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共生世界  作者: 舞平 旭
常世
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名前の意味

 彼らは食事を取ると直ぐに床についた。皆疲れていて、横になると同時にいびきをかき始めていたが、菊池は倉庫を見て郷愁を呼び起こされたためか、海の音が気になって中々寝付かれなかった。彼は横に寝ているレイヨを起こさないように注意しながら一人外に出ると、海を眺めに防波堤に向かった。倉庫の出口には張り番がいたが、中から出てきた菊池を見ても咎めることはなかった。


 辺りは暗く静かだった。だが海辺には篝火かがりびがたかれ、決して真っ暗ではなかった。

 彼は防波堤の脇に腰をおろして海を見つめた。海は西暦世界となんら変わることなく、波を打ち鳴らしていた。


「寝付かれないんですか?」


 ふと後ろをみると、黄持が和かに立っていた。彼の寝所は菊池たちとは別に用意されていたので、彼の後を追って来たわけではないのだろう。


「実は、私もなんですよ」


 と言うと、菊池の横に座った。


「海はいいですね。とても穏やかで。全てを呑み込む包容力がある」


 黄持は言った。


「ええ。僕も海は好きです。マリンスポーツが好きで、よく行きました」


「マリンスポーツ?」


「ああ、水泳とかのことです。海で泳いだりしませんか?」


「私は泳ぎはちょっと。娘は得意ですがね」


「娘さんがいるんですか?」


「ええ。ですがもう嫁いでおります。間も無く孫ができる予定です。女の子です。あのお嬢さんが言ったように、もうおじいちゃんですよ」


「それはおめでとうございます。名前は決めているのですか?」


「モルアです」


「可愛い名前ですね。どういう意味があるんですか?」


 すると黄持は意外そうな顔をした。


「意味?面白いことをおっしゃいますね。意味はありません。祖母の名ですから」


「でも、名前は子供のことを考えて付けませんか?どんな大人に成長して欲しいとか」


「いや、そんなこと考えたこともありません。子供の名前は多くは家族の中で使われなくなったものを使い回します。大体、親が子供の名前で将来を左右するなんて、おこがましいじゃありませんか?名前は名前で、それ以上でも以下でもありません」


「でも、家系に沢山の同名がいると、区別が大変でしょう?」


「いいえ。名前は一生続く訳ではありません。組織中で改名する場合も多いし、死亡した後に改名することもあります。私もそうです。仮に呼び間違えそうな時は、慣用的に地名を付けて呼びます」


 面白いと菊池は思った。レイヨ達とは違う考え方だ。これは適応者と共生者の違いなのか、生まれの違いなのか。


「そうですか。とにかく、お孫さん、おめでとうございます」


「いえ、ありがとうございます。貴方はあのお嬢さんと?」


「いえ。僕らはそんなんじゃありません」


 菊池は照れて、頭を掻きながら答えた。


「まあ、そうでしょうな。貴方は共生者ですからね」


 この言葉に菊池は違和感を覚えた。黄持は紳士的な男で、共生者がもつ選民意識から由来するようなこの言葉が、彼には不釣り合いに思えたからだ。しかし菊池はそれ以上は詮索せず、話題を変えることにした。


「所で黄持さんは、何故、えーと、回術でしたっけ、を研究をしているのですか?」


 黄持は笑いながら答えた。


「ははは。それは当然、回術師としての才能があったからですよ」


「それは力の話ですよね?僕が聞きたいのは、何故その力を研究したいのかということです」


 黄持は腕を組むと頭を捻った。


「そうですね、それは難しいですね。うーん、余り考えたこともなかったな。元々、研究に興味があったのと、やはり仏押ふつおし先生に巡り合ったからですかね」


「フツオシ先生?」


「ええ。素晴らしい方です。常世の研療院の院長をなさっております。間も無く貴方も会うことになりますよ。私のように、心の底から尊敬できる人に会えた人間は、とても幸運だと思います」


「尊敬できる人か・・・」


 菊池は、両親を尊敬していたが、外科教室の教授や先輩を『尊敬』という目で見たことはなかった。黄持のように、純粋に尊敬でき、自分の人生をかけることができる人に会えることは、確かに幸運だ。


「僕は、この後どうなるんでしょうか?」


 暫くの沈黙後、菊池は海を見つめながらボソリと、まるで独り言でも言うように尋ねた。

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