5.聖剣の言い伝え
ギルドマスターは、強い視線のまま言った。
「名は何という」
ビクンと身震いし、「気をつけ」を崩さぬよう、僕は答えた。
「あの鬼は―」
「主の名を訊いている」
「す、すいませんっ!!!えとっ···塑通無です!塑通無春です!!」
身体が先行して脳が追いつきません!!その目は僕を向いているが、クラスメイトのみんなにも、鋭い眼差しが届いているらしい。緊張感が伝わってくる。沈黙の空間。その一瞬一瞬がとても長く感じてしまう。
「そうか。塑通無君。ああ、鬼の名を」
「恐鬼とありました」
「「―!!?」」
冷静だった空気が一転した。静かな空気は、ギルドマスターたちと、その威圧感によって成っていた。今、その空気が崩れたのは他でもない、その人らの気の崩れと同じ。
「恐鬼だと!?何故リクエ森林地帯にそのような鬼が出現するか!!」
「恐鬼の生息地は最も近いところでもガルマ山脈を跨ぐはずだろう」
「きゃつらはそう易々と縄張りを変える種ではない」
聞くからに緊急事態か···?幹部らがざわめき出す。僕らが居た森に"恐鬼"という鬼が居るのは不自然らしい。何かと大変らしいが、僕らが関われることはない。
ギルドマスターが、手を前に出した。空気は再び静まった。
「―失礼。申し出は承った。初回の任務で大変だったろう。こちらから援助はさせてもらう。話は以上だ」
僕らは、深々と礼をした。そして、部屋を後に―
「塑通無君、少し良いか」
僕は、名指しで呼び止められた。·····何かまずいことでもやったのか!?僕は歩みを止めた。目の前で、夏希が心配そうに見つめていた。僕は内心恐怖に侵されながらも、笑顔を見せ、うなずいた。夏希は、表情を自信のあるものに変え、うなずき、ドアを閉めた。
カタカタに回れ右をする僕。
「主らも少し外してくれ」
「承知」
ぞろぞろと幹部が出ていき、あっという間に二人だけになった。どんな仕打ちプレイ!?恐怖で潰れそうだよ···。
「申し遅れた。私は、ここデルハツのギルドマスター。ルイゼだ」
ギルドマスターは、席を離れ、こちらまで歩いてきた。威圧感が増す。オーラというか、とにかくすごいものを感じるのだ。
「君は、このオーラに耐えるか···」
耐え···る?この人は何を言っているんだろう?それよりも、重い···重すぎる···!!威圧にしては·········!!!!―はっ··········。突然、重みが消えた。楽になった。
「ご苦労」
「···はい?」
オーラに耐えるって·····まさかさっきのは、ギルドマスターが意図的にやっていたというのか!?なんて力だ。物理的ではなく、精神的に攻撃する方法も存在しているのか、この世界には。
「ははは···面白い反応をしてくれる。世に出たばかりの若者よ」
わ、笑ったぁぁっ!!?瞳を動かすことだってさっきの一瞬だけだった人が、笑った!!?って、驚いてる場合じゃないよ···!!
「あの、一体···」
「ああ。率直に問おう·····」
ギルドマスターは、一つ瞬きをし、真剣な表情···というか元の表情に戻して言った。
「·····聖剣ラプラスを知っているか」
「···!!?」
ギルドマスターの口から出たのは、僕が、絶対に明かせないものと思っていた剣の名だった。話せばその時間だけ切り取られ、皆無となる。その剣の名を、ギルドマスターは口にした。
「その反応····。伝えに同じか···。ああ。分かった。塑通無君、くれぐれも気をつけてくれ。魂ごと持ってかれないようにな」
「は、はぁ······」
よくわからないまま、僕は部屋を後にした。
―僕らは、どっさりと資金を戴いて、ギルドから出た。夏希が、すぐにそばに寄ってきた。
「ねぇねぇ!大丈夫だった?」
大丈夫···じゃないかな。でも、こればかりは相談できない。
「うん。大丈夫だよ」
「んにしても、こんなに金が入るとはな~」
「しばらく寝床には困らなそうね」
まだ昼前だが目的もなく、ブラブラと歩く道中。
《困ったことがあったら、気兼ねなくご相談くださいね!》
久々に脳に響く機械のようなカタコト声。やっぱり明るくなってる気が···。しかし、誰ももはや覚えていなかった。ガイドさん、完全放置状態。「自分たちでやるのがいいんだ」と軽く流すみんな。僕も···困ったことは················あった。でも、みんなには聞かれたくない。
(ガイドさん、心中だけで話せる?聞かれるとまずいんだ)
頼む。可能であってくれ···!!そもそも脳内直接テレパシーがあるんだ。ゲームならそこら辺大丈夫!···のはず!!!
《集団から個人へ接続を変更。はい、大丈夫です》
ありがとう、ガイド。
(ガイドさん、この世界って昔からの言い伝えとかある?)
早いに越したことはない。早速質問。ギルドマスターは伝えがどうだのって言っていた。もしかしたら、何か分かるかも知れない。
《はいっ!!それではお答えしますっ!》
もう機械じゃないね。ただの元気ハツラツ女の子だね。
《いくつか存在します。その中でも有名で曖昧なものがあります―》
《―聖剣の言い伝えです》
―まだ、人間が現在とほぼ同じ生活を始めて間もない頃。世界の大半を、鬼が占めていた。全生命の中で、驚異的な知識と記憶力を備えた人間は、急激にその存在感を大きくした。力で縄張りを広げる鬼と、頭で組織を大きくする人は、生命の二分した頂点として必然的に対立関係を持った。
人は地に存在するあらゆるものを糧とし、狩猟となれば武器を、睡眠となれば寝床を築き上げ生きてきた。そうして派生し、得た知識をまた活用し、ついに彼らは"魔法"の概念を知った。それからの人の右肩上がりは尋常ではなかった。各地で領地を広げた人間はいずれ欲を抱き、全てを支配したくなった。
鬼はとにかく力が強く、無自覚に持つ魔力とともに様々な生命を滅ぼし、本能のままに暴れた。地形や自然にあるものが所々違うので、鬼は棲む地帯によって異なる習性を持った。身軽で速さに長けた鬼、豊富な魔力で魔法に長けた鬼など、各々が得意に生きた。共通する習性は、縄張りを拡大することだった。
―そんな中、争いを好まない人が一人居た。彼が望むのは共存。全生命の和解だった。しかしそれはこの世界において非常識かつ愚考。気の小さい彼はそんなことを訴えることができなかった。ただ密かに、葉があれば水を分け与え、生き物があれば食料を分け与えた。そう生き続けた。
そして、人と鬼は争いを続け、互いの犠牲だけでなく、他の生命にすら被害を与えた。木々を倒し村を築き、生き物を殺して糧とし支配し、空気は汚染され、水は濁り、地は乾き果てた。
どれだけ強かろうと賢かろうと、生命の終わりはいずれ来る。共存を望む人の、その時だ。彼は、ここまで生きてこれたのは生命が生命を分けてくれたことに他ならないと、地に深々と礼をし、一人で―否、様々な生命に囲まれて、その生涯を終えた。
それからも争いは続いた。状況は悪化していた。それまでは種ごとに協力し、他の種と争っていた。しかしついに、生きるためと、支配のためと、同種で争いを始めた。それは、ただ殺すにとどまらず、食うことすらあった。生命は、減り続けた。増えれば、減らさざるを得ない。それがその時代を生きる生命の思考。
ある時、それは転機。争いの最中に現れた奇跡。居合わせた者は、口を揃えて"頂"と謳った。神秘の光をまとう、現在で例える神。それに抗う術などない。全てを、悟っていた。全てを知る、全ての能。悟られ、彼らは身動きどころか、思考することすら叶わない。それが、全てを意味するのだから。彼らの思考も、その他の知識も、全生命の思考、知識、そして存在が、それだった。"聖剣ラプラス"。何かの強い願いから誕生したそれは、握る者を選ぶ。それが、和解を望む人だった。彼は言い続けた。
"己を知り、他を知れ 訳なき言動なかれ 思え、考えろ"
―それから生命の意識は天地を返した。支配せず弁え、生命を護った。彼らの本質上、争いをなくすことはできない。しかし、意味なき支配と破壊は消えた。生命は増えるが、循環する。そうして、絶滅を防ぐ。それが、現在に伝わる永き言い伝え。そして聖剣ラプラスは、現在なお受け継がれ、世界を維持しているらしい。
後半の聖剣の言い伝え‥‥。意味不明なこと言ってる気がしますが‥‥どうかご理解の程を!!(使い方違う‥