30.変わる軌道
―夜、みんなが家の寝室に戻る頃、僕は屋根の上に腰を据えていた。視界には、雲一つない満天の星空。耳を澄ませば、静かな風と、どこかの酒場の賑やかさが微かに聞こえてくる。そこに居て気持ちが良い。特に理由はないが、何となくでここに来た。
「落ち着けるなぁ····」
ボソッと、僕は呟いた。これは素晴らしい。是非、お気に入りの場所にしておこう。
「気づいちゃった?その心地よさに」
誰かが言った。こんなに静かな空気だったので、突然の声に僕は驚き、すぐに後ろを確認した。そこには、宮田さんが居た。
「宮田さん····。どうしてここに?」
宮田さんは「こっちのセリフだよ」と言いながら僕の隣まで来ると、仰向けに寝転がった。そして、大きく深呼吸をした。
「ここは元々、私の特等席だったんだから」
大きく身体を伸ばしながら、宮田さんは言った。どうやら僕は絶景スポットを横取りしていたらしかった。僕は立ち上がり、言った。
「そうだったんだ、ごめん。じゃあ僕は自分の部屋に―」
「えっ?別にいいよ。私がそんなにケチそうに見えた?ほらほら、座って」
笑顔で隣を指差す宮田さん。それは、とても純粋なものだった。僕はもうしばらくそこに居ることにした。座り、再び空を見た。
しばらく、静かに空を見ていた。そうしてようやく、なぜここが心地いいのかを知った。
「星があるんだね····」
僕は呟いた。宮田さんが、目を丸くしてこちらを見て、言った。
「そりゃ、そうでしょ····?」
宮田さんからすれば、当たり前のことを僕が言っているように聞こえるので、当然の反応だった。しかし僕は構わなかった。それ以上に感動があったからだ。
「あの頃と、あの世界に居た頃と同じ景色が見れるんだ。道理で落ち着ける訳だ。宮田さんはすごい席を独り占めしてたんだね」
僕は笑んだ。宮田さんは少し困惑した表情を見せた。しかしすぐに笑って、「そうかもね」と返した。
「春君はさ、何かと一人で背負いこんでない?」
「えっ?」
「いつも一人で考え込んだ表情してるでしょ?」
「····そうかな」
「そうだよ。みんながワイワイやってる中で、一人だけ。もっと相談しても良いと思うよ?あの、ラプ····ラプレ····とか何とか言うやつだって、みんなに話したんだから」
僕にはそんなつもりはなかったが、みんなにはそう見えていたらしい。僕は、重く考え過ぎているのだろうか。
「気、楽にしなよ。この世界で知り合いは、ウチら三年B組だけ。でも、三年B組が居る。一緒に、乗り越えられるんじゃない?」
「三年B組が、居る······」
少しだけ―いや、確実な自信になった。
みんなも何かと思うことがあるかもしれないが、自分のそれは比にならないと思っていた。得意に使える武器がない。何度か死にかけてようやく、体力と引き換えに聖剣を使えるようになる。その聖剣にはいろいろあって、自分はたくさんの何かを背負っている。自分だけ、自分だけ、自分だけ。
その重くのしかかる重圧が、完全とまではいかないが、とても軽くなった。この世界だって、宇宙のどこかにある。自分も、一人じゃない。みんなが居る。今なら、何でも乗り越えられる気がした。過信かもしれないが、一時的な感情かもしれないが、期待が、満ち溢れてきた。
「さーて、そろそろ部屋に戻ろっか。風に当たりすぎても良くないし」
宮田さんが笑って言った。····宮田さんって、こんな人だったっけ。
「宮田さんって、なんだかんだで良い人だよね」
僕が言うと、宮田さんは少し頬を赤らめた。
「なんでだろうかねー?」
そうしてすぐに、自分の部屋に戻っていった。僕も、部屋に戻って寝よう。
デルハツの上空、ある影が、春を見ていた。
「そろそろかな。たっぷり、異世界ライフを楽しんでよ、僕。あはっ····」
影は、笑っていた。春に満ちる希望の一方で、何かが、動き出していた――。
―おじいさんの指導を受けてから、一週間が経った。術に関してはもちろん、ジョブごとの立ち回り方や集団戦術など、様々なことを学んでいった。僕も僕で、色々頑張ってきたつもりだ。少なくとも剣の使いは、軽い打ち合いなら十二分に対応できるようになった。これに鑑定を組み込めば、かなり強力になるだろう。
そうして、いつも通りに広場で素振りから始めている。
「初心を忘れるんじゃないぞい。慣れを感じず、常に気を配るんじゃ」
ここまで上達できたのは、どれもこれもおじいさんのおかげだ。以前のような、自分たちのみのそれであれば、まともなものではなかったし、慣れから練習が疎かになっていただろう。今思えば、おじいさんとの出会いに感謝してもしきれない。
「こりゃ、上級冒険者も夢じゃねーな!!」
型蔵君が、力強く大剣を振りながら言った。すぐにとはいかないだろうが、確かに、目指せない目標ではないかもしれない。
「―少し自信過剰じゃないかしら?」
―聞き覚えのある声だった。僕らが手を止め、視線を向ける先には、背丈の小ささの割に合わない立派な剣を腰に添え、涼しげにこちらを見る少女。
「····アキ」
僕は呟く。それには応えず、アキはこちらに歩み寄ってきた。
「誰かと思えば、火事の時に塑通無を助けた女か。良いタイミングだ、俺とたたか―」
「悪いけどそんな暇はないわ」
型蔵君の言葉を軽く流し、アキは僕の前まで来た。申し出を簡単に断ったアキに対して激怒する型蔵君を他所に、アキは言った。
「少しはマシなチームができたみたいね」
「うん、おかげさまでね」
僕は笑んで答えた。アキは相変わらずの落ち着いた表情で、素直じゃないところも変わらない。しかし、間違いなく優しい人だった。
「なあ塑通無。その子、アキちゃんって言うのか?」
最上君が興味津々に訊いた。そういえば、アキはみんなには名前を言っていなかった。僕が答える前に、アキはみんなの方を振り返って言った。
「ええ、そうよ。私はアキ。確か、あなたたちとは同い年だったかしら」
「そうか、よし。俺は最上―」
最上君が自己紹介をしようとすると、アキは手のひらをそちらに向けて止めた。
「今日は友達を作りに来た訳じゃないの。急ぎの用だから、そういうことはまた今度に」
「急ぎの用?」
僕が訊くと、アキはこちらに向き直った。
「ええ、あなたにね。ギルドマスターから招集がかかっているわ」
「えっと······僕?」
ギルドマスターからの招集····。それも、わざわざアキが伝えに来たのだ。相当重い話題なのだろう。聖剣のこと····いや、"招集"なら複数人だから、それはないだろう。
「そこのご老公さん。彼を借りていくわ」
「あ、あぁ」
「さあ、塑通無君。行くわよ」
アキはさっさと歩き出した。余程の急用だと察し、僕もアキについていく。
「春!!」
夏希が僕を呼んだ。僕は足を止め、そちらを向く。
「気をつけてね!!」
なぜ、そう言ったのか分からなかった。しかし、
「うん····!」
しっかりと返事をした。
移動の最中。僕はアキに尋ねた。
「招集って、これから何があるの?」
「ハーフエルフ」
「?」
「半鬼人や死鬼種に対抗するために、魔力の高いハーフエルフを味方につけるの。鬼にやられてしまう前に、こちらから出向こうって話。そのための特別部隊編成において、あなたがその一人に選ばれたの」
ハーフエルフといえば、人間とエルフとの間にできた種族として、ファンタジー作品によく用いられる。この世界にも存在していたらしい。それで、なぜ僕が選ばれたのだろう。鑑定スキルなどだろうか。
「"どうして僕が?"とでも心の中で言ってそうね」
あっさり心の中を読まれてしまった。僕は苦笑いしながら頷いた。
「知らなそうだから教えるけど、ハーフエルフは人間を嫌っているわ。····いいえ、恐れていると言った方が良いかしら」
「恐れる····?」
「ええ。その昔、人間がエルフを無理やり犯し、子を孕ませた。それから、エルフと人間は激突し、エルフは絶滅。生き残ったハーフエルフたちが、密かに種族を増やしていったの。バカみたいな話でしょう?そんなことで、一つの種族が消えてしまうなんて」
この世界の問題は、人間と鬼との競争に限ったことではなかった。他にも、たくさんの生命がある。ハーフエルフだって、獣人だって。鬼だけが、一言に悪いとは言い切れず、むしろ人間も同じ境遇だ。
そういえば、デルハツの人たちは獣人を差別していたが、国王は違った。今回の作戦も、国王の案じゃないだろうか。だとすれば、僕も大きくそれに貢献したい。この世界の常識を、変えるために。
「でも、どうしてわざわざアキが言いに来てくれたの?」
「ギルドマスターが、あまり硬い印象でこの作戦に臨んでほしくなかったそうよ。あなたなら、難しく考えそうだからって」
まさかのまったく逆の意図だった。僕はアキが言いに来た時点で相当重い話だと踏んでいた。
「えっと、そうなんだぁ····ははは····」
アキは妙に笑う僕を見て、首を傾げた。
これにて第3章は閉幕となります。タイトルにもある通り初級冒険者パーティー、アドベータの軌道は大きく変わり、急速な展開を迎えます。春がハーフエルフたちをめぐって紡ぐストーリー、そして春が居ないアドベータの全員に訪れる危機····。お楽しみください。




