36.最強の鬼
ファザはその距離を保ったまま、刀をクレバに向けて振った。衝撃波が砂埃を巻き上げながらクレバに向かう。クレバは先ほどの一撃で身体をあまり自由に動かせない。ただ、右手に握った刀を衝撃波に向けて構えた。
「触土封剣」
クレバの前に、ファスタが現れた。そして剣をかざし、衝撃波に伴う砂埃を硬直させ、衝撃波の勢いを殺した。
「新手の剣士ですか」
ファザは興味深そうに見ている。
「クレバ、こいつ多分ラスボスでしょう?協力しなきゃ」
ファスタが手を差しのべ、クレバはそれに捕まり立ち上がった。
「ああ、侮ってた。そうか、確かにボスでもおかしくないな。――そうなのか?じいさん」
「我々半鬼人に長という地位はありません。各々、鬼を率いることはできますがね。‥‥なるほど、これも我々が成長できなかった理由の一つか」
ファザは一人で納得していた。それから、クレバのもとには他の冒険者らも集まった。ファスタと同じ上級冒険者パーティーベテラズの弓士であるエスニック、忍者であるゴウネス。中級冒険者パーティーのリボンズの三人。
「おいおい‥‥、マリ姉を一人にしてよかったのか?」
「いやいや‥‥、むしろお邪魔みたいだったよ」
ファスタをはじめとする冒険者らは、各々武器を構えた。ファザは笑むと、躊躇うことなく肉体を膨張させた。
「よーし、お前ら。多分あの爺さん半鬼人が一番強い。つまり俺たちがボスを倒す主役のヒーローって訳だ。気合い入れてくぞー!」
「「――了解!」」
「――人間を二人、か」
「はい、恐らくシジア様が足止めしてくださっている人間どもの間者かと」
ハーフエルフの国の中で、最も大きい城のような建造物の一室にて、二体のハーフエルフが話をしていた。情報を伝えているのは、春とアキを捕らえた内の一体である。
「それにしても、ピテアとリテアが人間を捕まえられるとはな」
「私をピテアと一緒にしないでください。責務は全うします」
「――――くちゅん!」
僕の檻の前で眠っているピテアが可愛らしいくしゃみをした。やはりこんなところで眠るのは危険だ。
「ふあぁ~っ」
欠伸とともに、ピテアは目を覚ました。背伸びを一つすると、ブランケットに気づく。
「すっかり寝ちゃってたわ‥‥って、まさかこの私に何かしたんじゃないでしょうね!?」
急に僕を疑ってきた。僕は少し呆れてしまい、苦笑しながら答えた。
「檻を介して君に手出しできるなら、この独房の造りを見直した方がいいよ」
まぁブランケットをかけるくらいのことはできたんだけどね。
「ふん!所詮人間だものね」
開き直ったピテアに僕は訊ねる。
「僕らはいつまでここに閉じ込められるの?」
「一生よ!!――と言いたいけれど、処遇はシジア様が決定なさるから、お戻りになるまで分からないわね」
この子は口が軽い。本当に独房を任されて大丈夫なのだろうか。――それはともかく、シジア様というのはもしかするとリンさんが対峙しているハーフエルフかもしれない。まだ続いているようだが、無事だろうか。国の外の状況を鑑定できないので分からない。そんなリンさんたちのためにも、僕らは僕らのやるべきことをしなければならない。
「僕らは君たちと交渉がしたい。独房から出せとは言わないから、話をしてくれない?」
「人間のことなんて信用できないわ。まぁでも、命乞いを聞くのは悪くないかもしれないわね!」
‥‥とりあえず、こちらの話は聞いてくれそうだ。できればハーフエルフの長とが良かったが、あまり貪欲に手は出せない。僕は交渉内容を一通りピテアに話した。
「――つまり、私たちハーフエルフと仲直りしたいってことね」
「かわいい言い方をすれば、そうなるかな」
人とハーフエルフの決裂はそんなにかわいいものではないけど、仲直り‥‥。良い表現だな。
「でもおじいさまが人間は憎き存在だって言ってたわ!人間は卑怯で親切心がないって。あなただって今こそ優しそうだけど、騙されないわよ!」
「本当に素直だね‥‥」
「何か言った?」
「ううん。それより――――――――っ!?」
僕はとてつもない殺気を感じた。近くからじゃない。国の隅からだ。それからまもなく、マップの表示範囲が一気に広がった。すなわち――――壁が破られた。
「どうしたのよ、急に動かなくなって」
「この殺気が分からないの!?壁が破られたんだよ!!」
「ふん、そんな子供騙し私に通用しないわよ」
「早くここから逃げないと――――――――」
――激しい衝撃音が僕の言葉を遮った。
「こほっ、こほっ‥‥!一体、何なのよ‥‥!?」
天井から壁が粉々に粉砕されており、外が拝めた。
そこには、まるで流星群のように降る数多の炎弾が一面に広がっていた。
炎弾は瞬く間に着弾し、国を炎の海に変えた。信じられない光景だった。魔法ありきのこの世界だが、まるで雨でも降ってるかのような規模で魔法を使える鬼が存在しているのか。
「あ、あわわわわわっ‥‥‥!?どうして、どうしてこんなことになってるのよ!?」
ピテアは慌てふためく。壊れた独房から、アキが出てきた。
「塑通無君、状況は分かる?」
「うん、半鬼人だ。リンさんと別れる前に見た内の一体。壁も壊された」
アキは辺りを見渡し、ピテアに訊ねる。
「私たちの剣はどこにあるの?」
ピテアはぷいっとそっぽを向いた。
「それならリテアがお城に持っていったわ。私じゃ管理できないって!!何なのよ、あいつ!」
アキは驚く。武器を取り上げるだけなら、この監獄で管理をすればいいはず。しかし。
「なぜそんなに隔離されているの!?」
想定外だった。万が一の時はすぐに取り返すつもりだったが、もう一体のハーフエルフが武器を隔離していた。ピテアほど純粋ではないらしい。なのでアキの言うとおり、戦えない。――――アキは。
「僕が戦るよ」
僕なら戦える。元々武器を使わないジョブだ。剣を装備していなくても戦える。僕には――――
「聖剣がある」
「それじゃあ反動で後がなくなるじゃない!」
「後のことはアキに任せるよ。城に向かって、王と交渉をするんだ。そして剣を握って、鬼を斬って」
アキは反論できなかった。何かもどかしそうにしている。しかし、これがベストだ。この場を聖剣ラプラスで乗り切って、この後をアキと、ハーフエルフたちに任せる。
――僕は主人公とかにはなれないから。鑑定士として、塑通無春として、みんなを援護するのが役目だ。
僕は監獄から出て、鬼が居る方へ向かう。位置は鑑定で特定済みだ。まだ国の隅を動いていない。何かしようとしているのか?
[模倣・焔雨‥‥‥広範囲に及び炎弾を雨のように降らせる。一つの炎弾の殺傷能力が高いため、集中シールド等で単体ならば守ることができる。]
僕の疑問に答えるように、魔法が鑑定される。鬼の攻撃だ。先ほどと同じものだろう。既に国は火の海なので、これ以上の被弾は非常に危険だ。出し惜しみしてる暇はない!
走りながら、僕は唱えた。
「スキル発動!――全知全能‥‥‥!!」
景色から色が、空間から時が奪われる。僕以外の全ては、停止した。そして、ラプラスは僕の前に、鮮やかな青白い輝きとともに現れた。
躊躇うことなくそれを掴み、僕は空に振りかざす。
「鬼の魔法を斬る!」
聖剣の軌跡は光で満ち、降り注ぐ魔法を一度に両断し、溶かすように消した。やがて、光は粒子となって火の海に降りかかり、燃え上がるそれすらも消してしまった。
僕はラプラスを握ったまま、鬼のところへ向かった。まるで大地自らが動いているかのように速やかな移動ができた。白い肌の半鬼人が、無表情で立っていた。――景色が元に戻る。
ハーフエルフらが大混乱で騒ぎ立てる中、その半鬼人はあまりに無関心な態度であった。‥‥‥ひとまず鑑定をしよう。対話がなくとも僕は相手を探ることができるのだ。
「――!」
突然、半鬼人が身を震わせ、僕に向かって突っ込んできた。速い。速すぎて、思考が追いつかない!――――
――――再び空間が停止した。
「あ、危なかった‥‥‥」
半鬼人は僕の目前で目を見開き、凄まじい形相をしている。急にどうしたのだろう?まさか、鑑定に気づいたというのだろうか。
「う、うぅ‥‥‥!」
「えっ?」
沈黙の中で、呻くような声が聞こえた。僕以外は何もできないはずだ。‥‥‥空耳、か。
心なしか、半鬼人の表情が少し険しくなった気がした。
すぐに斬らなければ‥‥‥。
いや、大丈夫だ。この空間なら十分時間はある。慌てるな。
僕の脳裏には、リィーオル王国の合成人間との戦闘がフラッシュバックしていた。僕が斬ったはずの合成人間は、絶えることなく、より醜く蠢いた。
確実に鬼を討伐しなければ、さらなる被害を生む可能性がある。あの時は国王が助けてくださったから良かったが、今回は僕しか居ない。失敗すれば、僕はもう動けないかもしれない。ハーフエルフたちやデルハツのみんなに迷惑をかけてしまう。
落ち着いて、確実に。僕は深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。そして、聖剣を真っ直ぐ構える。
少しもずれないように、半鬼人の核ごと、斬り裂く。
「鬼を、斬――――」
――半鬼人の拳が、僕の腹部を突いていた。有無を言う間もなく、僕は無色の空間に飛んだ。
腹が歪んでいるようで、呼吸ができない。まともに景色を把握できない。ラプラスを握っている手が、緩む。その瞬間に、空間は再び動き出した。聖剣は姿を消した。
数十メートル程飛ばされ、ようやく地に身体が着く。それからさらに数メートル身を引きずり、勢いは止まった。僅かに呼吸ができるようになり、脳に酸素が回り出す。そして一連の出来事を理解した。
――聖剣ラプラスが‥‥‥破られた。




