AS-8.嘲笑の鬼
剣の嵐が治まった。その半鬼人は、静かに剣を腰の鞘に鎮めた。冷静である。その上、一切の隙が見いだせない。カルレインは思う。それは並大抵の努力では身につかない、かなりの年功を積んだはずである。····つまり、その半鬼人は人間でいう老人であった。しかし異なるのは、明らかに衰えの一面が窺えないこと。
老半鬼人は平然とそこに立ち、話し出す。
「ウェス殿。計画では、一定範囲を見張って人間を観察するという話だっただろう。勝手に攻撃を開始されても困る」
それはウェスと呼ばれる、冬里たちが初めに対峙した半鬼人への言葉だった。ウェスは頭の後ろに両腕を回すと、体を左右に捩らせ、言う。
「ああ、名前があったんだっけ、僕ら。まあどうでもいいや。だってさぁ、焦れったいだろう?ここ最近で、人間が想定を遥かに上回る弱虫だってことは分かっている。もう攻めこんだって結果は見えてるさ」
冬里たちはその一時、半鬼人の会話を聞くことに留まった。聞き捨てならない情報がその会話で飛んでいるからだ。それを気にせず、老半鬼人とウェスの口論は続く。
「これだから我ら半鬼人は進歩しない。もっと知を生かそうとしないか。それではただ、お喋りな鬼である。ウェス殿の兄上も、今のそなたと同じ状況で事切れている」
「ああ、イスタ死んだんだ。人間相手に情けないね。俺はそんなに弱くない」
ウェスは強気に言う。しかし、楯突こうとはしない。老半鬼人の方が強いからだろう。楽観的なウェスですらそうするほど、老半鬼人は上等な腕の持ち主。
「新たな情報を得たので、話し合おう。そのためにウェス殿を呼びに来た」
老半鬼人の言葉に仕方なしとため息と共にうなずくウェス。老半鬼人は、冬里らの方を向き、笑みで一礼をした。半鬼人らは、高く飛び上がり、明後日に消え入った。
冬里たちは、自ずと感じていた緊張が一気に溶けていくのが分かった。カルレインの額から頬を伝い、地面に落下する一滴の汗。
「鬼の企みは、我々が思っている程生易しいものではないらしいな····」
それに冬里が「ああ」と相槌をうつ。半鬼人の二体に、全属性をこなす魔法士と、属性守護者の一人が怯えた。それが数十、数百と動けば、果たして人類はどうだろう。そんなことを、カルレインは考えた。
「これは、俺たちもここでただ突っ立ってる訳にはいかない」
冬里の言葉にカルレインはうなずく。冬里は、改まったようにカルレインを正面にして立ち、言った。
「さっきは助かった。俺はフォエンド王国に戻ってこの件を伝える。カルレインにも、どうか尽力を尽くしてほしい」
カルレインは目を瞑り、少し笑んだ。
「もとよりそのつもりだ。半鬼人を止めるぞ」
そう言い切ると、カルレインは踵を返し、歩き出した。そして、冬里もフォエンド王国に向けて歩き出そうとする。そこで、カルレインの声が冬里を止める。
「冬里。かしこまったお前の姿は、なかなか可愛かったぞ」
冬里は聞き終えると、返事もせずに飛行で空へと飛び立った。カルレインは鼻で少し笑う。
「素直じゃない奴だな」
――冬里たちが居るのはフォエンド王国から少し南に離れたところ。一方、フォエンド王国から東に少し離れた森の中。その中枢では、三十体の半鬼人がガヤガヤと話をしていた。そこには二人の人間が、立つこともままならない程に、誰なのか識別できない程に深い傷を負って半鬼人らに囲まれている。
「何か情報は得られたかね」
老半鬼人が、そう言いながらウェスとやってきた。半鬼人らは首を横に振る。老半鬼人はため息をついた。
「ファザ、あんたの方はどうだったんだ?剣なるものを振り回してきたんだろう?」
ファザとは、老半鬼人のことであった。ファザは、以前殺した剣士から剣を奪っており、人間が剣を武器として広く用いられていることを知った。
故に、彼は剣を研究し、今回ウェスを連れ戻すついでに、剣を少し振ってみることにしたのだった。
ファザはうつむき、微笑しながら剣を振った自分の右手を眺める。
「いやはや、私はようやく人間の芯に触れた気がした。大変心地が良い。一刻も早く、剣の達人と一戦交えたい。これが、欲求というものか····」
そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、ウェスは二人の人間の方へ歩み寄る。
「こいつら、どしたの?」
そう言って、ウェスは軽く人間らを蹴った。抵抗する術もなく、人間は転がっていく。ファザが答えた。
「人間の巣窟に小鬼を送りこんだところ、釣れたものである」
つまりこの人間らは、デルシャンとリーファだった。ファザは続けた。
「それでは、他の者たちは先に戻って、引き続き見張りを。私はこの人間たちを管理しておく」
「もうオモチャにもならないからな」「俺も要らねー」などと口々に言い、半鬼人たちはバラバラにそこを後にしていった。
ファザはしゃがみ、人間を見る。するとファザは、人間が何か呟いていることに気づく。
「お‥‥れは‥‥いい。リー、ファ、だけは‥‥、逃がして――くれ」
デルシャンが、掠れたみっともない声で言った。ファザは嘲るように笑う。
「なるほど‥‥。人間たちがこれまで鬼と対等に存在できたのは、"守りたい"という心があったからかも知れない」
ファザは剣を抜いた。
「では、お望みに従おう。いずれ、我々が人間を滅ぼしてしまうのだから、これをせめてもの救いとするがいい」
そう言って、ファザはあっさりデルシャンを斬り殺した。既に大量の出血をしているからか、デルシャンの斬り口からは、そう多くの血は出なかった。
ファザは、薄く笑み、そこを離れた――。
はい、これで第4章は終わりです。めちゃくちゃ少ないですね、すみません。今回は、冬里たちを視点として半鬼人らの行動を描いてみました。次回からは、再び春たちの話に戻ります。――――ハーフエルフがでます(笑)。




