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共生世界  作者: 舞平 旭
占領
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拷問

 これは初めから予定されていた状況だった。


 今回の空武の任務は、幕多羅の出方を見極めるもので、ナトアやクイヒはその囮だった。彼等の技量は探索組では『並』とされており、囮として適任であると判断された。ナトアの尾行は幕多羅側に見つかり、そして何かしらの反応、つまり攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。攻撃をしてくれば、幕多羅は『クロ』である。そこで彼が呼ばれたのだった。



 空武とナクラでは能力に差があり過ぎた。空武は飛んできた刃を軽々とかわすと、剣を垂直に振ってナクラの両腕を肘から上で切断した。


「ぐあ!」


 切断面から血潮が飛び散り、ナクラは地面に倒れてもがき苦しんだ。


「苦しいか?お前は共生者を殺害してきた報いを受けるのだ・・・とどめはいるか?」


「た、助けてくれ。頼む。助けて」


 ナクラは切断された上肢を空武に向けて振り、涙を流しながら訴えていた。徐々にナクラの血圧が低下し、身体が震え始めた。空武は暫くナクラを見下ろしていたが、軽くため息をつきながら身体を屈めると、ナクラの耳元で囁いた。


「助けてやってもいいが、お前はそれでいいのか?後で僕を恨むなよ」


 空武は羽々斬を渦動口から外すと、柄をはめて腰の鞘に収めた。そしてナクラの両腕に渦動波を放った。渦動波はナクラの腕の切断面を更に削り取り、組織粒子化して綺麗に止血した。そして空武は渦動口を閉じると、ナクラを放ったままナトアの所に戻った。草むらの中で、ナトアもクイヒも共に死んでいた。彼はナトアの見開かれた瞼を閉じると、ゆっくりとその場を立ち去っていった。



 ナクラが目覚めた時、自分が台の上に拘束されているのが分かった。下肢、胴体は元より、頭にも革ベルトが巻かれてベッドに固定されていた。その時、両腕の傷がズキズキと疼いた。彼は右手を上げてみた。視野の端に映った腕は、上腕の半ばほどしかなく、腕の傷は包帯が巻かれて治療されていた。彼はなんとかパニックになりそうな自分を抑え込むと、周囲を観察した。そこは四角い小さな部屋で、真ん中にナクラのいるベッドがあり、見える範囲には丸椅子が一つと小さめのタンスのような箱が一つあるだけだった。


「目覚めたかね」


 男が一人、ナクラの頭側からいきなり出てきた。


「えーと、ナクラ君だっけ?」


 男は穏やかに話しかけた。頬がけて肌の色は白く、油で撫で付けたオールバックの黒髪がやけに黒く見えた。長身だがガリガリに痩せていて、服から覗いた手首の細さが印象的だった。


「私はエクタといいます。そしてこちらは、ハバキ。それでは始めましょうか」


 ハバキと呼ばれた男は、中肉中背の若者で、短い見事な銀髪をしていた。男は両手を組んだまま、壁にもたれかかって成り行きを見守っていた。彼は他の渦動師達とは異なり、この手の任務は苦手だった。探索組に属しており、『作業』には慣れてはいたのだが、彼の嗜好とはかけ離れていた。特に、エクタと組むのは気が進まなかった。エクタは仲間から『骸骨』と呼ばれていた。彼の風貌とその専門職からのあだ名である。だがエクタはとても評判がよい男で、普段は寡黙で穏やかな物腰のため敵も少ない。仕事も確実で、上からの評価も高かった。ハバキは彼と組んだのはこれで二回目だったが、前回も眉一つ動かさずに淡々と『作業』をこなしていく姿に、流石のハバキも恐怖すら覚えた。いくら共生者でも彼の真似ができる人間は少ないだろうと思っていた。



 エクタはベッドの頭側のレバーを鼻歌混じりに回していった。ナクラのベッドの上部が起き上がっていき、彼はベッド上に座る格好になった。彼はもがいたが、頭部に躯幹、そして足が縛り付けられていて動くことはできなかった。


「先ずは歯を抜きましょう。話すのに必要ありませんし、舌でも噛まれたら面倒です」


 そう言うと、彼は開口器と吸引器をナクラの口にセットした。切断された上肢を左右に振るが、届くわけもない。そしてペンチを握ると、いきなり上の前歯を挟んで抜いてしまった。ナクラの声にならない叫びが上がり、歯茎からダラダラと出血した。エクタは、まるで栓抜きで栓でも抜くように、瞬く間に3本抜いてしまった。ナクラの口は血だらけになり、溜まった血は吸引器で引かれ、ガラスの壺が血液に満たされていった。一部は口から垂れ出し、彼の胸を真っ赤に染めた。


「おい、分かってると思うが、この男は適応者だぞ」


「分かってますよ、ハバキさん。私がここにいるのは、房の国で一番『適応者』と遊ぶのが上手いからですよ。適応者と遊ぶには、最初にしっかりと準備するのが大事なんです。死なないようにね」


 ハバキはそれ以上何も言わなかった。

 通常、共生者は、適応者に比べ、『作業』には精神的負担はそれ程感じない。


『ああ、自分はああなりたくはないな』


 と思う程度である。しかしエクタの『作業』は共生者のハバキから見ても汚いのだ。やはり生理的に受け付けないものがある。ハバキが思うことは、早くこの『作業』が終わって欲しいということだけだった。



 探索組と研療院からの情報は神明帝の元まで上がってきていた。御前会議の中で皇帝は、菊池の対処について憂慮する事態になる前に、あらゆる手段を使って対応するように指示を出した。これは軍部の介入も辞さずという意味である。ここまで房の国が硬直したのには多くの理由があった。その表向きの理由はナクラの自供、荒戒からの信書の内容や、探索組の調査に基づく幕多羅叛逆の認定であったが、討伐を奏上した庵羅の画策が効を奏した形になった。この時の皇帝は身内に問題を抱えており、庵羅はそこにつけ込んだとも言えた。


「お待ちください!」


 仏押が皇帝に進言するために席を立った。


「菊池の件は何卒、研療院で扱わせていただけますよう、具申させていただきたい。奴は体力的に弱っております。危険思想もなく、陛下に歯向かう意志もありません。ましてや幕多羅は『放生の地』。万が一にでも血で汚れてしまっては、先皇にも申し訳が立ちますまい」


「ははは。もうろくされるには、まだいささか早いのではないですか、仏押様」


 皇帝が発言する前に、参謀の庵羅が返答を始めた。


「参謀ごときが失礼だろう!」


 仏押が怒りを露わにしたが、庵羅は意に返すこともなく、話を続けた。


「ことこの件では、菊池のことなどどうでもいいのですよ。一番の問題は、幕多羅が我が国を裏切ろうとしていることなのです。それも『匙の国』に菊池を売って。確かに幕多羅は『放生の地』です。この地を作り上げるのには先人が相当苦労されたことも聞き及んでおります。しかし、『毛の国』しかり、『匙の国』しかりです。彼等の国での『殉床じゅんしょう』の取り扱いの酷さときたら、それは凄まじいものですよ。それに比べ、我が国はとても人道的に優れた対応をしてきたのです。それを、あの老いぼれの塩土は、皇帝陛下の恩に弓を引いたのです。そんな事を許していては、国が成り立ちますまい。その点をお分かりにならない仏押様でもないでしょう」


「し、しかし、軍を出しては、かえって混乱の原因になりかねん」


 庵羅は楽しそうに笑った。


「ははは。やはりあなたは分かっておられない。それでは、始めは使者を送ればいいわけでしょう?そして幕多羅が恭順きょうじゅんしてくれれば、何事も問題はありません。どうですか?それに放生の地は、なにも幕多羅だけでもない。他に良い手があるのならお教え願いたい。無いのなら、老人は下がっていてください」


 仏押はこれ以上の意見を述べることはできなかった。庵羅が相手では、下手をすると研療院の存続まで危ぶまれる可能性があった。いつかは戦わなければならない相手だったが、今はその時ではない。それに、まだ菊池はこちらの手の中にある。



 こうして菊池の扱いは軍部に移された。軍部にとっては、匙の国に菊池確保に走られて、房の国の面子が潰されることだけは避けたかった。しかし匙軍との全面衝突は回避せねばならない。そこで庵羅の意見通り、可及的速やかに菊池を確保し、幕多羅を占領下に置くことに決定した。

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