モニュメント
菊池は唖然としていた。まさか、こんな若者達を処刑するつもりなのか?セックスしただけで?レイヨから聞いてはいたが、死刑になるほどとは思わなかったし、彼にはとても許容できなかった。処罰するなら、見合った量刑にすべきだ。塩土に前もって釘を刺されてはいたが、このまま処刑させるわけにはいかない。何としても止めなくては。
「待ってください!」
菊池が塩土に嘆願しようと舞台に近寄った時、人混みの中から声が発せられ、皆は一斉に注目した。
「どうか、どうかお待ちください」
衆目の中、頭を下げて懇願しているのは若い男、オイテの両親のようだ。二人のやつれようは凄まじく、特に母親は鬼気迫る眼をしていた。
「村掟を破った罪は命に代えても贖う必要があることは、重々承知しております。ですが、まだ子供のいたしたことです。何卒、何卒命だけは助けてやって頂けませんでしょうか。追放でも結構です。なんとか命だけはお助け願えないでしょうか。罰が足りなければ、代わりに私が受けます。何卒、何卒」
オイテの父親は片足を立てて座り、凧形を胸の前に組むと、平頭しながら懇願した。
「ふざけるな!」
群衆の中からこちらもやつれ、眼の下にクマを作った中年の男が立ち上がった。イオカの父親だった。
「お前の息子のせいで、うちの娘は、イオカは・・・」
「父さん!」
娘のイオカが泣きながら父に話しかけた。
「ごめんなさい。私は悪い娘です。でも覚悟はできています。もう泣かないで」
オイテも泣きながら、イオカに続いた。
「父さん、母さん、イオカの言う通りだ。僕達は親不孝な子供です。だけど、一緒になれないなら死のうと覚悟は決めていました。僕達はそれぞれ違う許婚がいたし、イオカは村若になるかもしれない。でも僕達は愛し合っていたんだ」
「謹め!」
塩土の一喝が辺りを征した。
「良いか、ならんものはならんのじゃ。個人の事情も感情も年も関係はない。大切なのは村掟を守ることじゃ。もし掟を守らなくなれば、どうなる?村は瞬く間にこの世から消え失せるじゃろう。皆死ぬのだ。わかるな?ワシとて辛いのじゃ。どこに我が子を殺したがる親がいる?」
塩土は泣いていた。そして苦渋を滲ませながら、舞台の男達に手を振った。それを合図に、若い男女は舞台に備え付けられた絞首台に連れて行かれた。二人は舞台の後ろ側の木製の台に立たされ、首にロープをかけられた。
まずい。奴らは本当にやる気だ。
イカれてる!
こんな蛮行が許されて良いはずがない。
菊池はこの野蛮な行為を止めようと、絞首台に近づこうとした。すると背後から誰かが菊池の腕を取って引き止めた。
レイヨだった。
彼女は陰鬱な顔をして頭をわずかに左右に振った。
「なぜ?君も、こんなのおかしいと思うだろう?いくらなんでもやり過ぎだ。まだ子供じゃないか!」
「タカヨシにはまだ分からない。彼らだけが犠牲になってる訳じゃないのよ。どうしても許してはならないことなの」
彼は動けなくなってしまった。泣きそうな彼女の顔や、汗ばみ微かに震えている手の感触。周囲の熱気。全てが彼の生半可な正義感を押し潰すのに十分な重さを持っていた。菊池には、彼女や幕多羅の人々の心の深い闇を覗き込んだような感じがした。自分には理解できない闇を。
絞首台に並んだ二人は、膝をガクガク震わせながらも、お互いを見つめていた。
「イオカ。大丈夫。怖くないよ。僕が一緒だ。僕達は永遠に一緒になるんだ」
「ええ。怖くない。怖くなんかない。オイテ、愛してる!」
塩土が視線を執行役の目の細い男に向けた。男が手を挙げる。すると背後から足台が蹴り倒された。
レイヨの手に力が込められた。彼女の眉間には深い皺が現れ、僅かに開かれた唇は震えていた。瞳には涙が蓄えられていたが、溢れることはなく、舞台の二人を一心に見つめていた。まるで、見ることが彼女の義務のように。
群衆の歓声が周囲を埋め尽くした。オイテの母親が卒倒して地面に倒れ込み、夫が支えた。イオカの父親は地面に四つん這いのまま、歯を食いしばりながら、娘の最期を凝視していた。
空中に放り出された直後、二人の首に全体重がかかった。彼らはまるで釣り針に付けられた生餌のように、縛られた手足をバタつかせ、腰を捻ってもがいた。特にオイテは綱を結んだ横木が軋む程暴れていた。しかし二人とも20秒ほどでパタリとも動かなくなった。ユラユラと綱に合わせて振り子のように揺れる骸。二人のつま先から尿が滴り落ちていた。
首吊りは余り綺麗な死に方ではない。頸動脈が閉塞するため、絞殺のように顔面が赤黒くなることは避けられるだろうが、苦悶に舌を出し、多くは失禁・脱糞してしまう。
黒い二つの影がユラユラと揺れていた。まるで死のモニュメントのように。見せしめのために、二人の死骸はそのまま放置された。
翌日、塩土は村民達に正式に菊池を紹介し、幕多羅の民として新しく迎えると宣言した。




