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共生世界  作者: 舞平 旭
占領
98/179

羽々斬

 三人はナクラを追って山中の広場に着くと、茂みに隠れて見守っていた。そこで空武がボヤき始めたのだった。


「あいつ、何やってんだろう」


 ナトアがつぶやいた。広場の中央にはその男が一人(たたず)んでいるだけだった。誰かを待っているようだ。周囲は夕暮れ迫った森で、比較的下生えが深かったため、風が吹くと葉がこすれ合い、波のような音の増減を繰り返していた。


「だからさ、ヤバイって言ってるだろ」


 空武は彼女に向かって答えた。しかし彼女は彼を無視すると、


「クイヒ、どう思う?」


 とクイヒに向かって尋ねた。クイヒは首を捻っただけで、一言も発しなかった。クイヒは無口な男で、特に作戦中はほとんど喋らなかった。初めて彼と組んだ時、本当に喋れないのではないかといぶかしんだぐらいだった。


「ねえ、ナトアちゃん。僕の話、聞いてる?僕達は敵の罠にはまってるよ、絶対。だから、せめて街道まで下がろうよ」


 空武がしつこく彼女に訴えかけてきた。


「うるさい。邪魔しないでよ。周りに気配なんか全然ないじゃ・・・」


 突然、空武がナトアの頭を抱えて伏せた。


「伏兵だ!」


 矢が数本空武達に飛来し、1本がクイヒの喉を貫いた。


「クイヒ!」


 ナトアが叫んだ。


「馬鹿野郎、声を出すな!」


 空武はナトアの顔を地面に押し付けると、周囲を探った。追っていた奴を含めて4人。空武は含み笑いをした。そして彼はナトアを残したまま、広場の中央のナクラに向かって走りだした。ナクラは慌てて剣を抜くと、上体を低くしながら向かってくる空武に振り下ろした。空武はそれを身体を捻るだけで交わし、ナクラの顔面に拳を叩き込んだ。彼はそのまま地面に崩れ落ちた。空武はナクラの身体を物色し、胸の札入れに収められていた荒戒からの信書を抜き取った。


「おい、こっちだ!信書はもらったぞ!」


 空武は広場の中央に立ち、信書を掲げながら叫んだ。



 ナトアはクイヒに刺さった矢を注意深く抜き取り、傷口を布で押さえた。クイヒも共生者であるので、これぐらいの傷では死にはしない。しかし敵は適応者で、渦動師と知って闘いを挑んできているのだ。間違いなく矢毒が使われている。クイヒは仰向けに倒れ、喉をひくつかせていた。唇は真っ青になり、呼吸困難を起こしている。やはり矢毒が塗られていたのだ。

 矢毒は通常はトリカブトをベースに数種類の薬草や動物から取られた毒物を調合して毒性を強めている。共生者は毒物には強いが、対共生者用の毒物では、回術をしない限り助かる見込みはない。矢毒で汚染された部位を削り取るのが最も有効だが、クイヒの様に喉を貫通してしまってはそれもできなかった。


「クイヒ、頑張って!」


 頸動脈を傷付けたのか、血液がドンドン出てきて、ナトアの手を濡らしていった。毒がアエルによる止血を妨害しているのだ。


「防性変換!」


 ナトアの肩が青く染まると、彼女は回術を開始した。しかし自信はなかった。



「攻性変換!」


 空武は右手に渦動口を開いた。そして剣を抜くと剣の柄を引っ張った。すると柄は半分ほどを残して抜け、中から毛髪ほどの太さの透明な線維が無数に入ったチューブが現れた。チューブは周囲の光を反射して複雑に煌めいていた。彼はチューブを少し引っ張り出すと、先端を渦動口の中に突っ込んだ。その瞬間、渦動口は生き物のようにチューブに食らいつき、彼の身体は電気が走ったかのように震え、天に向かって仰け反り呻いた。そして彼の手の中の剣が淡く光始めた。剣は渦動口から真っ直ぐに伸びており、彼の指は伸ばされ、ただ剣に添えられているだけだった。剣を握っているというよりは、タクトを握っているようだ。

 瞳を前から突進してくる二人に向けると、彼は降ろしていた剣を、一番近い敵から4~5メートル以上は離れている段階で素早く振り上げた。敵は怯むこともなく、空武が振り上げた後の間合いに剣を上段に構えながら突っ込んできた。しかし、その一瞬後には、彼は左側胸部から右肩口まで切断され、分断された上半身が足元に崩れ落ちた。突っ込んできていたもう一人の男は、咄嗟に足を止めると、間合いを開けるように飛びのいた。


羽々斬(はばきり)の味はどう?今日の衝動感は強いから、余り僕に近づかない方がいいよ。あと三人だよね。頑張って一人は生かしてあげるよ。命令だからね。誰にする?」



 クイヒに回術を行っていたナトアは、空武の技を見て驚いていた。


「何あれ?凄いじゃない!」


 これなら助かるかもしれない。クイヒももう少しやれば安定しそうだ。あんなに凄い渦動技を、彼女は見たことがなかった。助かったら、また寝てやってもいいかもしれない。


 ナトアは空武に向かって怒鳴った。


「嘘つき!あんたやっぱり使えるじゃ・・・」


 その時、突然ナトアの口から剣が出てきた。


「ぐぼっ」


 彼女は驚きながら左手で頭の後ろを探ると、頭の後ろから剣が突き出ていた。思わず彼女が剣を握った途端、後ろの男は剣を引き抜いた。刃先を握っていた左手の指のうち、四指は全て切断され、剣が抜かれた頭と口から血液が噴き出てきた。血液は割けた唇と顎から流れ落ち、彼女の胸の谷間に真っ直ぐに赤い線を引いた。


「い・・・息が・・・苦しい」


 ナトアは親指だけ残った左手を喉にあてて、掻きむしるような動作をした後に、顔面からうつ伏せに倒れ動かなくなった。延髄を破壊されたことと、血液が口腔から気管に流れ込んできたことから彼女は呼吸困難となり死亡した。



 空武は、まるで無視しているかのように、対峙している敵から目を離してナトアが倒れるのを見ていたが、表情は全く変わらなかった。そしてナトアを殺害した敵が広場に出てくるのを見ると、口角をやや上げた。


「・・・命令違反だけど、誰も生かしては帰さないよ」


 ナトアを殺害した男は、血に濡れた剣を掲げながら、空武に向かって走ってきた。


「止まれ!それ以上近づくな!」


 彼と対峙していた敵が向かってきた男を制し、二人は7~8メートルの間隔を空けて前後から空武を囲んだ。しかし、空武はナトアを殺した男の方を向いたまま、剣を眼前に上げて動かなかった。風が流れ、下生えの音が響いた。3人を取り囲む緊張感が、周囲の音を数倍に増幅しているようだった。空武の足元にいた緑のバッタが、葉の上から飛び上がった。その瞬間、タイミングを合わせた2人が前後から空武に攻撃を仕掛けた。


「うぉー!」


 敵は凶暴な雄叫びを上げながら、彼に突っ込んできた。空武は表情を崩すことなく、前の敵に向かって剣を上下左右に素早く振った。その姿は、まさにオーケストラの指揮者のようだった。光に包まれたタクトは輝きを強くしたかと思うと、無数の光の帯を男に伸ばしていった。ナトアを殺害した男は、唾を飲む間もなく無数の肉片に変えられた。そして空武はくるりと回転しながら背後からの攻撃を剣で受けた。鋼と鋼がぶつかり合う甲高い音がしたかと思うと空武の剣が光を放ち、飛びかかってきた男の剣を一瞬で溶かし、そのまま横になぎ払った。男の顔面は、左頬部から右こめかみに剣が抜けてていき、上下に切断された。

 空武は最後の男が倒れると、立ち上がろうとしていたナクラを見つめた。ナクラは驚いて尻餅をつくと後ずさった。


「後はお前だけだな。立て。そして剣を取れ」


 彼はナクラの剣を拾って彼の足元に放り投げた。ナクラは立ち上がると剣を拾って構えた。


 ササラ。俺を助けてくれ。


 ナクラはササラに祈った。神人の暗殺のプロがあっさり全員やられてしまった。こいつは途轍とてつもなく強い。どうすればいい?あの光の剣は渦動を使っているようだ。そろそろ疲れてきているのではないか?いや、こいつプロだ。そんな甘いことはない。プロは必ず全力は使わない。剣を受けてはダメだ。離れてはもっとダメだ。剣を受けずにこちらの間合いに入り込むしかない。間合いにさえ入ることができれば、彼には秘策があった。一撃必殺の技。今までこの技を使った3人の渦動師達は、驚愕しながら死んでいった。あの間合いにさえ入れれば。あの間合いに。


 ササラ!力を貸してくれ!



 二人は睨み合っていた。

 ナクラは幕多羅の戦闘集団、神人の一員だった。幼い頃から共生者を殺害する術を叩き込まれて育った。その中で、彼は頭角を現してきて、現在は若組の長になっていた。彼は空武に気づかれないように、剣の柄に仕込まれた仕掛けを開いた。彼の剣は先の読めない『幻惑』の剣技である。幻惑の剣技は、剣先が揺らめくように動く独特の構えで、相手の意表を突く所から伸びてくる。今迄に、1対1でも多くの渦動師を始末してきたが、相手は剣や渦動をナクラに向ける前に死んでいった。

 ナクラは剣を正段に構えながら剣先を振っていった。剣先は満ちては引く波、無作為に飛翔するカゲロウの様に揺らめいた。そして数センチずつ間合いを縮めていった。対する空武は両手をダラリと下げたまま、ナクラの剣先の動きを見ている。ゆっくりと間合いを詰めて行く。空武はナクラの剣先に注意を集めているようで、まだ剣を振る気配はなかった。


 かかった!


 2人の間合いは、空武には充分だが、ナクラの剣ではとても届きそうもない程度空いていた。しかし、彼にも充分だった。幻惑の剣の目的は、この間合いまで詰めることだった。ナクラは剣先の揺りを途中で止めると、柄に仕込まれた装置を押した。柄の中の強力なスプリングが剣の刃を押し出し、弾丸のように高速に射出された刃が、一直線に空武の喉元めがけて飛んでいった。

 これなら除けられない。

 ナクラは勝利を確信した。

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