訓練
メキソ達は3ヶ月の初期訓練を終えると、新兵として平坂師団に配置された。訓練所での成績はルキソの方が優れており、メキソは隊で常に最下位だった。房軍における兵科の専攻は、渦動師を除き、基礎訓練終了後に配置された師団で適性検査を行い決定される。二人は軽装歩兵を志願していた。
軽装歩兵は近接戦闘を専門にする兵種であり、斥候や突撃を任務とする。戦時には消耗率が高いことで知られるが、手当が破格であるため、一攫千金を狙った猛者が揃っている。彼等が、特にルキソが軽装歩兵に固執したのは金であり、メキソは弟と一緒にいたいという気持ちだけだった。
「メキソ、ルキソ両名入ります!」
敬礼をしながら、二人は師団長室に入った。着任の挨拶をわざわざ将軍が受けるのは珍しい。多くは人事担当官か中隊長クラスが行うが、ここ平坂では将軍が全員の着任を受けるしきたりになっていた。
「よし、入れ!」
中から法螺貝から発せられたような低音が響き、二人は緊張ながら入室した。秘書官に通された部屋には、体長2メートルはある大男が、大男のサイズには小さすぎる机に向かって、爪楊枝に見える筆で何やら書いていた。
「悪いが少し座って待て」
二人は扉のわきで立ったまま待った。
矢織将軍。猛将として名を馳せ、自身も前線に立つことから部下の信頼も厚い。これはメキソ達が、訓練所で情報通の友人から聞いた情報である。彼は最後にこう付け加えるのを忘れなかった。
「激昂し易くて、今までに何人もの部下が頸を斬られたらしいぜ」
「待たせたな」
二人は唾を飲んだ。将軍が立ち上がると、まるで壁のようだった。窓からの光は全て将軍の背中が吸収し、世界中をその影で満たすかのようだった。二人は敬礼を崩さずに直立不動になり、緊張して身体中が汗に濡れた。
「おい楽にしろ。そこに座れ。おい、茶だ茶!確か昨日、長官の所からくすねてきた奴があったな」
矢織は獅子のような顔を笑みで崩してソファの真ん中にどかりと座りこんだ。二人は呆気に取られながら対面して座った。
「お前ら兄弟なのか?」
書類を見ながら将軍は尋ねた。
「は、はい」
ルキソは答えた。
「似とらんな。お袋が浮気してないか?ははは」
矢織が豪快に笑い出したため、二人も釣られて笑い出した。その時、矢織はいきなり笑いを止めると、メキソを見た。
「お前、確か渦動口は開かないんだったな?」
「は、はい・・・」
「ふむ・・・おい!」
矢織は秘書官に命じて渦動師部隊長を呼びに行かせた。間も無く一人の男がやって来た。オールバックにした黒髪で鼻がやや太い。眼が細くて鋭いのが印象的な男である。
「おい、ガユク。こいつどう見る?」
ガユクは矢織に示されたメキソをじっと見つめた。
「新兵ですか?・・・確かに感じますね。おい、お前は渦動の試験は受けたな?」
「は、はい!才能なしとされました!」
「歳は?」
「19です!」
ガユクはメキソを品定めするかのようにジロジロと見回した。
「うーん・・・微妙かもしれませんな。『ノロマ』なのかも知れませんが、なんとも」
「お前に預ける。やってみろ」
「は!メキソ!明日0600に俺の所に来い!」
ガユクは凧型の敬礼をすると出て行った。
二人は味のわからないお茶を流し込むと、矢織の部屋を出た。
「凄いじゃないか、兄貴!」
部屋を出るとすぐにルキソは興奮してメキソに言った。
「そんなことないよ。俺が渦動師の訳ないだろ?大体、うちの家系に渦動師は誰もいないだろう?渦動口だって開かないし、回術だって出来ないよ」
「いや、わからないぜ。もしかしたら渦動師様かもよ。やったぜ!兄貴が渦動師なんて鼻が高いよ」
メキソは愛想笑いをしたが、乗り気ではなかった。彼は弟と離れるのが嫌だったのだ。
「ルキソ、頼みがある」
「なんだよ、改まって」
「俺が渦動師になれれば、給料は跳ね上がる。それこそ、今の俺たちのを足してもまだまだ足りないほどにな。だから、俺、頑張るから、お前は退役してくれ」
「え?なんでだよ?」
「俺はお前に死んで欲しくないんだ。それにお前にはオムキがいるだろ?」
メキソは横に並んで歩いている弟の肩をつかんで自分の方を向かせた。しかしメキソはその手を払いのけた。
「嫌だ。俺は兵士として才能がある。俺は兵士が好きなんだよ」
「お前・・・」
兄は何か言いかけたが、口をつぐんだ。そして暫く軽く頷いた。
「分かった。それならば、せめて兵科を変えてくれ。軽装歩兵はだめだ。死にに行くようなもんだ」
「ああ。考えておくよ」
二人は無言のまま廊下を歩いていった。




