11.横転、誘拐
休む間もなく災難が春たちを襲う!!
"氷鬼10体討伐"のクエストを受注した僕らは、馬車にて移動を開始していた。カタカタと揺れる中鑑定を保っておくのは、車内でメディアの画面を見続けている様で少し辛い。"クリスティア·フローレン"という女性は、なお移動を続けている。氷鬼の生息地は、氷山近くで、とても遠い。急いでいて見落としていたが、氷鬼のレベルが分からない···。
「氷鬼って鬼がどれだけ強いか分からないから、気をつけよう」
馬車に乗り合わせるパーティーメンバーに伝えた。みんなは静かに頷いた。全員に言っておきたかったけど、多分理解はしてるだろう。後は······、自分のステータスを確認しておこう。
[塑通無春:鑑定士Lv.9 atk.0 dfs.0 spd.0 mp.0 スキル:高度鑑定、経験増幅、範囲強化、索敵鑑定、全知全能]
―また知らない内にレベルが上がっていたり、スキルが増えていたり···。でもやっぱりゼロ四つは変わらないんだ···と、苦笑いがこぼれる。とことん戦闘に向いていない。どちらかというと、下準備って感じだ。でも、これからはそれで鬼を倒していかなきゃいけない訳で···。
―ふと、"全知全能"に目が行った。ラプラスだ。何度か、僕だけが感じた異変。そろそろ、それははっきりとしてきた。僕が瀕死状態の時にそれは起こり、現れた"聖剣ラプラス"に手を触れた途端に、プツリと意識が切れる。多分それはとても強い。僕は、無意識に敵を倒していたんだ。国王の時は···結局あの戦いは何だったのだろう···。
ガタン·········。馬車が止まった。
「それではお気をつけて」
僕らは駆け足に、クリスティア·フローレンを追った。クリスティア·フローレンは、一定の場所を縦横無尽に移動している。
「多分向こうの方で鬼と戦ってるよ」
「鬼に警戒しつつ、そこへ向かうぞ!!」
学級委員に続く僕ら。周囲には氷が張られている。先ほどまでの草木が嘘の様だ。気温もとても低く感じる。
―数分走った時、視界の端に影を捉えた。いくつかの影が右往左往に飛び交っている。僕は影に対して鑑定を行った。伸びた線の先には···。
[クリスティア·フローレン:忍者Lv.20//]
[氷鬼:氷爪Lv.18 atk.22 dfs.15 spd.8 mp.20]
[氷鬼:氷爪Lv.18//]
·
·
·
複数体も居る氷鬼に対し、たった一人で戦っているクリスティア·フローレン。氷鬼の方は動きがよく分かるが、クリスティア·フローレンの方は全く見えないのだ。表記される文字だけが空を舞っている。その影に唖然とするみんなだったが、「行こう」と言う学級委員によって正気を取り戻した。
「にしても、あん中に突撃かよ···」
最上君の発する弱音だが、それは誰もが共通に思うことだった。しかし―。
「人の道理はきっちりしてもらわないとね。うちらもあの鬼合計で三十体倒さなきゃいけない訳だし、思いきって行こうか」
宮田さんは召喚の準備を整えた。士気は上がり、戦闘態勢に入る全員。そして、相澤くんの合図で······················突撃開始した。
氷鬼は幾体も居り、当然こちらに気づくそれも居る。氷鬼の武器は、氷でできた強力な爪だ。爪を光らせ、氷鬼の数体が向かってきた。
「弓士、放て!!」
数の有利を活かし、距離が縮む前に矢を当て、怯ませる。その次に向かうのは、精霊たち。多種多様なそれらは、怯む鬼らに対策の暇を与えずにダメージを与える。それから―。
「魔法と剣撃でトドメを!!」
そうして一気に鬼を掃討。足を止めることなくそこまで向かえた。さすがにこれには、クリスティア·フローレンも気づいたらしく···。
「何じゃ!!?何事じゃ!?」
とても驚いていらっしゃった。口調から、そう。主に口調から本人だと断定した僕ら。型蔵君は猛ダッシュでクリスティア·フローレンのもとへ。
「な、何じゃ···?」
「惚けやがって···金返しやがれ!!」
口を限界まで開き、大音量でそう言う型蔵君。しかし、クリスティア·フローレンは全く心当たりのない様な反応をしている。ポカンと空いている口。丸くなった目。間違いない。
「何のことじゃ?」
―忘れている。
「あぁぁ~のぉ~なぁ~············!!!!!!!!!!!!!」
僕らは型蔵君を押さえ、無自覚被害者顔のクリスティア·フローレンに説明をした。
「あぁ···そう言えばそうじゃったなぁ~」
納得した様に数回頷くクリスティア·フローレン。説明に費やした時間、およそ二十分。みんな、戦いよりも説明で体力を奪われている···。
「あ、わらわは金を持っていたんじゃ!!!」
「「·····へ?」」
疑問符を頭上に浮かべる全員。クリスティア·フローレンは···。
「金が持っていることを忘れておったんじゃ!!!」
―この人は········とてつもない、謎の忍だった·······················。
―さて、クエストをクリアした僕らはクリスティア·フローレンを連行し、デルハツへ戻った。帰りの馬車、僕と夏希と、それからどうしてかミクが、クリスティア·フローレンと同行していた。
「わらわのことはクティと呼ぶが良いのじゃ」
クリスティア·フローレンは、人差し指を上に立てて何故か、自慢気にそう言った。"クティ"とは、名前を短縮した愛称なのだろう。まぁ普通あり得ないが、敵対するつもりはないらしい。いかんせん、宿代を肩代わりし、そのまま姿を消したものだから、内心怖さも残っている。その上、見えない程速い。謎多き彼女だが···。
「···くてぃ?うん、分かった!クティ!」
ミクは秒速で疑心を消した。いや、最初からそんなものなかったのだろう。デルハツまでは結構ある。ある程度話を聞いておこう。
「クティって今いくつ?」
「フフーン♪聞いて驚くんじゃ!」
クティは勢い良く立ち上がり、左手を腰に、右手を天に突き出した。
「高身長のわらわじゃが、実は·················」
それから数秒、クティは喉元でそれを止めた。そして―。
「まだ十四なのじゃ!!!!」
一気に吐き出されたそれは、全方位二十メートル程に拡散された。距離に応じて徐々に小さくなっていくそれだが、当然隣に居る僕らへのダメージは計り知れない。しかし、それ以上に、僕らは思う。
((それ、結構普通·····!!!))
両耳を塞ぎ、内心で叫んだ僕らだった―。
それから、話を聞こうとした僕らだったけど、クティはぐっすり眠ってしまった。そして、その隣でミクも眠っている。夏希だって起きてはいるが、ウトウト状態。もう昼過ぎくらいだ。得られた情報と言えば、クティが若いってこと。そこから察するに、クティは幼い頃から冒険者をやっているんだろう。じゃなきゃあんな動きは出来ないだろう。宿に泊まっていたから、近くに家もなさそうだ。性格その他もそうだが、クティには何か大きな謎がありそう。
いろいろ考えていると、僕も眠くなってきた―···。何だろう···。馬車の揺れが多少強い気がする···。さっきの戦闘から力が抜けて、馬車のそれが大きく感じるのだろうか·····。この揺れは···気持ちが良い···。もう、起きておく理由もないか···本人が眠っているんだから···············――――。
―ガガガガガガッ···············!!!!!!!!!!!!
激しく車体に身体をぶつけた衝撃で、僕は目覚めた。重力のかかり方に違和感を覚えた。左に身体がのしかかる。まるで、横転でもしている様だ。急ぎ外を覗いた。
「·····木?」
外は、木が生い茂っていた。デルハツから氷山までの道のりに、森なんてなかったはずだ。車内に視線を戻した。みんな無事だ。あんな衝撃があったにも関わらず、熟睡なさっている。この中は無事か········。っ、そうだ、御者さんは···!!
僕は馬車を降り、御者さんのところへ行った。御者さんは―――――――――――左胸に矢を射たれていた。大量の血が、服を染め上げていた。
「御者さん!!!!!」
馬も衝撃で倒れている。一体、何が起こった·········!?
「地属魔法、幽閉森林···」
途端、ただの景色だった森がうっすら光り出した。ざわざわと音を鳴らし、急激に幹が伸びている。これは·····魔法!?どこかに鬼が居る·····!!!!僕は鑑定を行った。マップに、黄色い点が表示された。そして視界にも―。
「冒険者:魔法士Lv.37 atk.42 dfs.23 spd.19 mp.80」
冒険者···!?これはどういうことだ·····!!?僕らは、冒険者に攻撃を受けたのか!?視界の文字から伸びる線の先に、それは居た。
「いやぁ···やっと見つけたよぉ···。おじさんすっかり疲れちゃった···」
長い捻れた黒髪が顔の上部を覆っている男だ。手には、魔法を使う杖を握っている。しわしわの顔だが、ちらと見える瞳は、細く、こちらをしっかり睨んでいた。さっきの衝撃で身体のあちこちが痛む。誰だか分からないけど、危ないのは口調からもよく分かる。この中の誰かを···狙っている。誰だ···!?
「おじさんもうへとへとだからぁ···急ぐよ」
まずい、来る···!!この森をあいつがやったのなら、相当大がかりな魔法が使える。どうにか、みんなを守らないと!男は、杖を突き出した。魔法の構えだ。鑑定!
「地属魔法、樹木捕縛···!」
[地属魔法:樹木捕縛···樹木の幹で対象を掴み取るように捕縛する。魔力を消費すれば、幹を伸ばして移動可能。]
捕縛···?捕らえる気か!?多分この馬車ごとだ。僕に、何かできるか···?クティを起こす···?それならなんとかなるか·····。いや、レベルが遥かに違う。夏希やミクも同様。
木の幹が、四方八方から伸びてきた。くっ·····!!僕に力があれば·····。聖剣が、使えれば·········!!!!!―しかし、そんな思うだけの行動など外に影響を与えるはずもなく、幹は、僕らを覆った。