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共生世界  作者: 舞平 旭
常世
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東京湾

「ああ。お話ししてませんでしたか。すみませんが、向こうについたら検査と聴き取り調査をして、と言っても別に苦痛はありませんから心配しないで下さい。そして、記録師とお会いなさい。それが済んだら、幕多羅までお送りしますから、ご心配には及びません」


「いいえ、僕が聞きたいのは、これから先のことです。こんな見知らぬ土地で、僕は一体どうしたらいいのか・・・」


「そうですね。何かお困りなことが御座いましたら言ってください。ですが、私が、いいえ、他人ができることは限られていると思います。結局はあなた自身が解決するしかありません。貴方の体験してきたことは、私には分かりません。ですが、例えどのような環境だろうと、どのような状況だろうと、冷静な判断が大切だと思いますよ」


「・・・ありがとうございます。そうですね。悩んでも仕方が無いとは思っているんですが、つい・・・。それに・・・」


 菊池はこの男に、先達としての尊敬に似た感情を持ち始めていたが、自分の事についてはなるべく語らないように意識しながら話をしていた。塩土には少し話し過ぎてしまったと、後で後悔したからだ。この時代の人々に、西暦世界の技術などについては話さない方がいい。しかし彼にはあと一つだけ、どうしても聞きたいことがあった。


「僕は最近、何か妙な感じがするんです」


「妙な感じですか?」


「ええ。上手く言えないのですが、何か得体の知れない『力』というのか、そういうモノが、僕に係わってきているような、そんな感じがするんです。それが怖いんですよ」


 黄持は震える菊池の肩を軽く叩いた。


「それは、多分、貴方自身の力だと思います。貴方のアエルがそう感じさせるんですよ。我々にはよくある感覚です」


「そうなんですか?」


「ええ。心配は要りません。最も、普通は12歳頃に感じるのですがね」


 黄持が笑い始めたため、菊池もつられて笑った。二人は長い間笑いあった。波は全てを消し去るがごとく押し寄せ、全てを奪い去るがごとく引いていった。



 翌朝、一行は内海、つまり東京湾、をゆっくり岸に沿って北上していった。海は穏やかで、登ったばかりの陽光が眩しく海面を彩っていた。東京湾から見る東京の姿は異様だった。海のギリギリまで森が侵食しており、木々の上から時々電波塔のような構造物やコンクリートらしき白い岩が見えるが、ここが東京だと思わなければジャングルにしか見えなかった。


「これが東京・・・」


 菊池は眼前に広がる景色に驚愕していた。


「かつての首都ですね?まだ国が分裂する前の」


 黄持が答えた。


「ご存知なんですか?東京を?」


「いや、知っているという程ではありませんが、以前にその手の文献を読んだことがあります」


 菊池は黄持に詰め寄った。


「そ、それで、なぜ今のようになってしまったのですか?」


 菊池が鬼気迫る顔で迫ってきたために、黄持は少したじろいた。


「それは戦争だと聞いています。国が東西に分断され、そして消滅したと」


「やはり戦争ですか・・・」


 東西戦争のことは微かに記憶していた。ウェットスリープの間、年一回の覚醒の時に高橋教授が付けてくれた付録、MASAMIによるお勉強で言っていたような気がする。しかし、あのお勉強は全く意味がなかった。菊池はボーッとした頭で何かが喋っていることは感じていたが、肝心なことは、記憶に殆ど残っていなかった。せめてMASAMIのメモリーかサーバーから情報が引き出せれば、こんな旅もしなくて済んだのだが。


「高橋のやろう」


「なんですか?」


 黄持は菊池に聞き返した。


「いいえ、すみません。独り言です。所で都はあとどのぐらいですか?」


「距離的には半分を過ぎました。ですがここからは登りですから、少し速度が遅くなります。それでもあと3日でなんとかなるでしょう」



 数時間後、舟は昨日下ってきた多摩川よりも広い川の河口に進んでいった。利根川かもしれないが、川幅が広すぎるように菊池には思えた。


「おっきい川!」


 レイヨは楽しそうに菊池に話しかけてきたが、彼は上の空だった。今までに見てきた異境の光景から、この広大な河口が巨大な怪物の口のように感じ、この川を遡上そじょうしていくことにより、その怪物の体内に飲み込まれてしまうのではないかという不安に包まれていたからだった。この旅は何を彼らにもたらすのだろうか。一行の誰にも予想はできなかった。

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