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共生世界  作者: 舞平 旭
常世
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地獄門

 菊池達の舟が、川を2日半ほど遡ると、川岸には徐々に人家が増えてきた。行き交う舟も増え始め、運搬船や漁船などに混じって軍用と思われる船舶も見て取れた。

 そのまましばらく進むと、目の前に大きな水門が現れてきた。3枚の門扉は鉄製の大きなもので、ギロチン式スルースゲート)である。舟はゆっくりと水門をくぐって行った。巨大な門は一種異様な荘厳さを醸し出し、菊池は背筋に寒気を覚えた。


『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』


 菊池は、ダンテの『神曲』に語られた、地獄門の銘文を思い出していた。


「この辺りから都になります。研療院までは舟で直接いけますから楽ですよ」


 黄持は楽しそうにガイドをしてくれた。門をくぐると、川の周囲には建物が並び始めた。都は運河が網目のように発達していた。レンガや石でしっかりと河川整備がなされていて、護岸壁は4~5メートルはあった。建物は木造のものからレンガ造りのものまで様々で、大きなものは5~6階はありそうだ。舟からは建物を見上げる形になるため、本来の高さ以上の圧迫感を見る者に与えていた。


「うわー、すごーい。おーきい」


 レイヨは舟から建物を見上げて驚いていた。初めてレンガ造りの建物を見たようだった。隣の舟を見ると、エナタは相変わらず船べりに顔を埋めていた。



 二艘はそのまま並走しながら運河をゆっくりと進んでいった。運河の水はとても澄んでおり、生活排水をそのままタレ流してはいないようだ。頭上をいく本もの橋が過ぎていった。レンガ造りの公共物が多い中、橋だけは全て木製だった。


「橋は木製なんですね」


 菊池は黄持に尋ねた。


「ええ。主に軍事的な理由からです。全ての橋は跳ね橋になっていますから、敵の侵入を防げるわけです。もし跳ね上げが間に合わない時は、燃やせばいいのです」


 護岸壁には、あちこちに船着場が設置してあり、彼らの舟もレンガ造りの大きな建物の脇にある船着場に止まった。


「到着しました。どうぞ降りて下さい。まずは院長に面会して下さい」



 研療院は、レンガ造りの三階建ての建物である1号館を中心に、広大な敷地の中には大小含めて計5つの建物があった。中には回療所も併設されており、職員や学生の寮、食堂、売店、運動場など、この中で生活が完結できる設備を持っていた。

 菊池とレイヨは敷地内の中心にある建物、1号館の応接室に通された。この建物は事務や教職員室、院長室など、ここの機能の中枢が集まっていた。

 暫く待たされたあと、黄持と共に背の低い老人がやってきた。老人は頭が禿げ上がり、真っ白な長い眉毛と髭が眼や口元を覆っていたために、表情を読み取りづらかった。


「院長、こちらが菊池さんです」


 黄持は菊池を紹介し、そして院長を紹介した。


「こちらが当院の院長の仏押フツオシです」


 仏押はゆっくりと菊池達の前の椅子に座った。彼は少しダブついた着物の様な服を着ていた。黄持の服と似てはいたが、色違いで少し袖が長かった。


「君が菊池君か。是非お会いしたいと思っておりました。どうかよろしくお願いします」


 仏押は自分の胸の前に左手を上げ、掌を菊池の方に向けた。通常は右手を上げる。菊池はいつもと違うことに、少し困惑すると、老人の右手に眼を向けた。彼の右手は着物に隠されたままだった。


「ああ、これが気になるかね?」


 菊池の疑問に気がついた仏押は、笑いながら長い右袖を捲り上げた。そこには手首から先が無くなっていた。切断面は綺麗に縫合され、かなり昔の傷のようだ。


「す、すみません」


「かかか。よいよい」


 菊池は頭を下げながら身体を乗り出すと、彼の手のひらに自分の右手を合わせた。

 菊池は常世滞在中に、右手首を切断されているヒトを幾人も見かけた。事故か病気、または何らかの刑罰なのだろうか。

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