19.激戦の締結
―激戦地帯に向かう最中、僕は考えた。あの行動は正しかったのか、聖剣のことを打ち明けて正しかったのかを···。
そもそも、僕はみんなに隠し事をして一緒に戦うのが嫌だったから、伝えられると分かったそばから話した。しかし考えてみれば、それは他の人にも僕が聖剣を握っていることが分かってしまうということ。僕の中だけで完結させていたことに、みんなを巻き込むだけにとどまらず、世界全てに大きく関わってしまう。いや、みんなに話したことは正しかっただろう。それ以上に情報は広げない方がいいだろう―。
「この状況で考え事する余裕があるのね。さぞ戦い慣れているんでしょう?」
―唐突に女の子の声が耳に入ってきた。気を内から外に向け、僕は言った。
「ご、ごめん···。ちょっと考え事を―」
「それは見たら分かるわ。戦場を前にして、一体何をそこまで考えこんでいるの」
気のせいだろうか···。女の子は少し、怒っているように見えた。特に迷惑のかかるような行為はしてないつもりだったが、どうも、僕に怒っている。
「その···聖剣のことが周りに知れたら大変かな···って」
少し声が気弱になってしまった。僕の態度のどこかに原因があるのなら、改めなければいけないから。しかし女の子は、一つため息をこぼして言った。
「少なくとも私はあのことを他言するつもりはないわ。あなたのパーティーにも、一人くらい賢い人は居るんじゃないの?だから今は戦闘に集中して」
怒りが紛れるどころか、最後の一言に至ってはとても力強かった。しかしその最後の一言で、僕は理解した。彼女は、本気なのだ。最初見たときからそうだったが、目が違う。心が違う。きっと産まれて物心ついた頃から、見ているものが違う。それに対してあの僕の態度は、確かに不適切だ。
「ごめん、気をつけるよ」
考えてみれば、クラスには冴霧君が居る。きっと大丈夫なのだろう。そう、彼女の言う通り今は戦闘に···そういえば―
「君の名前は?」
先ほどまでの話題と全く別の質問に唖然としたのか、女の子はしばらくこちらを見て沈黙した。まずかったかと謝ろうとしたとき、女の子は口を開いた。
「アキ。私の名前はアキ」
「···ありがとう」
名前は彼女を鑑定したときに分かっていたが、そういう問題じゃない。こうしてちゃんと口頭でお互いに知り合うべきだ。僕の鑑定は否定的に言えば、情報を盗み見ているのだから。
門付近では、二人の剣士が激しい攻防戦を繰り広げていた。精霊は疾うに片付けられていた。ファスタは、剣の振り抜き際に触れたもの全てを固めてしまい、対してディアはそれらを破壊する。本来ひびを入れるファスタの剣は、彼の術によって守られている。彼らの強力な術は、周囲を圧倒し近づけなかった。ディアの対応をしていたリボンズも、そこで攻防を見ているだけであった。
一方、冒険者たちはレブサーの火属魔法に苦戦していた。レブサーの魔力が、全く衰える様子がない。対して強力な魔法を受け続け、疲労をためる冒険者たち。人数もレベルも全く引けを劣らないはずだ。にも関わらず広がり続ける戦力差に、冒険者たちは疑問を抱いていた。
「む····むむ、無駄。お前たちは····かか、か、勝てない」
レブサーの、その妙な言葉遣いは、冒険者たちにどこか違和感を思わせた。そして、後方に居るウルーベに動く素振りはない。
「ったく···どうなってやがる!!魔力無限かよ!!」
炎弾を防いでいたのはタジーラ。彼は膨大な魔力を有しており、その操作も繊細である。連続する炎弾をきれいに全てシールドで受け止めている。コモンオウル、ファラウェイ、トゥリプルスも攻撃を試みるが、レブサーを覆う炎がそれを許さない。そしてついに、レブサーは行動に出る。
「もう···おわ、おお、終わらせる···」
そう言った直後、レブサーを覆う炎が激化した。炎は凄まじい速さで拡大し、レブサーを覆い隠してしまった。レブサーの周囲には、巨大な炎の渦ができあがっていた。それを見たディア。
「おいおい···俺らここに居るのにそれ使うのかよ···。死ぬぞぉ·····?」
しかし容赦なく、炎の渦は拡大していく。冒険者らには、どうにもできなかった。それを、ただ眺めることしかできなかった。それだけの差。
―炎の渦が、地に触れようとしたその瞬間だった。突如として空間は呼吸を停めてしまった。そこに存在する、全てがだ。そして唯一動ける者。
「·····炎を、斬る·····」
塑通無春は剣を降り下ろした。その距離は、剣先どころか、剣による波風すら全く届かない。しかし、炎は両断された。まるで自ら存在を絶つかのように、そこから炎は消えていってしまった。
―呼吸を戻した空間の中で、全員は愕然としていた。彼らからしてみれば、一秒―否、時間というものをなくして状況が変わってしまったのだから。
「聖剣ラプラス···。本当に特殊な剣ね」
春の隣で、アキは呟いた。
「·····できた!?ねぇ、聖剣使えたよ!!」
目を輝かせ、春はアキに向かって言った。アキは、ため息をついた。
「子供みたく騒がないでよ。できなかったらこっちが困るわよ」
―炎を消したのは春。冒険者らは春がそれをやったことに気づいた。しかし、十五歳程の少年がそのような大層なことをやったとあれば、全員に疑問符が浮かぶのも必至だろう。上級冒険者ですら苦戦する相手の究極と言っても過言でない術を、剣で破ってしまったのだから。
冒険者らは、その正体を探る。アキの方には覚えがあるようで、最初にルオが気づく。
「あれは···。最近有名な剣士じゃないか?年齢に見合わずレベルが高すぎるっていう」
アキは、その若くも高等な剣術が、ギルド内では上級冒険者も分かる程有名だったらしい。対して春には、ピンと来ていない。なにせ見た目が冒険者ではなく、鑑定士なのだから。
「さっき私たちが助けた···」
リンがボソっと呟いた。それを聞いたラウとルオはしばらく考えこんでから、閃く。
「「あっ、あの時の少年」」
アキは、腰に備えた鞘から剣を抜いた。
「じゃあ、どっちが先に敵を倒してしまうか。それで決めるわよ」
アキは、本気で春との実力を確かめたいようだ。それに春は目を丸くした。
「本当にやるの!?だいたい、すごいのは僕じゃなくて聖剣だよ?僕は―」
「ぐちぐち言う暇があったら構えてよ。それに···聖剣はそう易々と使いこなせるものじゃないでしょう···」
言いながら剣を真っ直ぐ前に構えるアキ。アキの最後の一文は春にも聞こえない程の小声だった。仕方なく、春は剣を構えた。
(だいぶこの剣を制御できるようになったんだ···。僕も役に立てるように···!!)
レブサー、ディアの視線も春らに向いていた。当然である。レブサーの渾身の一撃が、かき消されてしまった。それも、剣で。剣先どころか、その波風だってまったく届いていない。しかし、レブサーの表情に変化はない。彼は、再び身を炎に包み、言った。
「ディアは、二人の剣士を···。俺は······ほほ、ほ、他の···やつを·····殺る」
「やれやれ···。とんでもないガキを任されたぞぉ···」
ディアは、大剣を肩に担ぎ上げ、春らの方に向かって歩き出した。やがて、それは駆け足に変わり、ディアは思い切り走った。最初に狙ったのは、アキだった。アキは、構えて動かない。距離は間もなく縮み、ディアは肩に乗せた大剣を右後方に下げた。
「そいつの剣に触れるな!!破壊される!!」
ファスタはアキに叫んだ。ディアの剣は触れて響かせたものを破壊してしまう。アキはそれでも動かない。まるで何も聞いていないかのように。
そして、ディアとアキの距離はほぼなくなった。ディアは大きく大剣を振るう。そこで、アキはようやく動き出す。剣をやや上に上げ、軽く、下に降ろした。ディアの大剣はアキの剣によって弾かれ、地に伏せる。すかさずアキは前進し、剣を突き出す。ディアは、大きく後方に下がり、これを回避した。
それからの攻防は、刹那。アキの剣は、軌跡に影を残したまま蠢く。それを大剣の大きな振りで防ぐディア。春が介入する余地など、なかった。ただ立っているだけで、耐えかねた春は言う。
「あの···僕は何を?」
剣の動きを止ませずにアキは言った。
「こいつは私が倒すわ」
「えっ···でも、この人は僕ら二人を相手に―」
「私たちを同時に相手して、勝てるわけがないでしょう?ほら、あっちの炎男を倒して。どっちが速く倒せるか」
そのあまりに状況と異なるアキの発言のしようには、春のみならず、他の冒険者らも絶句してしまった。ディアは、疑問に思う。なぜ、アキの剣は折れないのか···。
春は、しぶしぶそこから離れ、レブサーの方を向いた。彼の表情は、生きていない。レブサーは、それに気づくと、首を傾げた。
「おおお、俺····は····お前···では···きき、き···斬れない···」
――突如として、春の表情は変わった。春の雰囲気は、変わった。
春は、レブサーの言葉に耳を貸さなかった。先ほどまでの春ではなかった。レブサーの、まるで人間じゃないような表情と口調。春は剣を天に突き上げた。空間は、静止した。春を除く、すべてがミリとも動かない。そんな中、春はレブサーの方へ向かっていった。ゆっくり、歩いていった。レブサーは、空に居る。そのほぼ真下まで来て、春は歩みを止めた。
「お前は人なのか···?」
それは別人。剣を握った少年の瞳は、橙色に輝いていた。そして、剣を真下に振るった。静寂なそこに、"ブチブチ"と、肉が裂かれる音が響いた。しかしそれは不自然だった。肉が、いくつも同時に裂かれる音だった。まるで、いくつもの肉体を重ねているようだった。レブサーの、右腕はこうしてもげた。
―空間は時間を取り戻した。"ボトッ"と地に肉片が落下する音。それに、春は気を確かにした。春の目の前にある誰かの腕の切れ端。春は唖然としていた。
「······えっ」
―門から少し離れたところ。春とアキが門の方へ向かった後のこと。アドベータの全員は、行動を話し合った。相澤は言う。
「塑通無君の方は心配要らないだろう。僕らが行っても、それこそ足手まとい。ギルドに戻って、塑通無君のことを報告しよう」
その意見に、ほとんどが賛成した。皆、春を一人で悩ませぬために、そう思っていたのだ。しかし、反対する者が一人居た。冴霧である。
「僕は、彼の情報は公開しない方が良いと思うよ」
全員は、冴霧に注目した。
「聖剣のことは、かなり重大な問題なんだろう。苦しみから解放されるため。彼の行動は、そういう意味でもとれる。でも僕は、違うと思う。彼は、僕らの信頼を守るために言ったんじゃないかな」
その意見に、皆が共感した。
「そうだ···、あいつは俺らのことを考えてたんだ···。ここで情報を周りに漏らせば、むしろあいつは狙われる」
型蔵は冴霧の意見を完全に理解。その説明で、皆にさらの理解を成した。そうして、彼らはギルドへ向かった―。
「これは·····。僕は·····今、何を·····」
僕は小さく呟く。その肉片に、心当たりがなかった。僕は敵の真下に居て、目の前に腕が落ちている。その肉片は、「グチャグチャ」と音を立てる。···異様に音を立てている。疾うに、そこに魂は宿っていないはず。しかし、それは脈打ちする。肉片の斬り口は、肉がいくつも、蜂の巣程に重なっていた。
「ありゃりゃぁ·····もうバレちゃったぞぉ···。情報が拡大する前に撤退しようかぁ···!!」
アキが戦う敵の剣士はそう言うと、後方に下がろうとする。しかし、アキはそれを許さない。下がれば大剣の動かない一瞬の隙を突く。敵の剣士は動き出せない。
「逃がす訳がないでしょう?」
突如、肉片は地で大きく跳ねた。それは、打ち上げられた魚。肉片の斬り口から、血が噴き出す。僕は、空を見上げた。あれは、あの肉片は一体どうなっているのか···。その魔法士に炎は宿っていない。腕のない肩の斬り口では、奇妙な動きがあっている。そこに蛇が幾体も埋まっているようだった。
「あ、ああ····ぎぎ、レレレ···········ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その魔法士は叫んだ。しかし人のそれではない。なんだか、機械のような音だった。すると肉片の斬り口から、筋繊維と思われるものがぐいぐいと伸びてきた。それは、魔法士の肩でも行われている。そして、魔法士は地に落下した。呻き、身体を左右に捻っている。僕は、どうしていいか分からなかった。その肉の音は、動きは、激しくなり、ついに肉片が爆発。血が僕に付着した。
「うわっ!?」
魔法士は、片腕と両足を使い、近づいてきた。しかし、恐怖に動けない。そして、魔法士の肩から筋肉が――
「そこから離れるんだ、塑通無君!!!」
その声は、轟音とともに聞こえた。脳がそれを理解したときには、僕は後方に押しやられ、空を舞っていた。そして視界には、あの魔法士と、もう一人。大きなマントと、頭に冠を飾った、そう、国王だった。
それは一瞬のことだったが、僕が後方に押され、地に尻がつくまでの間、脳のみがそれを鮮明に見せた。国王は、唱えることなく、手のひらを前に出した。醜く変貌した魔法士は、それとほぼ同時に光に包まれた。正確には、光の粒子が彼を覆っていた。―僕は、地に落ちた。
国王は、険しい表情で光に覆われた魔法士を見ていた。
「···まさか、もうそこまで進んでいたとはね···」
国王がそう呟いた後、魔法士を覆っていた光は姿を消した。魔法士は、目を瞑り、静かに地に横たわっていた。国王の行動とその速さに、アキですら身を止めてしまった。それを逃さず敵の剣士は倒れた魔法士のもとへ。遠く後ろに居た、まったく動かなかった男も近づいてきた。国王は問う。
「君たちは、何の目的でここに?」
敵の剣士は、あっさり答えてしまった。
「こいつらの実験と、お宅らへの威嚇···ってところだ」
「まだ続けるかい?」
「まさか···。俺ぁ、上の命令で動くが、脳みそがない訳じゃないぞぉ···。あんた、相当な化け物だろう···。撤退させてくれるんならそうする。んじゃなきゃ、首を跳ねてくれ···」
敵に、覚悟はできていたようだった。僕は依然、そこに尻餅をついていた。それまでの状況がまったく把握できない。もう、ただ見ていることで精一杯だった。そして、国王は答えた。
「いいよ。帰ってくれ」
敵の剣士は、驚いた表情を見せた。それは、そこに居合わせた冒険者らも等しかった。
「おいおい冗談だろう···。俺らは、ここをかなり破壊したんだぞぉ···?」
その周囲は、ほぼ平地。倒れた兵と赤黒い血がそこに飾られ、それが広範囲にわたって及んでいる。とても許されるものじゃないはずだった。しかし、国王の考えは異なった。
「住民には、死人どころか怪我人も居ない。壊されたのは建物だけ。それなら地属魔法で何とでもなる。もともとここは住民が少なくて、建物も古かったからね···」
「俺らの敵意はどうする?近々大戦争が勃発···なんてこともあり得るぞぉ?」
「僕たちは戦争はしたくないかな。そもそも、僕たち人間の敵は鬼だろう?人同士で喧嘩してる場合じゃないよ。もし戦う気なら、そう君たちのボスに伝えてくれ」
「あんた···だいぶ変わってるぞぉ···」
「はは、よく言われるよ」
―そうして会話は終わり、敵は撤退をした。倒れた敵の兵らは、国王の指示で、タジーラさんが全員回復させた。一千を優に越えるそれらを、タジーラさんは造作もなく、一度に済ませてしまった。これで、早朝の突然の敵襲は、終わりの鐘を鳴らした―――。




