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6cm

作者: 韮崎半

君は感覚でそれを美しいと感じ

僕はそれを悟性、実証的に美しいと感じる。


着眼点や発想が違っても

同じ結論に至れるなら

それはそれで良い事なのだと

寧ろそれは素晴らしい事なのだと

僕はずっと思っていた。


※※※   ※※※   ※※※


「昔々、あるところに、虎の威を借りたい狐と

己の威を貸してでも、誰かと繋がりたい虎が居ました。

虎は、狐が自分の威を使い優位に立ちたいことも

それだけの為に自分に近づいた事も知っていました。

それでも虎は、初めて出来た話し相手を嬉しく思いました。

だけども狐は、そんな虎を”ふん、馬鹿なやつも居るもんだなぁ”と

虎の気持ちを知ろうともしませんでした。」


彼女がそこまで言い終えた後

いつものように6秒の間が、そのまま7秒の沈黙へと変わる時

「え?それで終わり?」と、今迄の僕なら、きっと言っていた。


でも、3年。

3年という月日と、その中で習得した「習慣」を経て

彼女のその発言がそれで「おしまい」であること、

彼女がおそらく自分の作っている絵本の内容を僕に話してくれているのだろうとの目星と

僕自身が持ち合わせた「面倒くさい」という惰性を持って

なるべく短く、挑発せずに、だけど理解ある風を装い、

「なるほど」

そう、答える。


彼女は「今日ね、会社で嫌な奴が居てね、この話を思いついたの!新作絵本!」と、ご機嫌に言った。


彼女は、自称絵本作家を目指すフリーターで

まあ、今言った通り

物語を最後迄書ききる事が出来ないため

絵本作家を目指しはじめてから、今日日、本物の絵本作家になることなく

おおよそ8年目のフリーター生活に足を掛けている所だ。


「そうそう、今日はね、メロンがね、すんごく安かったから、いっぱい買って来たの!

あなた、好きでしょう?

というのは半分冗談で・・・ねえ、このレシート観て・・!」


幾ら安くても、幾ら好きでも、メロンはいっぱいもいらないよなあ。と思いながら

僕はテレビに目を向けたまま「それはよかった」と答える。


彼女は僕の方を振り返り、

「ねえ、このメロンなんだけど・・」と、言いかけた時

多分彼女は、メロンの方まで僕が歩いて行って

「おお、これは良い買い物をしたね」と言った方が喜ぶんだろうなあ。と

そんな事も同時に思いつつ

気の抜けたコーラを飲んで咽せ込んだ。


※※※   ※※※   ※※※



僕と彼女が出会ったのは

4年前、学生時代の友人と、飲み会をする事になった時

友人が、彼女とその友達も合わせて飲もう。と言って来た事がきっかけだった。


その日は、待ち合わせ場所に僕と彼女だけが時間通りに到着していて

友人とその彼女はいつになっても現れなかった。

(後に二人とも電車の遅延に巻き込まれた上、

携帯の充電が切れていたのだと謝ってきたけれど、

それが本当かどうかは今となってはどうでも良い話だ)


大体30分くらいが経過した所で

結局、僕と彼女で先に店に行く事にした。


お互い初対面という事、お互い人見知りという事、僕のとんでもない口下手も手伝って

まったく会話も弾まず

そろそろ店を出ようかと、

言い訳探しに携帯電話の画面に触れ

「もう、23時57分なんで、そろそろ…」そう言いかけた時

「2357・・・・その数字、なんか凄く面白い!」と彼女が携帯電話を覗き込んで来た。


僕は最初、何を言ってんだ、この人は。と思ったけれど

まじまじとその数字をあらためて観て、はっとする。


「本当だ、これは面白い!素数で固まってる!

 2、3、5、7って、素数でしょ?更に2357自体も350番目の素数!良く気付いたね!」と

僕は嬉しくなってそういうと

彼女はきょとんとしたまま

「素数?」と、眉間に皺を寄せた。


「ああ、ごめん、僕、数学が好きで・・・

素数っていうのは1と、自分自身の数字でしか割り切れない整数の事をいうんだけどね。

例えば4って言う数字は1、2、4の数字で割り切れるし

8っていう数字は1と2と4と8っていう数字で割り切れるでしょ?

これは素数とは言わない。

でも、2は、1と2でしか割り切れない。3も1と3でしか割り切れない。5と7も同じ。

2357っていう数字も1と2357、それ以外の数字では割り切れないんだよ。

そして、その事を素数って言うんだ。

素数が4つ並んだ上に、4つを1つの数字でみた上でも素数になってるのは、面白いなあと。

それに観て?今日は7月27日・・・727っていうのも素数なんだよ。凄い偶然だと思わない?!」



さっきまで、殆ど喋らなかった僕が、何かの封を切ったかの様に喋り出した事も相まって

彼女は、少し驚き、感心したように

「すごいねえ・・・・」と言った。


「ところで君は、なんでこの数字を格好良いと思ったの?」

一度喋り出した事、少し興奮気味になっていたこともあって

僕は彼女にそう訊いてみた。


彼女は携帯電話の数字を指差して

「んとね、2も3も5も7も、全部の数字にカーブが入ってるでしょ?

3と5はまるいカーブで、その端をしゅっとしたカーブの2と7が挟んでるから

なんかおもしろいなあ。って・・・」


僕も思わずきょとんとして

それに気付いた彼女は恥ずかしそうに

「ごめんなさい、わたし美術系の学校を出てて、その…ものの見方が、少し人と違うみたいで…」

そう言いながら、

目線を僕から思わず指差したまま、引っ込みのつかなくなった指に移した。


その一連の仕草が、妙に可愛くて

うっかり見惚れてしまったまま会話が途切れて5秒たち

急にまわりの喧噪が気になり始め

何かフォローを、何か言わなくちゃ、何か・・・

そう思って、なんとか吐き出したのは

「良かったら、また、二人で会えませんか?」

そんな言葉だった。


※※※   ※※※   ※※※


そんなこんなで、何度かのデートとも呼べないデートをし

殆ど失敗のような会話を重ねながらも

彼女と居るのは愉しかったし

彼女もそうでいてくれていると信じ

彼女への告白を決意していた

23回目のデートの日


たまたま花屋で見つけた、23個の花びらをつけた花を持って待ち合わせ場所に着くと

彼女は真っ先に手元の花を指差し

「それ!ステルンクーゲル!」と、言った。


僕は23個の花がついている以外、特に何も気にしていなかったので

ステルンクーゲルというのが僕が手に持っている花の名前だと気付くのに3秒程掛かったのだけれど

「ああ、これ?君にあげようと思って」そう言って手渡すと

彼女はとても嬉しそうに花をつまみ上げ

「この花、わたしの一番好きな花なの!ステルンクーゲルって、星の球っていう意味なんだけど・・・」

そう彼女が言いかけた時

信じるという不確かな部分が、確信に変わった気がして

「よかったら、僕と付き合いませんか?」と思わず口走った。


大した事のない、だけど僕の精一杯の告白の結果

こうやって、彼女と3年間、恋人として、生活をするに至ったのである。


※※※   ※※※   ※※※  



「ねえ、そこのスプーンとって?」


彼女と並んで料理をしながら僕は葱を刻んでいおり、

僕はまな板を置いたカウンターの上、並んだ瓶の上に置いてあったスプーンを手渡した。


「それじゃなくて、それ」と、彼女はひき肉を捏ねながら、

顎で、カウンターの上、まな板の横に置かれたスプーンを指す。


僕は心の中で

「だったら”それ”っていわずに、まな板の横のスプーンって言えばいいのになあ。」

そう思いながらスプーンを手渡すと

「身長が6cm違うと、見えてるものが違うんだねえ。」と、彼女は感心した様子で言った。


何言ってんだろう。と思いながら

「そうだね」そう言って、彼女に選ばれなかったスプーンを流しに放り込むと

「こうやって、並んで同じ所みてるようでも、全然違うもの観てるから

 思った事や、感じた事は、ちゃあんと言わないとね。」と、彼女が言うので

「じゃあ、まず手始めに。使ったスプーンは瓶の上に置かずに、流しに入れようね。」と言うと

「そうすれば、”そのスプーン取って”って言った時に、

 視界の中にあるスプーンという存在の可能性は1つになるから、そもそも間違える事がなくなる。っていう意味?」と言う。

「まあ、そういうこと。も、あるけど、使ったものは、片付ける。っていう癖を君には身につけて貰いたい。」と言うと

彼女は笑いながら「ごめんなさい」と言った。


「そうそう、6cm身長高いあなたに言いたい事があるのだけれど…、照明のふちに埃が積もっているの。

 さっき、椅子にのぼった時気付いたんだけど・・・あなたは前からそれに気付いてましたよね?」と、

彼女は笑うので

「わかりました、今度からは僕の見えている世界をちゃんと君に伝えます。そのかわり、僕は掃除が嫌いだから、宜しくお願いします。」と、僕も笑って言った。


※※※   ※※※   ※※※  


彼女が大量に買って来たメロンの大半が

案の定冷蔵庫に入りきらず

駄目になりかけていたある日


「もやもやする!!!」と、彼女が大きい声で言う。


彼女は、絵本の制作が行き詰ると、そう言った。

最初はもの凄いスピードで描き出すものの、例に倣ってストーリー自体が完成していない為、

いつも途中で書けなくなる。


何度か、それに関して助言をしてあげられないかと思ったけれど

僕が何かを言うと

彼女は首を横に振るだけ振って、大きな溜め息だけを残して部屋を出て行った。


そんな事が何度か続き

彼女のその「もやもやする!!!」という言葉を

今では聴こえない振りをするべく言葉としていた。


今日も僕はいつもの通り、彼女のその言葉を流していると

彼女は、絵本の墓場(と、僕がこっそり名付けている)に、まだ絵の具も乾いていない画用紙を投げ込んだ。


僕は久し振りの休みで

彼女に気付かれない様に、腐りかけたメロンをゴミ袋に入れようとしている所だった


「そうやって、そのメロンも、駄目になる迄放っておいて

何も言わずに捨てるんでしょ?」


彼女は、絵本の墓場を睨みつけたままそう言った。


「いや、だって君が買って来たものだから、僕が勝手に食べる分けにもいかないし

君は絵本づくりが大変そうだし、代わりに捨てておこうかなって・・・」


「だって、あなた、気付いてないでしょう、何にも、気付いてないでしょう?」


「ごめん、メロンは安かったから買って来てくれたんだよね。僕が果物好きだから。」

僕もなんでこんな八つ当たりみたいなことに謝っているんだろう。と思いながら

溜め息まじりにそう言った。

「それに、君が絵本作りで行き詰まっているのに何の力にもなれなかった事は悪かったよ」

そう言いかけた時、彼女が突然、語り始めた。


「昔々あるところに、女の子と男の子が居ました。

 女の子と男の子は身長が6cm違います。

 ある日、道ばたに咲く花を観て

 二人同時に”変わった花だねえ”と言いました。


 女の子の目の前には、花の茎が伸びていて

 男の子の目の前には、花の顔が綻んでいました。


 女の子は、葉っぱのかたちが観た事もないかたちだったので

 「変わった花だ」と思いましたが

 男の子は、花のかたちが観た事もないかたちだったので

 「変わった花だ」と思いました。


 お互いそれを口にした時


 女の子は「自分の知らない事も知れて、嬉しいなあ」と思いました。

 男の子は「理由はどうあれ、同じものを観て、違う思いを持ったけど、

 同じ様に美しいと思えて良 かったなあ」と思いました。


 女の子と男の子は、それからもずっと仲良しで

 いっぱいの時間を一緒に過ごしました。


 あんまりいっぱい一緒に居たので、

 男の子も女の子も、沢山お話しする事に飽きてしまって

 あんまりお話をしなくなりました。

 あれは綺麗、あれは汚い、あれは大丈夫、あれは駄目。

 そういう、短い言葉だけのやりとりの中

 男の子は、やっぱり女の子とは同じ気持ちでいるんだな。と安心しました。


 けれど、

 女の子は段々男の子の考えている事が解らなくなっていきました。


 女の子は、いっぱい悩んだ後で

 男の子と同じ高さで毎日を観てみたいと思いました。

 女の子は、こつこつ貯めたお小遣いで、6cmのヒールの靴を買いました。

 これで、男の子の観ているものが、自分にも解るかもしれない。

 これでもっと、男の子といっぱい、昔の様にお話が出来るかもしれない。


 そう思いながらハイヒールを履いて、男の子の居るお家へ帰ろうとしたとき

 女の子は履き慣れないハイヒールの踵にバランスを崩して転んでしまいました。


 6cmのハイヒールはこつんと折れてしまい、女の子は、いっぱい悲しくなりました。

 わんわんわんわん泣いていると、男の子がやってきて

 大丈夫?と聴きました。


 女の子は、ハイヒールを買った事、それが折れてしまった事

 全部全部言おうとしましたが

 男の子は”けがもしてないし、大丈夫だね。”と笑って言うので

 女の子は、もうそれ以上何も言えなくなってしまいました。


 おしまい。」



彼女が、一息でそれを言い切る様に呆気を取られながら

僕は、せめてもの一言を呟いた


「おしまい?」


彼女は、僕がそう訊くと、悲しそうに微笑んで

「そう、おしまい。」そう、絞る様な声で言った。


そしてそれが

彼女とした最後の会話だった。


※※※   ※※※   ※※※



それから3ヶ月が過ぎ

彼女が言っていた事を考えながら

重い腰を上げて、彼女の絵本の墓場を掃除していた時

絵本の墓場から、1枚のレシートが出て来た。


普段なら、ぱっと捨ててしまうところ

絵本の屍しかない絵本の墓場に

1枚だけ含まれたそのレシートは、何かのダイイングメッセージの様に思え

僕はそのたかがレシートを、上から下迄、3分かけて、しっかりと眺めた。




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高野青果


2015年7月27日

メロン…5コ 2357円

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おそらく僕は

ハイヒールを折ってしまった少女の隣、

少し腰を落として

少女が観ようとしていた少年の世界と、少女の目線の間

6cmの世界が存在する事を

もっとはやくに気付くべきだったのだ。




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