな。たまに一般人からも魔力を持って生まれる人がいるみたいだけど。あと、魔物とかも魔力持ってるらしいな。まぁ人間だとほぼ貴族だけだな」


「え、じゃあ聖騎士って貴族ばっかりなの?」


「そうらしいな。その中でも一番強い一人が勇者として選ばれるんだとさ」


「貴族どもはなんで魔力を分け与えないのかね」


「なんか権力みたいな物なんじゃねぇの」


「私、貴族嫌いだな」


「分かる、それはすげぇ分かる。俺も貴族嫌いだ」


「貴族ってさ、貴族としか結婚しないじゃん。もうそういう所が嫌なんだよね」


「あぁ、分かりみが深い。だから貴族にしか魔力が受け継がれないんだろうしな」


「貴族の女と貧しい男との禁断の恋とか無いもんね。すぐに貴族同士で結婚するじゃん。しかもノリノリでさ」


「腹立つよな。あとニュースとかでよく貴族の結婚報道とか流れるやつ。クソほどどうでもいいよな」


「ホントそれ。いちいちニュースにしなくてもいいよね。そんな風に特別扱いするからあいつらすぐにつけあがるんだよ」


「貴族ってクズばっかだもんな」


「だよね。私この前さ、貴族の女に『ドブネズミが!』って罵られながら泥かけられたんだよ」


「お前よく何も反撃しなかったな」


「まぁ反撃したら世間的にまずいし、あと、」


「あと?」


「あと、ちょっと哀れに思ったんだよね。嫉妬してんのかなって。私が超絶美人だから」


「だから自分で言うなって」


「そろそろ帰ろっか、ユキナリ」


「そうだな、チタ」


 もうすぐ定時退社時間だ。


 日はすっかり沈んでもう月が出ている。


 俺とチタはベンチから立ち上がり、会社へ向かって歩いた。その間も俺とチタのダラダラとした会話は終わらなかった。


 チタがひらりと笑った。


 風がゆったりと吹いた。


 月がぼんやりと照らした。


 二人でゆっくりと歩いた。


 日本から異世界へ転生して半年が過ぎた。


 昨今のライトノベルの主人公のように、チートが貰えたわけでも無いし、魔力がないので魔法が使えるわけでもないし、「俺TUEEEEEEEEEEE!」って感じで無双できてるわけでもない。


 ただ単に、ちょっと特殊な会社で普通に働いているだけだ。


 「もうこの会社辞めたい」とか、「こんな業務できねぇよ」とか、「仕事の量おかしくね?」とか、不平不満もかなりあるけれど。


 それでも俺がこの異世界生活を楽しいと思えているのは。


 チタをはじめとした、俺の周りの人々のおかげなのだろうと思う。


 人に恵まれるというチート能力なら貰ったのかもしれない。


 嬉しい。


 これは、俺が出会った、異世界で過ごす会社員の、どうでもいいような楽しい日常の物語だ。
























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