24.ご老公の正体
―完全に、全滅だった。広場に倒れた僕らの姿は、まるで絵に描いたようだった。もちろん、ほとんどダメージは受けていない。転かされたのだ。
「わしの勝ちな~!!」
おじいさんは言った。僕らは、そこに立ち上がった。そうして、改めて思う。何者なんだ、と。おじいさんは、棒をそこらに捨てて言った。
「ほれじゃあ約束通り、飯を奢ってもらお~かえ」
「「そんな約束してない!!!!!」」
―僕らはおじいさん行きつけの食事処に居た。洋風で、随分と高貴な雰囲気。それは、食事処と言うよりは、レストランだ。おじいさんの言うことはめちゃくちゃだが、実力はすごかったし、ちょうど昼時だったこともあり、そういうことになった。まぁ、おじいさんの食欲だ。大したダメージはないだろう。·····と、僕らはふんでいたのだが――――。
「―ほれほれ!!おかわりを持ってきんしゃい!!」
何重にも重なったお椀を背景に、バクバクと勢い遅めずに食べ続けるおじいさん。僕らはこの一時間程前に食べ終えているのだが、おじいさんは未だに食べ続けている。
「ねえ、これ·····まずくない?」
出水さんがそう呟く。みんな、それに相違はない。しかし·····。
「けどどうしようもないよね···」
楽尾さんが言った。つまり、待つしかないのだ。このおじいさんが、気の済むまで。
―さて、どれほど時間が流れただろうか。あのとき、僕らはそれでも、油断をしていたのだ。精々三十分程だろうと考えていた。しかし、そんなレベルじゃない。感覚のずれは多少だが、二時間くらい経過していた。お椀の群れは、おじいさんを囲む他のテーブルにまで及んでいた。それでも、おじいさんは食べ続けているのだ。
僕らはというと、それはもう呆然としていた。中には、意識があるのかないのか分からない程のクラスメイトだって居る。今すぐにでもニュースで報道されるべきだろう。「犯人は未だに店内にこもっています。四人が意識不明の重体です!!」·····って。そんなあり得もしないようなことを想像していると、もはや見慣れたともいえる景色に変化の兆しが見えた。
「ふぅ·····食った食った」
おじいさんの一言だ。増え続けていたお椀が、ピタッと止まった。そしてついに―
「ほれほれあんちゃんら、会計を済ませてきんしゃい」
地獄絵図は、終焉を迎えたのであった。金銭的なことは学級委員である相澤君が管理をしてくれているのだが、彼によると、この一回の食事のみで、持ち合わせる全額の四分の一程が消し飛んだそうだ。
ときは昼過ぎ。僕らはようやくおじいさんから解放された。···というか、レストランを出てから姿を見失っていた。本当にめちゃくちゃだ。
「あのおじいちゃん、何だったのかな?」
隣に居る夏希が僕に訊いた。
「うーん、···純粋に遊びたかった、とか」
「"遊びたい"気持ちであんなタダ食いするかよ」
僕が答えた後に、最上君は文句を言った。まあ確かに、"遊びたい"以外にも何かあったのだろう。それが"お腹空いた"だったら驚きだ。
「何はともあれ、あのじいさんはもう居ねぇ。修行を再開しようや」
型蔵君が言った。他にやることもないので、僕らは広場に戻った。
道中、僕らは声を聞いた。唸るような、しかし、弱々しい声だ。相澤君は直感した。
「困っている人が居る!!」
「ちょ、相澤!どこ行くんだよ!?」
相澤君は、突然走り出した。慌ててみんなはそれを追った。
―そこは街中。人集りで、とても声の主を探すには困難だった。僕らは、手分けをして探すこととなった。そうしてみんなと別れた後、僕は思い付いた。
「あれ、これ鑑定で探せる·····?」
スキル、索敵鑑定である。これは本来、素性の分からない敵を判明させるためのスキルだが、捜し物にも対応しているようで、前に、クティの居場所を特定することに成功している。相澤君の直感が正しいならば、それは一刻を争う事態だろう。―鑑定、"この近くで今、声をあげて困っている人"····!!!!
「―来た!」
ヒットだ。ここを真っ直ぐ、最初の曲がり角を右、そして路地裏。僕は視界にあるマップを頼りに進んでいった。
―その暗がりには、おばあちゃんが居た。両手に何かを持って倒れている。···それだけじゃない。その奥に、人影がある。おばあちゃんは傷だらけ。状況は、大体把握できた。
「なあばあさん、いい加減大人しく渡そうや!!俺だってな?人の命を奪うなんてしたかねーんだよ?ハハッ···」
そう、言っていた。僕はすぐに向かった。
「何をやっているんだ!!」
近くまで来て、人影は体格の良い男であることが視界に分かった。男はこちらを向く。
「あぁ?·····おうおう、ガキがこんなところに来て、いけないな。そういうこと言っておきゃ、勝手に引き下がってくれると思ってるのか?ハハッ、とんだ坊っちゃんだな。悪ぃが、ここじゃ何でもまかり通っちまうぞ?」
男はその筋力あふれんばかりの拳を振り上げた。剣を抜くか?···いや、ここじゃ危険だ。道幅も狭い。なら、どうするべきか···。この体格差だ。肉弾戦ならボコボコに殴られ蹴られで即決KOだろう。男の標的はおばあちゃんから僕に移っていた。拳を挙げ、こちらに向かって歩いてきている。···やはり剣を·····って、ここは王国内だ。剣を抜いて良いはずがない。·····あれ、勝ち目なくない?
僕は冒険者。国の中でも戦いを専売特許とする冒険者だ。だが、僕のジョブは鑑定士。こういうときに人を守れないなんて、失格じゃないか。
「どうした、ガキ?脚が止まってるぞ?まさか言うだけ言ってそれだけ、なんてこたぁねぇよな、ハハッ」
···何も言い返せない。僕には、力が足りない。武器を除いて僕には、何があるって言うんだ?そんなの、スキルくらいだ。·····あ、スキル。何か使えるかもしれない!
[塑通無春:鑑定士Lv.42 atk.15 dfs.12 spd.0 mp.0 Uスキル:森羅万象 Nスキル:高度鑑定、経験増幅、範囲強化、索敵鑑定、過憶耐性、詮索鑑定、全知全能]
急げ···!えっと、このUスキル。特殊そうだけど、一体何だ?···そうだ、ガイドさん。
《はい!お待ちしてました!!···ず~っと!!!!!》
その···ごめん···。Uスキルって何?
《Uスキルとは、ユニークスキルの略称で、一人一人が持つ専用のスキルです!···他に訊きたいことはありますか!?》
ありがとう、もういいよ。
《えぇぇぇっ!?》
―それならせっかくだ。この"森羅万象"っていうユニークスキルを使ってみよう。···よく分からないけど。僕は言った。
「ユニークスキル発動···!」
「あぁ?」
男は、間抜けな顔をこちらに見せた。僕が何をしているのか、分からないのだ。·····僕も分からないので、間抜けな顔になる。―しかし、変化はやがて分かった。視界の変化だ。僕は男の正面に居る。だが、視界には男の背後や側面と、あらゆる角度からの見方が分かるのだ。そして、男にも変化。間抜けな顔のまま、あちこちを見回している。
「な、なんだよ···この気配、視線は·····!!!?」
ご丁寧にどうも。つまり、そういうことらしい。僕は、あらゆる角度から見渡せて、対象はそのすべてに存在感を感じるようだ。·····であれば、一芝居打とう。
「あーっ、どうやらギルドの増援が駆けつけたようだー。お前は包囲されているぞー」
···かなり棒読みになってしまった。これはバレるか···。
「チクショー!!おいババァ、覚えとけよ!!!」
あ、上手くいったみたいだー。男はお決まり文句とともに、逆方向へと走って逃げていった。
僕はおばあちゃんのところへ駆け寄った。おばあちゃんは、やはり何かを大切に持ってゆっくりと立ち上がった。
「どうもありがと~う!!」
「いえいえ、僕は何も···」
本当に何もしていない·····。まぁ、万事解決ということで。
「あ!!あの人じゃないか!?」
「え、なんで塑通無が居るんだ?」
―あ、増援が駆けつけた。
おばあちゃんの傷は夏希が癒した。その後、おばあちゃんから話を聞いた。おばあちゃんが大切に持っている何かが、狙われているらしい。それが何かまでは話してくれなかったが、そのためにおばあちゃんは人目のつかないところを歩いていたようだ。
「―それなら、ギルドに相談をしたらどうです」
相澤君はおばあちゃんに言った。おばあちゃんはとてもか弱い。それでいつもあんなに狙われていたら、危険極まりない。しかし、おばあちゃんは、その弱々しい声で答えた。
「私はいいよぅ。ギルドマスターさんにも迷惑だろうし···」
「何を言ってるんだよ、ばあさん!!そんなこと、住民が気にすることじゃないだろ!」
長谷君が叫ぶ。まったくその通りだ。みんなはうなずく。
「大丈夫だよぅ。私には、ちゃんと護ってくれる人が居るからねぇ···」
みんなは疑問符を浮かべた。···しかし、そこまで考えることじゃないだろう。僕の鑑定では、この人は一切の嘘をついていない。僕らは、帰ることにした。
「―それじゃ、気をつけてくださいね」
「じゃあね、おばあちゃん!!」
路地裏を出て、僕らはおばあちゃんと別れた。その直後だった。目の前に、見覚えのある姿があった。
「「あ、あのときのじいさん」」
「あんちゃんら、誰?」
先ほど姿を見失ったおじいさんだったのだ。まさか再会するとは···と、思っていると、どこからか、轟音が聞こえてきた。悪寒を感じたのは、僕らだけでなく、おじいさんもだったらしい。
「おいこらジジイぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!」
僕らは咄嗟に道の左右に避けた。その行動は正しかった。後ろから、おばあちゃんがとてつもない勢いで走ってきていたからだ。おばあちゃんはおじいさんに飛び込むと、素早く幾発もおじいさんを殴った。
「おうっ···ぶはっ···がふっ······!!!!」
おばあちゃんの言っていた護ってくれる人というのは、あのおじいさんのことだったらしい。二人は、夫婦だった。
((あのおばあちゃん···もしかして最強なんじゃ···?))
僕らは、違わずそう感じた。




