37.快進撃
デルハツ南門付近にて乱戦が繰り広げられる。老半鬼人ファザとクレバをはじめとする冒険者らの戦いである。
クレバとファスタが剣を振るい、ファザは容易に対応する。剣擊の間隙から、リボンズが操る獣の見た目をした精霊の光線がファザを狙う。たまらず跳躍で回避したファザの足元には魔方陣――罠があった。一面が爆ぜる。
「便利な世の中になったよなぁ‥‥‥。設置型の魔法トラップとか、初見じゃ防げんよなぁ。便利で物騒な世の中だ」
ゴウネスは爆発を眺めて呟く。――爆煙は一筋、どこかに流れている。ゴウネスがそれに気づく頃には、背後に、煙を帯びたファザが刀を構えていた。
ファザの刀がゴウネスに触れる刹那に、ゴウネスとファザの紙一重に、魔方陣が輝いた。ファザは目を見開き、ゴウネスは間抜けそうな表情で、互いを見る。爆発で、ファザが後方に押し出された。
「やっぱりただ者じゃないよな。これでもピンピンしてるんだから。ああ、その若さが欲しい」
「‥‥‥これは素晴らしい。今回、何度かあなた方人間と手合わせをしてきたが、この国は一際に強い。‥‥‥良かった。もう対等である努力の必要がなくなった。時期に同胞が集まる。だからその前に鬼として、人間と競わせていただこう」
ファザはそう言って笑んだ。その言葉の意図を理解した者はその場には居なかっただろう。
剣を嗜んできたファザは一対一の戦況で本能を隠し、礼儀を心がけたが、多勢に無勢の現在、もはや剣士として戦う必要はもうない。本能のままに、鬼として人間と戦うことを決意した瞬間だったのだ。
「何言ってるか意味不明だけど、そっちの思い通りにはさせないよ!!」
ティアラは精霊をファザに向かわせる。
「待て、ティアラ‥‥‥!」
クレバが止めるが、ティアラは聞いていない。クレバらがファザの言葉から汲み取ったのは、ただなんとなく、危険であること。ティアラにはそこまで理解が及んでいなかった。
ファザは口を三日月に歪めると、精霊が光線を発するより速く、刀を握っていない左手で精霊をかき裂いてしまった。あまりに速い。ティアラがその事実に気づく以前に、ファザはティアラを刻もうとしていた。
即座にファスタが剣を振り、ティアラの目の前で盛り上がった土を硬化させる。しかしそれも容易く砕かれ、ファスタは己が身を差し出す。
(さすがに未来を担う若い子は死なせられないし‥‥‥仕方がないか)
刹那に思案したファスタは目を瞑った。直後、衝撃が走る。体勢が崩れ、ファスタは倒れた。
刀で肉を刻む音が響く。肉が、削ぎ落とされた。ファスタは痛みを感じないことを不審に思った。目を開けると‥‥‥
「ご、ゴウネス!?」
右腕を失ったゴウネスがそこに居た。ティアラはすぐに離れる。
「リーダーさ、ここぞとばかりカッコつけるの止そうな。頼りある年配が居ないと、未来を担う若い子たちを育てられないだろう?」
そう言って倒れるゴウネスを、再び刻もうとするファザに、一本の矢が刺さった。
「うぅっ‥‥‥?」
エスニックの放った矢であった。ファザは矢を引き抜き、捨てる。青黒い血が散った。ファスタはゴウネスに駆け寄る。
「おい、しっかりしろ!ゴウネス!」
ファザがゴウネスとファスタに斬りかかるが、クレバが刀を合わせて止める。
「感傷に浸ってる場合じゃない!リボンズ、精霊とかなんとかでゴウネスさんをギルドに連れていけ!」
「「り、了解!」」
リボンズのメンバーは精霊を使い、ゴウネスを運んだ。クレバはなんとかファザの刀を弾く。
「こりゃまずい。思った以上に手練れだ。すぐに仕留めるぞファスタさん!」
「あ、ああ‥‥‥!」
ファザは刀を握りしめて思う。
(似ている‥‥‥。かつて私を死の淵へ追いやった、あの人間に)
「ようやく全力でやってくれるんだよな。もう出し惜しみはなしで戦ろうや」
この状況でもクレバは笑っている。
「もとよりその意向。本能に基づき、鬼の使命を全うする」
クレバとファザは互いに刀を構えた。その緊張した空気に、ファスタは冷や汗を垂らす。そして――――――――
「――――クレバ!!ヤバい!助けてぇぇぇ!!!!」
それは、デルハツに迫る鬼を食い止めているはずのマリレーナの、助けを求める叫び声だった。クレバがそちらを向くと、そこには。
「オラオラぁ!人間絶滅記念日だー!!」
「ようやく暴れられるぞー!」
「殺して殺して殺しまくりてぇぇ!」
すっかり破壊された防壁と、デルハツへ攻め入る幾体もの半鬼人の姿があった。マリレーナは崩れかかった防壁の上で三、四体の半鬼人に囲まれていた。
「ちっ‥‥‥。もう着いたか」
ファザは不機嫌そうにそっぽを向く。クレバは苦笑した。
「おいおい、嘘だろ。同胞って‥‥‥ただの鬼じゃなくて半鬼人かよ‥‥‥」
ラプラスが――聖剣が破られた!?あれだけ圧倒的な力があったのに、もうそれを超える敵が出てくるなんて‥‥‥!
半鬼人はまた、無表情になった。何を考えているのか、思っているのか分からない。いずれにせよ、僕では太刀打ちできない。
アキと別れて数分も経っていないんだぞ‥‥‥。今僕が負ければ、アキに任せた"後のこと"まで繋げないじゃないか。――駄目だ駄目だ‥‥‥!弱気になるな!言い訳ならこれまで、耳にタコができるほど言ってきたはずだ。僕がどうとか関係ない。何としてでも時間を稼げ。僕の役目を果たすんだ。
考えろ。聖剣は使ったところで破られる。それに体力も消費するはずだ。他に武器はない。攻撃手段はないのだ。鑑定スキルのいずれかで時間を稼ぐことに集中しよう。だとすれば何が使える?自分のステータスを見る。
[塑通無春:鑑定士Lv.58 atk.0 dfs.0 spd.0 mp.0 Uスキル:森羅万象 Nスキル:高度鑑定、経験増幅、範囲強化、索敵鑑定、過憶耐性、詮索鑑定、先制鑑定、積極鑑定、全知全能]
またいくつかスキルが増えているようだった。どれをどう組み合わせればいいんだ?‥‥‥まずい、焦って頭が回らない!
「ガガガ‥‥‥」
半鬼人が動き出す。急げ急げ急げ!!どうすればいいんだ!?分からない!!誰か――!
《――ユニークスキル"森羅万象"とノーマルスキル"積極鑑定"の併用を推奨します!》
――ガイドさん!?
《はい!いつでもどこでもお助けのガイドです!》
それは、真っ暗闇に差した一筋の光のような声だった。‥‥‥僕はまだ一人じゃなかったんだ。ガイドさんが居ることを、忘れていた。ありがとう、ありがとう!
《あのっ!良い感じのところ悪いんですけど、毎回私のこと忘れないでくれます!?》
‥‥‥ご、ごめんなさい。それで、僕はどうすれば?
《はい。まずは"森羅万象"で相手を混乱させましょう!》
うん、分かった。
僕は半鬼人が動き出す前に、唱えた。
「スキル発動、森羅万象!」
近くの木々からの景色を半鬼人に共有させる。――案の定、半鬼人は辺りを確認し出した。僕にも共有される視界だが、慣れているので動じない。
《それではご説明します!ノーマルスキル"積極鑑定"は、その名の通り攻撃的な鑑定を行うスキルです》
攻撃的な鑑定?
《はい!普通、鑑定とは対象の情報を得るものですが、"積極鑑定"はその逆。自身が設定した情報を対象に植え付けるのです!》
なるほど。確かにこれなら時間を稼ぐことはできそうだ(これを鑑定と呼べるか否かはさておこう‥‥‥)。
半鬼人は混乱しているが、そろそろ僕に焦点を合わせてきた。元々の視界は完全には消せない。半鬼人も慣れてきたのだ。
《私もサポートします!いきましょう!》
「うん!」
半鬼人はふらつきながらも、僕に向かって動き出した。速くはない。僕は半鬼人に植え付ける情報をイメージする。そして――
「スキル発動、積極鑑定!」
僕の目前で、半鬼人は拳を振った。当然、当たっていない。僕が半鬼人に植え付けた情報は、僕の位置。"森羅万象"では消しきれない正常な情報をすり替えたのだ。
《さすがです、塑通無さん!》
この調子で時間を稼ごう!
アキとピテアはハーフエルフの国の中央にそびえ立つ城を目指していた。
「この先を右よ!‥‥‥多分!!」
「ちゃんと案内しなさいよ!」
「人間の分際で私に命令するな!!」
――アキとピテアが、春と別れてすぐのこと。
「さぁ、私の剣があるところへ案内して」
平然としたアキの言葉にピテアは頬を膨らます。
「どうして私が人間に指図されなきゃいけないのよ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!?鬼が攻めてきてるのよ!それもただの鬼じゃない、半鬼人が!」
「だからって私が人間の下につく理由にはならないわ!」
「あなたが大切にしている仲間が、皆殺しにされるかもしれないのよ?」
アキが問うと、ピテアの強気な表情が揺らいだ。彼女の脳裏には、かつて自分を助けた男の姿があった。あの日、自分は何を決意したのか、と己に問う。
「必ず私が鬼を倒す。だからあなたは、あなたの大切なものを守りなさい」
アキはピテアを見つめてそう言った。これは口車などではない。真にそう思っているのだ。そしてまたピテアはその言葉に、少なからず心を動かされた。
「うぅ‥‥‥!!私はあなたに指図されて動くんじゃないからね!!ついてきなさい!」
こうしてピテアは、アキに城までの道のりを案内することにした――。
そして現在に。
「そうそう思い出したわ!こっちよ!」
ピテアは左の手のひらに右の握り拳をポンと乗せると、強気な表情で言った。
「やっぱり忘れてたのね‥‥‥」
「う、うるさい!」
「――随分人間と打ち解けたのね、姉さん」
一体のハーフエルフが、アキとピテアの行く手を阻んだ。アキは見覚えがあった。そしてピテアからは、先ほどまでの強気な表情が消えていた。そのハーフエルフとは、アキを捕らえたハーフエルフであり――
「リテア‥‥‥」
ピテアの双子の妹であった。




