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共生世界  作者: 舞平 旭
常世
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サイコパスの国

 このような反応は、黄持やキネリが特別なわけではなく、常世に滞在中、何度も遭遇した。極端な例だが、例え川で溺れている人がいても、道にうずくまって苦しんでいる人がいても、彼らは無視をするか、やっても憲兵に声をかけるぐらいしかしない。決して自分自身の手を汚そうとすることはない。それでいて、そのことは忘れたかのように、後の彼らの行動には全く影響を与えていないようだった。


 西暦世界でも都市部では往々に他人には無関係を装うが、それとは明らかに異なっていた。西暦世界のそれは、他人に起きている不幸を助けなかった場合、その言い訳を探す行為が必ず存在する。

 例えば、『電車の中で行われていた暴力行為に見て見ぬ振りをした』とすると、人は、『自分は弱い。自分が出ても逆に殴られるだけで仕方がない』とか『自分だけでなく、周囲の皆も何もしなかったじゃないか』など、何もしなかったことに対する理由を探して自分の罪悪感を薄れさせようとするのだ。これは『自己正当化』という行為である。なぜ『自己正当化』をするのかというと、心理学的に言えば『認知的不協和』を解消するためだ。『認知的不協和』とは、心理的に相反する行為や考えなどが発生した場合に起こる緊張状態のことである。先にあげた『人が暴力を受けているのに助けなかった』という行為は、人が皆持っている『自分は正義である』という考え(認知)と相反する。すると人は心の葛藤で緊張状態になる。その葛藤を軽減する行為が『自己正当化』、つまり『皆も何もしなかった。だから、自分だけが悪ではない』である。この『自己正当化』は決して悪い行為ではない。ヒトの心理として不可欠なのだ。

 しかし共生者達は他人に対して罪悪感そのものを持ってはいないように菊池は感じていた。そのため『認知的不協和』にならないため、『自己正当化』も必要がない。

 それでは『罪悪感』が無い人間とはどのような人間だろうか。最も有名なのがpsycopathy、精神病質である。反社会的人格の一つで、その性質をもつ者を精神病質者、psychopath、サイコパスと呼ぶ。

 菊池はこの考えに至り、背筋が寒くなった。サイコパスが築く社会。一体、神はどんな理由でサイコパスの社会を創造したのだろうか。そして・・・自分も共生者なのだと。



 菊池達は幕多羅に帰ることになり、仏押と黄持は船着場まで見送りに来てくれた。


「本当にご協力ありがとうございました。まだあなたの身体はわからないことだらけですので、今後も定期的に採血などをお願いします。それらの作業と護衛のためにキネリをお付けします。彼女は優秀な渦動師です。きっとお役にたつでしょう。またお会い出来る日を楽しみにしております」


 仏押は菊池とレイヨの手を取ると別れを惜しんでくれた。


 舟が街外れの水門を越えた時、菊池は常世の街並みを見渡した。人々の喧騒に包まれた人工の美しい都が、背後にゆっくりと遠ざかって行った。この街に来たことを、彼は後悔はしていなかった。幾つかの新しい発見があったが、最も重要な発見は、幕多羅がこの世界で、生まれ変わった自分にとっての『ふるさと』なのだと気づいたことだ。


 帰ろう、幕多羅へ。


 村人が自分を受け入れてくれるかはわからなかった。しかし黄持の話では、この世界の住人にAELウィルスは感染しないとのことであり、気にせずに村人に接することができる。彼は隣のレイヨを見た。彼女は彼の視線に気づき、笑ながら話しかけてきた。


「あれー、タカヨシ、なんか寂しそう。良いんだよ、ここに残っても」


「いや、僕の故郷は幕多羅だよ。早く帰って、お婆さんの味噌汁飲みたいな」


「え、そんなの私が作ってあげるよ」


「遠慮しておくよ。村長から、レイヨの料理は食べるなと言われてるから」


「ひどーい!」


 腕を振り回すレイヨの頭を掴んで、彼は笑っていた。キネリは川面をただ見つめているだけである。エナタは真っ青な顔をして、大きな袋を抱えながら、嘔吐を我慢していた。袋の中身は、どうも大量の食料らしい。舟は笑い声に包まれながら、ゆっくりと下っていった。


 菊池はおよそ20年後、常世を恐怖のどん底に陥らせることになるが、この時は誰にも、彼自身にすら予測はできなかった。

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