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共生世界  作者: 舞平 旭
占領
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ナトア

 祭りの翌日、ナクラは塩土の命令で匙の国に向かった。塩土は焦っていた。先の荒戒あらかいからの返書は、内容に突っ込んだ所がなく、どっちつかずだったからだ。房の国に菊池の存在が知れた事を早急に伝え、荒戒に決意を促す必要があった。そして次期大統領と目される急進派の荒戒を味方に立てれば、房の国もそう簡単には幕多羅に介入することはできなくなる。


 ナクラが走っていると靴の紐が緩んだ。彼は立ち止まると、かがんで直し始めた。祭りの夜、ササラに別れを言えて本当に良かったと彼は思った。菊池とレイヨのお陰だ。そして彼女が守ろうとしているこの村を、彼も全力で守ることに決めたのだ。もうササラのような犠牲者を出さないためにも、塩土のために働くのだ。そして彼女をきっと迎えに行くと決めたのだった。ナクラは再び立ち上がると走り始めた。



 匙の国は議会制民主主義をとっている。国民構成は共生者と適応者が半々という異常な比率になっていた。適応者は共生者に比べて圧倒的に少人数で、房の国では人口の1割未満であることからも、この構成の異質さがわかる。これは匙の国の建国に原因があった。元々、匙の国は適応者が房の国で反乱を起こし、共鳴した共生者と共に作り上げた国である。その独立戦争は過酷を極め、死者は両国合わせて5万人を超えた。

 まだ房の国から独立して20年しかたってはいなかったが、国の経済は爆発的に繁栄し、国民は独立戦争を忘れ始めていた。賄賂が横行し、私欲から政治は停滞していた。現在の名隈なわい大統領は共生者である。任官して5年になり、来年が総選挙の年だった。国内は名隈が再選するのか、適応者である議長の荒戒が当選するのかで真っ二つに割れていた。名隈は中道左派で、他国との平和共存が政治理念だった。対する荒戒は右翼であり、愛国心や富国強兵政策を説いていた。経済的な繁栄が、国民に憂国の礎達の苦難を忘れさせ、平和を空気のように、当たり前に存在するものと勘違いしている風潮になり、荒戒はそれを憂慮しているのだった。房の国は強大で、匙の国を諦めた訳ではないのだ。更に北には毛の国も存在する。三国の均衡は危ういバランスを保っていたが、最も弱い所は明らかに匙の国なのだ。彼に賛同するものは多く、選挙戦は接戦になると予想されていた。



「なるほど。爺さんも焦っているわけだ。所で、貴様はこの菊池とやらにあったことはあるのか?」


 荒戒は塩土からの信書を読み終えると、ナクラに話しかけた。


「はい。この男は熱い心を持つ者です。きっと荒戒さまのお役にたてますでしょう。それに彼は医術師です」


「なに、医術師?それは始めてだな。それで奴は例のことを知っていそうか?」


「塩土さまからは何も伺ってはおりません」


「そうか、わかった。とにかくその菊池とやらを早々に連れてこい。悪いようにはせん。セツナも会いたがっておるしな」


 ナクラは荒戒の後ろに控えるように立っていた女に眼を向けた。長い黒髪が印象的な女性で、柔和な眼は深い憂いを帯びていた。



 ナクラは荒戒からの信書を受け取ると、昼前には帰路についた。小一時間ほどで国境に辿り着くと、通行証を示して関所を通過し、大きな街道に出た。ここは物流の中心で、北は毛の国、西は匙の国、そして南は房の国に繋がっていて、各国の商人や旅人が忙しく行き来していた。そのため、この街道は各国が不可侵の同盟を結んでいた。

 彼は靴紐を直す振りをしながら、然りげ無く後ろを確認したが、特に怪しい人物は見られなかった。しかし屋敷を出た後から嫌な気配を感じていた。だが、どこの国の者であろうが、街道で派手なことはできまい。ナクラは立ち上がると悠々と南に向かって歩き始めたが、気配か消えることはなかった。



 しばらく歩くと、彼は街道沿いの茶店に立ち寄った。茶店は街道には沢山あるが、この店は特別だった。粗末な木造平屋の建物だが、店舗部分は綺麗に飾りつけられていた。店の前には長いテーブルと椅子が配置され、二人の商人風の男達がお茶と軽食をつまみながら話し込んでいた。


「やっぱり荒戒さまだろう?次の大統領は。あの人の考えは正しいよ。このままじゃ匙はダメになるぜ」


 若いが少し猫背の男が話していた。するとやや年配の連れが答えた。


「お前、荒戒がなったら戦争だよ、戦争。大体、俺らがダメだなんて言うのはおこがましいだろ?俺たちみたいなのが国をダメにしてるんだよ」


「違いねえ」


 二人は大笑いしながら茶をすすった。ナクラは彼らの横を通り過ぎると、少し離れて座った。直ぐに店主がやってきた。


「何になさいましょうか」


「茶だ。所で今日のお茶は岸根産かい?」


 店主は一瞬眼を細めたが直ぐに、


「いいえ、吉野です」


 と答えた。ナクラは出された茶を旨そうに飲みながら、店主からの合図を待っていた。場を持たせる為に食事も注文し、約1時間で店主から『おあいそ』が出た。ナクラは代金を置いて店を出ると、再び街道を歩き始めた。時刻は夕刻になり、往来の足が速まってきていた。ナクラは街道からふいに横の枝道に入っていった。細い枝道は両脇に背の高い広葉樹が林立し、雑草が道の一部を覆っており、往来の少なさを物語っていた。しばらく行くと、周囲を木々の壁に囲まれたような広場に出た。


「ここだな」


 ナクラは薄笑いを浮かべて立ち止まった。



「ああ、だからバレてるって言ったんだよ」


 空武くうぶは隣にいた女、ナトアに向かって言った。


「あんた、うるさいよ。静かにしなよ」


「だってバレてるよ、絶対。もう追うのやめるか、捕まえるか、殺すかした方がいいよ」


「うるさいなあ。だから素人なんかと組みたくなかったんだ。クイヒ、注意して」


 ナトアは部下のクイヒに言った。クイヒは無言で頷いた。クイヒはナトアよりも10歳上だったが、探索組での階級はナトアの方が上だった。命令に忠実で、変装が上手い小柄な中年である。

 彼らは密偵だった。幕多羅から男が荒戒に面会に来るので、その男の素性調査を命令された。その時の命令書を持参したのが空武であり、命令書の最後に、この男との共同作戦をするように厳命されていた。

 この空武という男は不思議な男だった。かなりの童顔で、20歳以上には見えないが、聞くと歳は28、ナトアよりも4つも上である。そして渦動師なのに、かなり大振りの刀を持っていた。


「あんた、渦動師なんでしょ?なんでそんなにでかい刀を持ち歩いてるの?渦動力、弱っちいの?」


「へへへ。実は僕、渦動師じゃないんですよ」


「へ?」


 そんな訳がない。彼女は腐っても探索組なのだ。彼女には空武が強力な渦動師であることが分かっていた。そして彼女は一度彼と寝たが、立派な3期樹状痕があり、身体中の無数の傷は、歴戦の勇士の風格が備わっていた。食えない男だが、身体の相性も良く、ナトアは少し惹かれていた。

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