メキソとルキソ
ここで話は一年前に遡る。
王国歴218年5月。雲は高く、穏やかな空だった。二人の男が土手で寝転びながら話していた。そばを流れる川は幅広く、川原も十分な広さがあった。川原を登る土手には青々とした芝草が生え、さながら天然の絨毯のようだった。二人は心地好さそうに寝転びながら空を見上げていたが、ふいに若い方の男が話し始めた。
「兄貴、俺、好きな女がいるんだ」
彼は名をルキソと言った。彼はここ房北出身で、一緒にいる男は一つ上の兄で、名をメキソと言った。彼らは間も無く房軍に志願招集される。彼らの家は借地農家で貧しく、兄弟が多かったために働く必要があった。このような小作の多い農村部の若者にとって、兵隊は人気のある職業だった。危険だが給料が高い。貧しい農村から脱出できる軍への志願は、若者達に大きな夢を見させるに十分魅力的だった。
二人はとても仲の良い兄弟だったが、一つだけ関係を微妙にしていることがあった。幼馴染みのオムキのことだ。彼女は背が低いが、ふっくらした顔とまん丸な眼を持った可愛い娘だった。歳は16で、ルキソより二つ下。彼等はよく一緒に遊んでいたが、悪戯好きなルキソがオムキをからかい、温和なメキソが慰めるという関係を続けていた。しかし最近はその関係が妙な具合で、兄のメキソは心を痛めていた。そして明日から軍属になるという日に、ルキソがいきなり告白し始めたのだ。
「え、本当かよ!誰だよ、教えろよ」
メキソは驚いた風に装ったが、答えは分かっていた。
「・・・オムキだよ」
メキソが予期した言葉が弟から返ってきた。しかし彼は予想していたにも関わらず、動揺を隠すことができなかった。遂に弟から、懸命に避け続けてきた問題を投げ掛けられたのだ。弟は照れて横を向きながら話していたので、その時の兄の表情の変化を目にすることはなかった。もしこの時に兄の変貌ぶりを見ていれば、この後に彼らを襲った禍を防ぐことができたのかもしれない。だがメキソは、一瞬後には何事もなかったかの様に表情を戻すことができた。
「そうか・・・オムキをな・・・。うん、あいつはいい。お前、彼女には告白したのか?」
「いいや。言える訳ないよ。俺、多分あいつには嫌われてるからな」
「だが、俺達は明日には出頭しなけりゃならん。告白できるのは今日だけだぞ。命をかけるんだ、心残りは無い方がいい」
メキソはいつになく饒舌だった。そして自分が一体何を言っているのか分からなくなっていた。ただ、ペラペラと言葉が出てくるのだった。
「ああ、そうだよな。兄貴、悪いけど一緒に行ってくれないか?俺一人じゃ話がもたないし」
「え?いや、それは・・・」
しかしメキソは断り切れず、オムキの家までノコノコ弟に付き添って行った。彼らは彼女の部屋の窓に小石をぶつけると、彼女は部屋の窓を開けて顔を出した。
「ちょっと・・・話がある。降りて来られるか?」
そして3人は先程の川原にやって来た。水は柔らかく流れており、風がオムキの茶色い、少しウェーブのかかった髪をなびかせていた。3人は暫く無言で、横並びに座って川を眺めていたが、オムキが沈黙を破った。
「貴方たち、明日、村を出て行くんだね・・・。なんか寂しいな」
「ああ、そうだな」
メキソは同意しながらルキソの方を覗き見した。彼は下を向きながら真っ赤になって、酸素欠乏の金魚の様に口をパクパクさせていた。
「オ、オムキ!」
突然立ち上がったルキソは、耳まで真っ赤になりながら、彼女を真剣な眼差しで見つめた。
「お、俺は、おま・・・お前が、す、好きだ!俺が兵役を終えるまで、待っていてくれないか?」
オムキは大声でいきなり告白され、両手を口に当てビックリしていた。
「ど、どうだ?だ、だめか?」
真っ赤になって見つめるルキソを尻目に、彼女はルキソの後ろには座っているメキソの方を見つめた。
「貴方はどう思っているの?」
「お、俺?」
メキソはただオロオロするばかりだったが、彼女の刺すような視線に負けて話し出した。
「お、俺は・・・当然、弟の幸せを願っているよ・・・」
「そう・・・」
オムキはメキソを見つめ続けたが、それ以上何も話そうとはしないメキソに溜息をつくと、ルキソの方に眼を向けた。
「・・・いいわ。貴方が帰ってくるまで待ちましょう」
「ほ、本当か?本当にいいのか?」
オムキはルキソに顔を寄せると口付けをした。メキソは泣き出したい気持ちで一杯だった。




