湯衣
暫く浸かって温まった後、菊池は身体を洗おうと洗い場に出て椅子に座った。その時、脱衣場で何かガサゴソと音がすると、外から声がかけられた。
「タカヨシ、いる?」
菊池はビックリして脱衣所に背を向けると、股間をタオルで隠した。
「な、なに?」
「すみませんが、お背中をお流しします」
そう言うと、レイヨが中に入ってきた。彼女は例の白い羽織りを着ていた。袖無しで、衿下が短く、隙間から胸の膨らみや太ももが半ば露わになっている。この世界では湯衣と呼ばれる。
「あ、え?な、なに?」
菊池は赤くなってうろたえた。
「背中、流すね」
そう言うと彼女は菊池に近寄り跪いた。手に石鹸を付けて泡立てると、ゆっくりと菊池の背中を洗い始めた。
後から知ったことだが、この世界では女性が男性の背中を流すことが『もてなし』として一般的であり、そのための服も必ず用意されていた。そんなことは知らない菊池は、真っ赤になりながら、自分の気持ちを諌めるのに苦労していた。
「どう?気持ちいい?」
彼女は菊池に尋ねた。いつものレイヨと違い、大人の女を感じさせる響きだった。
「ああ、でもなんで?」
「お湯、流すね」
レイヨは湯加減を確認してから、彼の背中の泡を流していった。流し終わると、レイヨは菊池の背中に身体を寄せてきた。
「タカヨシ。私、何かとても嫌な予感がするの。私、怖い。前に話したでしょ?私の予感はとても当たるの。私達は早く帰った方がいい」
「レイヨ、心配はいらないよ。院長も黄持さんもいい人達だったじゃないか」
「でも、早く帰りましょう。私・・・」
レイヨの身体は震えていた。
翌朝、菊池を迎えに来たのは女性だった。少し痩せぎみで背が高く、眼鏡をかけた女性で、キネリと名乗った。彼女は茜色の房軍の軍服を着ていたが、女性用なのか少し変わっていた。上着の下は白いワイシャツを着て、ネクタイをしている。
レイヨは、菊池の検査が終わるまでは貴賓室で待機するように言われ、むくれていた。
「なんで一緒に行っちゃいけないの?」
「黄持様の命令だ。理由は知らされていない」
レイヨはその後も不満を訴えていたが、キネリは全く耳を貸さず、菊池に支度をするように命じた。無視されたレイヨはキーキーと騒ぎ始め、今にもキネリに飛びかかりそうだったため、菊池は彼女をなだめなければならなかった。
「レイヨ、すぐに終わるから待ってておくれ。心配はいらないから」
菊池が穏やかに話かけると、レイヨは渋々承諾した。
キネリは菊池を連れて敷地内を歩き始めた。歩く速度がかなり早い。彼女が歩みを進める度に、後ろに纏めている茶髪の長い髪が小気味良く揺れていた。タイトスカートから伸びた、白いストッキングに包まれた長い足が、大きなグラインドを描いた。
「あの、どこに向かっているのかな?」
彼女に尋ねたが、答えようとはしなかった。5分程で、1号館よりは一回り小降りな、レンガ造りの建物の前に着いた。看板には『研究棟』と書かれていた。キネリは立ち止まることもなく、スタスタと玄関に入っていった。彼も後を追うと、中では黄持が出迎えてくれた。
「菊池さん、よくいらっしゃって下さいました。こちらへどうぞ」
菊池は午前中を問診や検査に費やされた。検査は苦痛を伴うものはなかったが、妙な機械が多く、彼には何がなされているのか理解できなかった。
終了後、貴賓室に戻り昼食をとった後、キネリがまたやってきた。相変わらず無表情である。
「これから記録師の所に行く」




