12.春と冬里
僕らに、僅かに届く日の光は―失われた。幹ごと、移動し始めたのを感じた。暗がりの中、ガタンガタンと音と振動だけが感覚神経を通して分かる。
「御者さんが危ない···!!」
とにかく、今は助かる命を助けなければならない。僕は馬車の中へ、夏希を起こした。肩を揺さぶってみるが、夏希の瞼が退く素振りは全くない。―急げ。次に、「夏希、起きて!」と声をかける。なるべく、ミクに影響を与えないように、でも、夏希が起きるように。夏希の耳元に、声を。夏希は、少し目を動かしたが、まだ起きない。―急げ。僕は、夏希の両肩を掴み、揺さぶりながら耳元で声をかけた。―すると、夏希が動き出した。
「ん····どうしたの···?」
寝惚けた夏希を、さらに揺さぶり、声で確かな目覚めに繋げる。夏希はついに、重そうな瞼をゆっくりと上に上げた。夏希は、驚いていた。
「は、春···?近い···よぅ·····」
欠伸からか、少し潤う夏希の瞳は、そっぽを向いており、顔を赤らめていた。僕は咄嗟に夏希から離れた。
「ご、ごめん!?―痛っ!!」
勢い良く離れたため、頭をぶつけた。ジンジンと痛みが脳に響く中、後頭部を両腕で押さえ、僕は言った。
「説明は後でするよ。御者さんを助けて!」
突然に変な頼み事をされ、目を丸くする夏希。しかし、長い付き合いからか、夏希はそれが本当のことであることを悟ったらしい。「分かった」と夏希は手を床に押し付け、起き上がった。僕の手に掴まり、馬車を降りた。そして、御者さんのところへ―。
「ひぃっ········!!!!!?」
夏希は、暗がりの中、御者さんが大量出血で倒れているのを見つけた。袖が強く握られるのを、感じた。でも、それはすぐに弛んだ。夏希は、前に出た。
「何があったか分からないけど、一人でいろいろ悩ませてごめんね」
しゃがみこみ、御者さんに両手を近づけ、回復を始めた。「ありがとう」と伝え、僕は辺りを見回した。やはり、どこにも抜け道の様なものはない。続けて、鑑定を行う。―黄色い点、すなわち僕らを捕縛した冒険者の姿は確認できる。しかし、マップに地形や地名が全く記載されていない。鑑定が、キャンセルされたのだ。これも冒険者の仕業だろう。
僕は、幹に顔を近づけ、耳を澄ました。徐々に、外の音が伝わってくる。ワサワサと、草が生い茂った地面を進む音。メキメキと、馬車を覆う幹の音。それから···「フフン、フーン」と冒険者の鼻歌が聞こえてきた。外は、冒険者の魔法で草木に囲まれている。居場所を特定できない···。
「―そうだな。まぁ、一回確認するか」
冒険者の声が聞こえた。僕らの状態を確認する気だ。下手すれば殺られる···。でも、魔法士一人くらいなら、もしかしたら掻い潜れる。魔法の発動には時間がかかる。それから、クラスメイトの様子から、魔法を同時に二つ以上発動することができないことも分かった。杖さえ封じればこちらは何とでもできる。
僕は、鑑定で冒険者の位置を特定。来た瞬間に、杖を奪う···。―マップから、冒険者が近づいてくるのが分かった。メキメキと、幹の音が大きくなる。僕の目の前に、冒険者は居る。勝負は一瞬。
―メキメキッ·······!!!!!!!!!!!
今だ―っ!!!!!!!!僕は差しかかった光に直進。突っ込んでくる僕に対し、動揺した表情を見せる冒険者。隙を与えず、杖を!――取った。僕の半身は外に出ていた。これで―
ビュンッ·····スパァァン·······!!!!!!
僕の左肩を、矢が貫いていた。僕は、外に落ち、そのままうつ伏せになった。左の感覚が·····ない。―そうだ。なんで見落としていた?矢が御者さんを射ていた。弓士が居たんだ。鑑定結果から、完全に油断していた。あぁ···死んだ。
フサフサと、歩く音。冒険者が、僕の前に立っていた。そして、しゃがみこんだ。響く、低く嗄れた声。
「もしかして、おじさん一人だけだと思ったぁ?」
―忘れていた···。完全に凡ミスだ。御者さんが、矢に射られてたのに、頭から抜けてた···!鑑定に頼りすぎた。だから目の前の情報に騙された。チャンスを、逃した·····。僕の手から、ゆっくりと、杖が抜けていった。視界の半分以上が土と草だ。そして、その端で杖は発光した。
「いやぁ~、頑張ったのは別件で褒め称えられるんだろうけど···おじさんには目障りだったねぇ。その格好は鑑定士かなぁ。どう考えても使えないね。死んでも···いいね」
杖は、僕に向いた。僕は何もできない。もう、何度目だ···?"死にかける"のは。また、空気ごと変わってしまい、あの剣は自我を奪うだろう。どれだけそれが強くても、ものにできなければ宝の持ち腐れ。あの剣が···使えれば···。
「地属魔法、草葉連弾」
ざわざわと森の木々が揺れる。草や葉が宙に舞い、先を僕に向ける。一角しか分からないが、恐らく全方位から来る。また、まただ·············。
ズババババババババッ··················!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
―音だけが先行し、何も分からない。突如として視界は暗くなったのだ。永遠と、草や葉が何かに当たり、軌道を遮られている。そして、僕の視界に足が入った。僕の前に立っている。
「こいつら何だ」
声だけが聞こえた。姿は見えない。しかし、確かに分かった。これは、魔法だ。魔法で僕は守られた。今、ここに居るのは·································寒崎君だ。
[寒崎冬里:魔法士Lv.11 atk.27 dfs.16 spd.12 mp.50 スキル:魔力再生、全属性対応、魔法重複]
無意識に、鑑定を発動していた。寒崎君は、さらに強くなっていた。スキルも増えている。そういえば、最初と服装が違う。どこかの兵士にでもなったのだろうか。しかし···。
「どうして···ここに···」
声帯に力を込め、僕は掠れた声で言った。寒崎君は、振り返ることもなく言う。
「通りかかっただけだ」
―十数分前、日輪兵団。彼らは、テレシーア氷山に馬車で向かっていた。ウィリウムにより士気が上がった兵士らの乗り合わせる馬車の空気は、ピリピリしていた。同じくそこに居た冬里。冬里は、他の兵士らと異なり、平常心で窓から景色を覗いていた。
「外の景色がお好きですか?」
場に合わぬ、女性の声に冬里は思わず振り返る。他の兵士同様、武装をしているが、その中身は、女性であった。その声は、とても兵士の様には思えないふんわりとした優しさを持っていた。
「女性も居たんですか」
多少驚きを覚えた冬里だったが、平常心は数秒で帰ってきた。冬里の目は、再び外の景色を映した。
「私には丁寧に話さなくても良いですよ。私は、回復士です。ご縁より、ここに居させてもらっています。どうぞよろしく」
とても丁寧な口調で女性は答えた。
「リーファさんはすごいぞ?死人を甦らせる回復士だからな」
同じ馬車に乗り合わせた兵士の一人が言った。さすがの冬里も、その発言には驚きを隠せなかった。
「死人を···甦らせる?」
「そんな!それは良く言い過ぎですよ···」
馬車の会話が盛り上がってきた。唯一平常だった冬里が会話の意志を見せたからだ。盛り上がる馬車の中、冬里はふと外の景色を見た。
(―何だ···?あんな森はなかったはずだ···)
突然に、巨大な森林が姿を現していた。兵士は、会話に夢中で気づかない。冬里にその会話はもう入ってこなかった。すぐに、冬里は馬車の扉を開いた。
「お、おい!何やってんだ!?」
「団長の所に行ってきます」
それだけ言うと、冬里は身を乗り出し、足で強く蹴り上げた。愕然する全員。冬里は、落ちていない。宙を浮遊しているのだ。風属魔法、飛行。フワリフワリと馬車を見渡せるくらいに高く上がり、冬里は移動を始めた。
ウィリウムが乗る馬車は中央後方。位置を特定した冬里は馬車の側面へ。そこには、目を丸くするウィリウムの姿があった。ウィリウムは、窓から顔を出した。
「あの森にお気づきですか」
「ああ。不自然だ。あの地帯に鬼は生息していない。魔法が扱われるのはおかしい」
ウィリウムも、森の存在には気づいており、鬼の生息情報から冒険者の仕業であること、それが不自然であることにまで思考を回していた。
「俺に行かせてください。調べてきます。まだ、俺の実力はちゃんと証明された訳じゃない。これは良い機会です」
冬里は、直感していた。あの森の中に、重要なことが隠されていると。森は、少しずつ移動しているのだ。それは、日輪兵団の進行方向と逆だ。つまり、それは王国に向かっている可能性があるということ。しかし、冬里の考えは直感であり、予測でも、ましてや確信でもない。
「···ふむ。良いだろう。君の行動を許可する。ただし、リーファを同行させる。そして、我々は目的地への移動を続行する。我々の馬車まで戻って来れれば、合格だ」
ウィリウムは、数秒の沈黙の後に、そう答えた。何を思ったのか、冬里には理解し兼ねるが···。
「ありがとうございます」
冬里は、リーファを連れ、森に向かった―。
―急に、僕の身体は楽になった。背中付近に、ふんわり温かさを感じる。
「肉体再生」
「酷い傷です···。もう大丈夫ですよ」
[リーファ·アスデイリー:回復士Lv.45 atk.27 dfs.78 spd.20 mp.92 スキル:高度回復]
僕は、起き上がった。寒崎君と、リーファ·アスデイリーという人が僕の前に立っている。僕を一瞬で回復させたリーファさんは、ただ者じゃない。僕のクラスメイトの回復士は、早くても五分以上はかかる。
「あの、ありがとうございます」
僕は、すっかり元に戻った身体で、深々と礼をした。リーファさんは、顔を赤くし、両手を前に出し、左右に振って言った。
「いえいえ!お気になさらずどうぞ」
「―あれれぇ···。どうやってこの中に入ったのかなぁ···?」
僕の少し後方、冒険者が言った。僕は、ふと思い出した。
「あの!馬車の中に怪我をした御者さんが居るんです!助けてくれませんか!?」
「それは大変!すぐに向かいますわ!」
リーファさんは快く受けてくれ、幹が覆う馬車へ向かった。それに反応した冒険者。杖が発光した。
「ちょっとちょっと、ズカズカといろいろされても困るよぉ」
「地属魔法、蔓の槍」
地面から蔓が出現、二本の蔓が交互に巻かれ、先の鋭く尖った槍ができた。それは、数秒もせずにリーファさんに向かった。とても速い。
「危ない!!!」
僕の言葉は、槍がリーファさんに向かい始めた頃に出た。全く追いついていない。―しかし、その隣で寒崎君は、魔法を発動していた。氷河が、とてつもない速さで蔓に向かう。
「魔力回帰―」
―槍と氷河が、同時に消えた。リーファさんの、明るみの一声で········。
―ウィリウムの乗り合わせる馬車、冬里の"森"への行動を許可した後。ウィリウムと、同じ馬車に乗るデルシャンの会話。
「良かったんですか?団長。あれ、結構有名な悪党ですよ?」
「構わん。むしろ良い、いろいろと都合がな。だからリーファも同行させたんだろう」
「そうっすけど···あそこにはあのお方も居るんですし···」
「何、問題ない―」
―魔法が···消えた!?
リーファさんに向かった蔓の槍、そしてそれを止めに行く氷河が、彼女の術一つで消滅したのだ。これには、目撃した全員が驚愕していた。―ただ一人を除いて。
「···邪魔はしないでください」
リーファさんが、その人だけがまともに行動を続けた。リーファさんは、幹をかき分け、馬車のところへ向かった。
―驚いている場合じゃない!!さっきも行動が遅れた。今は集中!できる全てを···!!
「あの女は厄介だなぁ···。はぁ···めんどくさいめんどくさい···」
冒険者の身体は、僕と寒崎君に向いた。猫背で、顔をほとんど上げず、瞳だけをこちらに向けている。僕は、身構えた。·····戦う武器なんて持ってないんだけどね。ここには寒崎君が居る。鑑定と囮が務まれば十分な功績になるはずだ。
「塑通無、鑑定で魔法の情報探れるか?」
寒崎君が、冒険者への視線を逸らさずに言った。
「···うん、大体」
僕の鑑定は、相手の使用した術、及び魔法の名前と、その情報。そして、メリットとデメリットを知ることができる。これは、相手が技や魔法を使用する動作に入った時にすぐに判明する。簡単に言えば、何秒か先の未来がみえる様な感じ。
「俺はあいつを倒す。お前も、ある一部分において目的は共通している。だが、相手は多分格上だ。守ってやる余裕はあんまりねぇ。どうする」
僕の鑑定は、自分で使うには器が小さい。未来視と言っても、無敵なんかじゃない。情報を得たところで、それに対応できなきゃ、未来は変わらない。この能力の本質は、援護だ。僕は専門にできることをやれば良い。自分で対応するんじゃない。戦う専門の人が対応することが、今できる、一番の有効活用···!そしてそれは、ここでもまた然り!!
「戦るよ。仲間が居るんだ。僕も戦う」
平気か、と問われれば全力で首を横に振る。常に額に汗が伝う状態だ。冒険者も、寒崎君も、僕より断然に強い。この世界で単独に生きるのに適している。対して僕は、一人では何もできない。国王と戦ったときもそうだ。僕は弱い。それでも、僕は一人の冒険者だ。勝つために、生きるために、守るために、戦うんだ。
「君たちに付き合ってる余裕がないんだ。ごめんねぇ。即死で···」
杖が発光した。魔法だ···!
[地属魔法:大木直打···大木を高い位置から、対象に振り降ろす。直撃時の火力がとても高い。回避が最善。]
回避が最善!寒崎君に教えなきゃ···!!
「···な~んつって」
―視界に、新たな表示。
[百連豪矢···//]
「寒崎君!後ろだ!!!」
直後、寒崎君の背後で土が盛り上がり、壁を築いた。それは、僕も覆った。そして、一秒あっただろうか。矢が何発も土の壁に刺さった。情報を見てなかったが、音を聞いて分かった。何本もの矢が飛んできている。寒崎君の魔法がなければ、蜂の巣状態だっただろう。
「塑通無、助かった。もう一人居たんだな―」
そう言うと、寒崎君は土の壁を収め、杖を宙に置いた。そして杖は発光。同時に、寒崎君の四肢が魔力に包まれた。右腕は炎、左は風。右足は土、左は氷。それから、全身に光がまとわれている。寒崎君は、クラウチングスタートの構えを取り、まもなく、矢が放たれた方向へ飛び込んだ。
光属性で加速されているのもそうだが、それに加え、両腕の炎と風が彼をより勢いづけている。その轟音と削られた大地が、とてつもない火力を明快に物語っている。森の壁が近くなったところで、寒崎君の右足···土が尖り、森の壁を貫いた。起こる煙の中を、さらに直進する寒崎君。その先はもう見えない。
―数秒後に、寒崎君の向かった方向から、何かの影が飛んできた。それは、僕を越えて冒険者の元に。弓士だ。
「なっ······!?」
冒険者の目は震えていた。寒崎君が、戻ってきた。寒崎君が僕から離れた時に、冒険者は僕を倒せたのか。それは否。何故なら、寒崎君が離れてから戻ってくるのに、五秒程度しかかからなかったからだ。
「おいおい···とんでもない奴が居たもんだなぁ···。全属性かよ···。こりゃあ、参るねぇ」
寒崎君は、続けて冒険者の方へ向かった。変わらず速い。しかし―。
「地属魔法、蔓壁!」
大地から壁が出現した。氷河と土がそれを襲うが、崩れない。
[地属魔法:草葉連弾···いくつもの草や葉を対象に放つ。一発の威力は小さいが、幾発も命中すれば、大きなダメージとなる。]
「寒崎君、近づいちゃ駄目だ!!」
「ちっ····」
寒崎君は、壁から離れた。
―壁が消えた時、冒険者はもう居なかった。馬車を覆った幹と空間を覆った森が消え始めた。寒崎君は、僕に背を向けた。
「お前は自覚していないのか···」
「···え?」
寒崎君は、向こうに歩き始めた。そして、足を地から離した。
[風属魔法:飛行···自分、及び対象は浮遊でき、自由に動ける。移動に便利。衝撃を和らげるのにも有効。]
「待って、寒崎君!!!」
寒崎君の動きが止まった。
「僕らと一緒に行こうよ!きっと、そっちの方が―」
「···それはできない。多分お前が鍵だ。帰るための·······」
寒崎君は、空に消えた。