帰郷
菊池とレイヨは久延との話を終えると、貴賓室に帰ってきた。菊池は音楽の教科書を見てから口数が少なくなり、ふさいでいた。郷愁が湧いたのである。
元の時代に帰りたい。
どうせ死ぬならこんな世界ではなく、沙耶の眠る時代で死にたい。
しかし流れた時を戻す術はない。
レイヨはそんな菊池を心配そうに見つめていた。
「タカヨシ、大丈夫?」
「ああ。心配しなくていいよ。少し一人にしてくれないか?」
彼は彼女を見ることもなく、床を見つめているだけだった。レイヨは彼の前に回って座り込むと、俯き加減の彼の顔を覗き込み、ふざけたような笑みを見せた。
「ははは。変な顔!ははは!」
レイヨは笑い声を上げたが、目は引きつっていた。
「君には関係ないだろ!放っておいてくれ!」
菊池がレイヨに背を向けると、彼女は彼の前に回り込んだ。
「関係あるもん!酷いよ、タカヨシ!私だって、私だって心配してるんだよ!何よ、変な歌を歌って、自分ばっかり落ち込んで!私だって、私だって落ち込んでるんだよ。だって、だって、貴方はさっきから昔のことばかり考えてるけど、私は貴方の昔の事、何も知らないもの!貴方の彼女の事だって、知りたくないけど、知らなくちゃいけない様な気がして、でも、本当は知りたくないけど・・・ああ、何言ってるんだろう、私・・・でも、幕多羅はみんないい人で、村長もササラも。お父さんとお母さんも・・・」
レイヨは泣きながら、腕で抱えた頭を振っていた。菊池は呆れ顔で彼女を見ていたが、突然笑い始めた。
「ははは。ありがとう、レイヨ。帰ろう。俺たちのふるさと、幕多羅へ」
「うん!」
レイヨは涙を拭くと満面の笑顔で頷いた。
翌日、菊池は黄持に幕多羅への帰郷の意思を告げた。
「そうですか・・・」
彼は少し考え込んだが、直ぐに笑顔で答えた。
「それでは、あと2日だけ、お付き合いして頂けないでしょうか?今やっている検査、どうやっても2日は必要なんです」
「え?いいんですか?」
「ええ。貴方には協力して頂いているのですから。今の奴が終わったら、幕多羅まで送らせます」
彼はニコニコと機嫌よく答えた。予想外にアッサリと許可が出たので、菊池はやや拍子抜けした気分になった。確かに常世に来たいと言い出したのは自分の方であり、彼等からは一言も強要されてはいない。しかし黄持の様な上の立場の人間が、菊池の身体に興味を持ってワザワザ幕多羅まで来たのだ。その大切な『検体』をあっさり手離すのだろうか?力は圧倒的に向こうが有利なのだ。
菊池は常世に来てから、時々彼らの心緒を奇妙に思うことがあった。彼等は親切丁寧な物腰だったが、幕多羅の人達に比べると、冷たい印象があった。自分に利害関係がある場合は、全力で対応するが、利害関係が無い時はまるで知らぬ存ぜぬなのだ。
この間、黄持達と街に出た時にこんなことがあった。常世の南半分には沢山の商店や外食店が軒を連ねており、黄持が彼とレイヨを誘ってくれたのだ。護衛なのかキネリも同伴し、4人は常世随一の繁華街を歩いていた。常世随一と言うことは、房の国一の繁華街である。通りは多くの人でごった返し、多くの馬車も行き交っていた。
「うわー。凄い人。人間てこんなにいるんだ」
レイヨは変なことに感心し、キネリは露骨に嫌そうな顔をしていた。




